第一部 第三章 Ri
両刃の武器、大きな体、骸骨顔、いずれを見てもただの悪魔ではなかったが、光が小さく感じられ始めていた。
少年達に邪声を伴った魔法を掛けた悪魔達は、二人の状態が元に戻ったことと、突如異色の魔法がやって来たことにとても驚いた様子で、瞬時に、大きな悪魔の陰に隠れた。元来は臆病者である悪魔としての当然な行為であった。隠れたその場所には他の同じような小悪魔がウジャウジャといたので、もうソイソー達はどれが先ほどの悪魔かが分からなかった。
「紛れ込んだな。」テリーが少し後退しながら言った。
「うん…。でも、いつの間にか小さい悪魔がもの凄く一杯居る。」今の二人には分からないことだらけだった。「それに…、」
「こいつ、何でこんなに大きくなってんだ?」ソイソーとテリーの視線の先には大巨体があった。目付きがやや鋭くなっているが、それ以外は大きさにも変化がなかったその頭蓋骨を見て、大巨体が二人に襲い掛かってきたあの大きな悪魔であることはすぐに分かった。しかし、骨の見える部分はもはや頭部だけであった。首から下は、一部肉の付き具合の弱い所が見られたが、陸獣か、あるいは、大型の獣の動物と言っていいくらいの体付きになっていた。「陸獣」ということになれば、人間視点で見ると、「人間に見た目の似ている獣型生命体」とも言うことができるのだが、「獣の動物」となると、これはもうその外見から感じ取れる人間らしさは非常に乏しいものとなるのだった。互いの距離は大きく開いた状況であるが、前方にヌーッと少し伸びているその骸骨顔から少年達を見下ろす角度は明らかに鋭くなっていた。
「左……じゃない、右に持ってる武器が小さく見えるよ。」ソイソー言いながら刃を持つ手に意識をした。
「武器だと! ……あっ、くそ! あいつ、放さなかったな。」テリーは目線を移しながら思わず叫んだ。そこには、小ぢんまりとした槍剣が堂々と直立していた。そして、同じ視界の中には悪魔の右肘がぼやけ気味に映っていた。そのせいと、悪魔の体が周りに居る小悪魔共と同様に真っ黒であった為に、テリーは、自分の放った魔法でどれほどの痛手を相手に与えたかが分からなかった。更に、彼はそれからすぐに、その右腕が先の時より太くなっていることに気付いて、あの炎が全くの無駄に終わったのだと感じた。テリーは両拳を数秒程度震わせてから、唇を弱く長く噛んだ。
「ギョシャーー!」
突然、頭蓋骨の口が大きく開いた。自発的に声を発してこなかった大巨体の悪魔が、今になって広間中に響き渡るような大声を出し始めた。ソイソーは咄嗟に左足を引いて体を反らし、テリーは拳を握り締めたまま左耳だけを塞いだ。この大声もテリーの魔法を受けた時のように、聞いてて大変に気分の悪くなるものであった。所々の音域が非常に高く、その高低差が耳に入る度に二人は頭を揺さぶられるような思いをした。声は出さずにただざわざわとしていただけの小悪魔達は、一斉にその動きを止めた。この広間で今動いているものは頭蓋骨の口と広間の空気だけであった。
「…ーッ。」すぐに悪魔の奇声は止んだ。これもまた唐突であったので、広間は何か異常な静寂に包まれた。時折双方に吹いていた風がいつの間にか無くなっていた。少年達も心臓以外はピクリとも音を立てられなかった。そのような中、ソイソーは骸骨顔の悪魔の瞳無き目をもろに直視していて、刀を持つ左手が今にも震えそうになっていた。「(ま……ず……い、誰か動かないかな。)」
カサ…、カサ…、
ソイソーの願いはすぐに通じた。大巨体の悪魔の陰で一部の悪魔が落ち着きなく動き出したのだった。ソイソーは様子を見ようと思ったが、まだそれができる状態ではなかった。テリーはこの隙に、ソイソーと同じように目線を悪魔に合わせて動きやすい状態を作った。その時、動かした視界の中に静寂を保てなかった悪魔達の様子が入ってきた。
「(あれは、俺に魔法を掛けた奴!)」テリーは口が開きそうになったのを力で抑え込んだ。彼の手から赤い一滴が零れ落ちていった。それは、誰の目にも届かないほどの微小な光を反射していたが、静まり返った気を打ち破るには大き過ぎるほどの力であった。
……ピターン……。
「……!」ソイソーとテリーは反射的に下を向いた。
「ヒュシャー!」奇声が再び広間に木霊した。同時に、たくさんの衝撃音が少年達の耳に入った。慌てて二人は上を向いた。そこには、足を地から離した悪魔が居た。
「えっ?」ソイソーは思わずそう声を出した。高く跳び上がった大巨体の悪魔は一転してその無表情を少年達に向けていたが、奴の跳んだ向きは二人の方とは逆であった。そして、その軌道周辺には止まない幾つもの大音と大量の黒い粉塵、それに小悪魔共があった。小悪魔は宙で無抵抗に打ち上げられてる奴や、激しく回転している奴もあった。
「あ……、あいつも廻ってる。」ソイソーはその中に自分に魔法を掛けてきた悪魔を見つけた。
「あ……、」しかし、次に瞼が開いた時、その悪魔は一つの音を発して周囲の塵と同化していった。同様に、地を離れた他の悪魔も尽く小さな小さな粉へと変わっていった。悪魔の姿でなくなるその瞬間には、「タイコ」なる異国の打楽器を打ち鳴らした時のような音が発生していて、また、普通は見ることのない、生命体の構造体が欠片となって飛び散ることもなかったので、その空間は一時的に異常に神秘的な様相を呈していた。ソイソーの持つ刃の先がゆっくりと浅く地面へ入り込んでいった。
「何やってんだ! ソイソー、構えろ!」
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




