第一部 第一章 To
トーリ先生の名前は、あの御方から取らせていただきました。
松井選手、WS・MVPおめでとうございます。まだ、あの御方の時であったら…。
いざとなれば別の方法がある、と考えたことがあったのを思い出しながらソイソーは走っていた。そして、こんな事を思い出したのは槍壁を見上げながら走ってるせいかなあ、と感じながらソイソーは走っていた。
少年は小学院の校門が見えるとこまで来た。そこは幅が二十メートル、長さが五十メートルほどある通路であった。路の両側には緑の葉を茂らせた木が立ち並んでいて、ここだけはキィーバじゃないみたいだ、と少年は思っていた。城下町にも木はあるのだが、ここのように道の中にある所はなかった。公園などある一角にまとまって存在するといった形が一般的であった。その通路にやって来たところで、ソイソーはようやく妙な雰囲気を感じ取った。今は普通ならちょうど授業の始まる時間であった。自分と同じような人がもっと居て良いはずなのであった。それなのに、「なんで僕以外誰も居ないんだろう?」という状態なのであった。足を止めて振り返ると、駅から出てきた者は直進したり、左に行ったりする者ばかりであった。少年の方には今、ようやく一人来ただけだったが、明らかに少年より背の大きな者であった。学院に入って三年になるソイソーはその者を知らなかった。どうやら男であった。ソイソーが見ていることに気付くと、その男もソイソーの方に視線を移した。少し怖そうな表情の者ではあったが、怒るでもなく、何か言うでもなく、そのまま目線を戻して路を歩いていった。
彼との距離が十メートルくらい空いた。ソイソーは思い出したように校門に向かって歩き出した。男は普通に歩いているようであった。ソイソーも普通に歩いていたが、距離は広がっていった。男はすぐに校門前二十メートルのところまで歩いていった。この地点に来ると、扉が閉まっている場合、動き出すのであった。
オォーーン……。
ソイソーは両開き扉が開くのを見た。そこでゆっくり走り出した。一気に速度を上げたらそこで閉められちゃうかもしれない、と少年は思っていた。扉は60度ほど開いて停まった。男が扉の向こうに入っていった。これなら作戦を使う必要はなさそうだな、と思いながらソイソーは全力で走り始めた。走りながら片方、右の扉だけチラッと見た。しかし、門が閉まる様子はなかった。門の近くの壁には守衛の覗き穴があることも、ソイソーは知っていたのだが、自分に気付いて開けたままにしてくれているのだろうか、と思った。いずれにしても、余計な大目玉を喰らわないで中へと入ることができそうだった。ソイソーは「助かった。」と思って少し足を緩めていった。
ギギギ…グゴーー……。
中に入るのと同時に、扉は閉まり出した。凄まじい音と共に門が内のほうに動いていった。朝によくお世話になる、開くときは極々小さな音しか出さない門なのだが、ソイソーはこの秘密は知らなかった。完全に敷地内に入って立ち止まり膝に手を当ててから、扉の様子を見て少年は一息吐いた。視界には、動く扉、脇の壁、一人ずつ居る守衛、下のほうにちょっとある地面が映っていた。それだけだった。
「・・・?」
オォーーン……、その音と共に一人の男が少年の方に近づいてきた。顔を上げてソイソーはドキッとした。
「あっ、先生…。」
そこに居たのは、ソイソーの所属する学年、第三学年の主任教員である
トーリ=メレ=リムートだった。クラス単位での担当はないが、怖い顔でないのと話が旨いという理由から、生徒達からそこそこの人気がある先生であった。ソイソーは校内に入ってからクラス担当の先生に対しての言い訳を考えるつもりであったので、先生、と言った後の口が閉じないで固まったままになってしまった。そんなソイソーにリムートが言った。
「驚いたのはこっちだぞ、ソイソー。何でこんなに早く来たんだ?」ソイソーはそれを聞いて目が点になっていた。
「さては、新しいイタズラだな? 早くに学院へと忍び込んで、教室に来た奴をビックリさせようとしたんだろ? まったく、色々と考えるなあ、お前は。」リムートはソイソーに顔を近づけるようにして言った。一瞬、ソイソーは激しく瞬きをした。何回も映る先生の顔が僅かずつ変化していった。その途中で、少年はここまでのことを振り返り始めた。
朝起きて、兄ちゃんの姿がなくて、電車が遅れていて…、校門を何とか突破して、先生が言ったこと…。ソイソーは朝起きた時のようなびっくりした顔になった。そして、
「あっ…、もしかして…?」
「宿題か?」 「?」
再び、少年は不意を衝かれた。ショー=サナエの黄色い嘴が開くの近くで見てたら、いきなり小さな炎を吹き付けられた、というくらいの衝撃であった。ソイソーは眼を大きく開けた状態だったが、その中に居る者の表情が段々と困った様子のものになっているのには気付いてなかった。昨日は国立学院の創立記念日ということで、授業は休みであった。主任が受け持つ地理の授業では課題が出されていたのであった。「明日は絶好の宿題日和だから、絶対にやって来いよお。」って言ったはずだったんだけどなあ、という顔をリムートはしていた。だが、少年は見事にその事を頭の中の遥か彼方へと追いやっていた。その日、ソイソーは長年の競争相手との勝負に備える為、少年にとっては予想外の天候であったが、雨の中の大冒険を敢行していたのであった。その結果、得たものは本来目的としていたものに加えて新しい家族。失ったものは、本当は黙々とやっておくべき前日に出された課題、があったという記憶。更に、今日の自由時間も失うことになりそうであった。
「今日の授業、楽しみにしていてくれよ。」
「Ho」と、前回の「He」、それに今回の「To」は一まとめで載せる予定でしたが、それだと長くなるので分けました。




