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第一部   第三章    Ne

 長く、遠い道のりの、これが第一歩である。

 「グレートサウスト一の剣士になる」ソイソーが小さい頃から抱いている夢であった。少年はその意味を少年なりに理解して、それを叶えてもらう為に山へとやって来ていた。だが、それは、まだまだ絵や文字、言葉によって色々と姿を変えて表されるものの一つであって、ある程度定まった像を形作っていく作業であったり、その先に存在している力への渇望であったり、という現実的なものではなかった。だが、三年ほど前のある時、一日の全てを遊びに費やしても時が足りないであろう五歳児が、陽が山に接近して空を紅く染め始める少し前に、決まって木の棒をでたらめに振り出す、ということをその父親が知った時に、彼は、


 「やはりあの子は不思議な子だ。」と、ある山の中で言ったのだった。「確かに、私もこういう時間までよくやっていました。小さい頃から剣をやっていましたが、それぐらいの時は、やらされていた、という感覚のほうが強かったですよ。」


 「だが、それでもお前は強かったな?」相手の者は言った。少年の父親より年上の者であった。


 「偶然です。いくらかは、持って生まれたもののおかげであった、と言わざるを得ません。小学院、高学院の時は剣術部としての剣だけに集中するようになって、あの子のように、何か……こう、自発的に剣を振り出したのは、上級学院に入ってからのことです。」


 「嫁に一目惚れをしたからだな?」

 「……それは後々のことです。剣で、……初めての屈辱を味わったからですよ。」


 「おう、そう言えばそうだったな。ワッハッハッ。」


 その後、空の半分が暗闇に包まれている頃、彼は家の庭に着き、ふと、どこからか一定の間隔で聞こえてくる小さな音があるのに気が付いた。玄関に廻ってきて南側の木の近くまで行くと、姿の半分がその陰に隠れる形で、小さな我が子が居た。少年は木の棒を振っていて、それを見るのは初めてであった。彼の視界にその姿は、話に聞いているよりもずっと熱心な様子に映っていた。それで彼は、その時は声を掛けないでおき、夕食後に何気なく聞いてみた。すると、


 「父さんの真似だよ。」


 「父さんの? ……そうか。いや、まだまだなあ。」その時はそのようなことを言って、ただ笑ったのみであったが、その翌日、彼は早くに家を出ると、いつもよりしっかりと自分の剣を見詰めたのであった。


 薄暗い広間の中、少年が対峙している相手は、「非現実的な」というところでは夢にも似た存在であった。その存在は、今この時のように実体を通じて生者達と対することもあるが、普段は霧と声だけで形がない存在であって、生者以上に強く現実世界に対する念を持っているのだった。そして、(ユマン)悪魔(ビル)とそれ以外の存在が居る広間から遠く離れた場所で、キィーバドラゴンはこの状況を、表と裏の映像を重ね併せるようにして眺めていた。この日は少し数が多くなっている鼻息を今一度小さく起こすと、老いた(ドラゴン)は、孤独の中で度々行っている深い独語(どくご)を、再び始めたのだった。


 「……ふぅ、私は……やはり衰えてきているのだろうか。(ドラゴン)であるならば二千年を生きるぐらいのことなどたやすいものであるはずだ、と思っていたが……、これが、『ティーマ』の力を守る者の宿命か。知らず知らずの内に、力を使っていたということなのか……。……、いや、私などはいい。私なんかではなくそれよりも……、……それよりも、だ。一体……、この世界に何かが起きているのだろうか? 封印の魔法が弱くなっていたとはいえ、悪魔(ビル)に操られていたとはいえ、(ユマン)の子供の力によってあれが破壊されてしまうというのは……。強い闇の魔法力を含んでいる箱の残骸は回収したが、この世界には、私などでは感じ取ることのできない闇の力が至る所に湧き出てきてしまっているのだろうな。あの溜りのように……、あの陽の中で意味もなく動き回る影法師共のように……。奴の方は、今はまだ、主達だけのお力では打ち倒すことはできますまい。だが、しかし、……、」キィーバドラゴンは寝かせていた首を慎重に持ち上げると、ゆっくり上に伸ばしていって、うかがうことのできない高さがある天井へと瞳を閉じたままの状態で向きやり、口を小さく開いた。


 「私は信じていますぞ。あなた方が五つの(ほう)を持ってここに戻ってこられることを。」


 風よりも儚い存在の炎が広間から霧のように消えていった。巨大な者とやや小さき者の両者はそれぞれに構えを取って静止した。アーマスは、こうなれば見守るしかないな、と自分に言い聞かせるように一つ深呼吸した。しかし、足は言うことを聞かなかった。いや、頭の一部にも声は届いていなかった。彼は二者、特に悪魔(ビル)がソイソーだけに仮初の神経を集中させているのを見て、足を一歩後退させた。その動きは、ソイソー達がまだ骨の露出の多い古の悪魔(ビル)に刀剣を掲げていた時のショー=サナエのものと似ていた。無論、アーマスはそのことを知らないのであるが、一歩目の左足に続いて彼は、右足が地面を離れようとしていた。


 「……!」アーマスの右足は踵だけ浮いたが、それ以上は上がることなくすぐその場に下ろされた。あるものを捉えて彼の両耳が二、三度動いたのだった。アーマスは、左耳が今の少々沈み始めている空気の流れだけを依然として感じ続けているのを確認すると、左足を元の位置に戻し始めた。そして、そのまま顔を前に向けたままで鼻から小さな息を吐き出し、露骨に肩を上下させた。古の悪魔(ビル)は少年に視線を合わせたままだった。


 アーマスを視界の端に入れていたテリーは、今の、一連の彼の動きが少々不自然なのを感じて、顔をソイソーの方から動かした。最初は、視界の逆の端にアーマスが移っただけであった。が、少しして、テリーは思わず、一定になろうとしている空気の流れを滅茶苦茶にしてしまうような行為を取りそうになった。「……。……!」その行為を止めた反動で、今度は上体が大きく乱れて、また、足が片方離れた状態となって、もう片方も一瞬言うことを聞かなくなったが、ソイソーほどではないにしても優秀な運動神経を持っているテリーは、何とかここでも僅かなの音を立てることなく体勢を元に戻した。見守る少年の手の力はまた少し緩んでいって、甲から汗が出るのを感じた。


 見守られている少年ソイソーは、今は、その意識は無かった。いつか、ソイソーに剣を教えた者達が、それも力の内だぞ、と言ったことがあったのだが、それも今の少年の頭にはなかった。少年の力で残っている存在は、自分と悪魔(ビル)と、ショー=サナエだけであった。そして、広間が随分と狭くなっていた。悪魔(ビル)の先の離れている所に見えていた壁が今は見当たらず、その代わりに、悪魔(ビル)のすぐ後ろには黒い壁が出現していた。悪魔(ビル)の持つ武器の長い方の刃はその黒さの中に少々異質な性質を有していたが、ソイソーと悪魔(ビル)、それにショー=サナエとを囲むこの壁の黒さもまた、色の中に少年の味わったことがない未知の感覚を含んでいた。ソイソーは、その壁が自分の動ける場所を決めているものでないことを分かっていたが、そこに触れることで自分が危険に晒されるかもしれないということは、予想できていた。


 「……、……ンッ。」柄に強い力が掛かっていた。対する目の前の悪魔(ビル)に目立った動きはなかった。ソイソーはふと、後ろにもあるだろう黒い壁がほんの僅かではあるが、音を立てて崩れたように感じた。それでも、少年は、敵はまだ前にいて、ショー=サナエが自分の後ろに居ることを感じていたので、それ以上は気にしなかった。集中しよう、と自分に言い聞かせるつもりで、少年は思わぬ行動に出た。


 「……。……、しまった!」それさえも、しまった、という行為であったが、それは少年の勘違いで、実際には、少年の声は出ていなかった。瞼を閉じてしまったという行為が結果的に誤りに繋がらなかったことは良しとして、その状態での青い瞳が捉えていたのは、同じ格好をしている白にも黒にも見える者であった。同じとは、古の悪魔(ビル)が巨大化して途中から取り始めた、武器を両手で持つというあの構えのことだが、瞼が開かれた時に映った悪魔(ビル)の姿は見たことのないものだった。けれども、その雰囲気は知っていた。この状態の悪魔(ビル)を前にして感じるものというのを、ソイソーは確かに覚えていた。


 「(兄ちゃんが魔法を放った後の……、それを僕の前で…? それじゃあ……、)」そう思ってすぐに、少年は、自分でも信じられないくらいの安心感に襲われた。見守っていた二人はそのような少年の変化に気付くことはなく、陰に居た一つの仕草に目を奪われていた。その前方で少年は、まるでこの日 -ソイソーが記憶している限りで生涯二番目に多く新しい世界に遭遇した日- に起こった多くの出来事が(ねぎら)いの言葉を掛けてきているかのように、全ての緊張感からの解放を体感していた。


 今、少年の視界は安定していなかった。少年の目に映っている悪魔(ビル)の頭は大きくぶれていた。骸骨顔の前面に二つ並んでいる黒い円状のものだけを見ているかと思えば、髪のない無機質な所が異様に大きく見えることもあった。それらの画は激しく入れ替わっているのではなく、時間を置いて交互に目に入るという風であった。


 また、彼は手にしっかりと自らの刃を持った。


 剣士は今、悪魔(ビル)に向かって歩いていた。テリーもアーマスもそこに目をやっていた。特に、テリーは真剣な目付きだった。剣士が目の前の敵に対してはっきりとした闘志を表しているのが、分かったからだった。テリーは一緒になって、刀を握る時の力と併せながら剣を持つ手に力を入れていた。その剣士も刃を持つ手に力を込めていた。しかし、本人はそれ以上に、目に力を入れていた。それは、単に目付きを変えることとは関係なく、アーマスがしていたように、そして実際は、アーマス以上に静かな瞳に熱い炎を灯している、ということだった。並みの者には感じ取ることができない、だが、対峙された者には感じさせられるという、真の戦士にしか持ち得ない力であった。


 少年剣士ソイソーはこの感覚に酔っていた。正面で立っているだけの存在を頑張って目を左右上下に動かすようにして追い続けていた。普段の生活の中で、乗り物酔いと何の縁もなく -まだ連続十分以上動いている乗り物に乗ったことはないが- 、また、徒に体を揺さぶられたり廻されたりしても直後に平然と宙返りをしてしまうような少年でも、たった今自身に起きている未知なる力の躍動に対しては自らを失いかけていた。体の中で甚大な数を持つ細線が少年に電気を送っていて、それが今、背中の方から、大変に熱く大きな力が宿っていくことを伝えていた。


 「覚悟はいいな。」


 声は聞こえなかったが、ソイソーは自分の口がそういう風に動いたのを感じ取った。戦士の目の中にある炎は、生命の炎が通る管よりも極めて細い迷宮のような通路を通って、一瞬にして体中へと行き渡った。少年はもはや全てを委ねていた。右足を一歩、靴の大きさ分だけ下げていった。目線の先にある者を倒すには、首に刃を向けるよりも天から斬りつける方がよい、と戦士は考えていた。彼は微かに足の浮いている僅かな時間の中で、自分の考えた手段に対して最も適当な技がどれなのかというのを、百にも近いものの中から選び出していった。


 一方、悪魔(ビル)はソイソーを前にして少しも動かなかった。奴は繰り出す技、魔法を探すことをしなかった。それよりも自分の力の所在が分からなくなっていた。そして、悪魔(ビル)は、自分の瞳無き目に映る筈の戦いの相手が全く見えない状態であった。いや、骸骨顔はようやく戦いの相手を完全に見つけたところであった。だが、それは、小さいものであれば少々離れた所に移り、大きいものであれば遥か彼方に存在していて、ソイソーは、この時点ではただの見知らぬ少年であった。()しくも三方からの風は巨体がまとうに必要な分だけが残っていた。外へと通ずる路からは、北西から到達したばかりの風と光に力を貸した東からの大きな風が堂々と入り込んでいた。



 「今だ!」剣士達は心の中で言った。



 勇者の最初の戦いは、この瞬間、終結した。

 三章はあと数回続きます。

 これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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