第一部 第三章 Ha
少年からはショー=サナエの顔は見えなかった。風となってる者の見ているものもやはりソイソーではなかった。だが、両者は共に路を進んでいた。力は仮のものであり、まだまだ小さく幼かった。
「光が見えてきた。もうすぐ出口だよ、サナエ。」
「サナエ!」
薄明かりの狭い通路を猛然と一つの白い風が突き抜けていった。数十分間歩いてやってきた道のりを僅か一分で引き返す速さだった。ソイソーは地図であるパペルを手の平とショー=サナエの体を使って抑えるようにして持ち、自身は肩にしがみつくようにして一緒に風を感じていた。自分より体の小さい者であったから、仕方なしになってしまった体勢だが、荷車に引かれている凧のように上手く風を捉えて体が地面と水平になっていた。
「!?」一点の小さな光であったものは、「あっ」と言う間も与えることなく少年の視界を真っ白にした。ソイソーはそれに負けないようにと、思わず手に力を入れた。手の先にある短い爪がショー=サナエの柔らかな体に、浅くではあったが、食い込んでいった。あっ、と思った少年だったが、ショー=サナエの飛行に何ら影響はなかった。
白い風が山の風を感じた。ショー=サナエはすぐに大きく、大きく翼を羽撃かせた。地面と平行に飛んでいた二者は一度、空、地面と見る形で一つの弧を描いてから、真っ直ぐ上に向かっていった。ソイソーはこの奇妙な風景の移り変わりを平然と見廻しながら、地図に目をやった。
「サナエ、テリーの居る場所はねえ……あ…、あれ、あの洞窟。」少年の今の言葉を言い終えるのが先か、ショー=サナエは再び、今度は大きく旋回してから、一気にその暗闇へと飛び込んでいった。が、
「うわ、凄い煙。…? サナエ、翼どうしたの?」翼は黒い光に包まれていた。そして、そのままソイソーの目の前で、ショー=サナエの翼は見る見る小さくなっていった。横に長く、たっぷりとした羽毛が「高雅な」とも言えるくらいに立派な翼は、角の丸まった四角形にも似た元の大きさへと収縮していき、それぞれの羽毛も、ふわふわとした飛ぶ為のものとしては何とも貧相な姿へと変わってしまった。飛行速度はもちろん落ちていった。急激なブレーキが働いたのと同じ状態になり、更に、ソイソーを支える力も無くなってしまったようで、少年は体勢が崩れながら大きく前方に飛ばされてしまった。ショー=サナエは丸いお腹を下にしながら地面へと落ちていって、ゴロゴロゴロとボールのように回転していった。回転が遅くなると、ショー=サナエはそのまま倒れこまずに上手く直立の体勢へと直った。翼は所定の位置にあって、いつもの可愛らしさをまた表していた。
「あたた……。もうちょっとで大怪我をするところだった。いや、それよりもテリーは? テリー、テリー!」ソイソーはしゃがんで足首をさすりながら煙の中を見廻した。辺りはこの煙の流れるせいなのか、妙に重たい音がしていた。大きな鐘が鳴らされた後の余韻にも似たものであった。ショー=サナエは暫くキョロキョロと辺りを見廻していたが、少ししてジーッと一点を見詰め始めた。少年は煙で見えないショー=サナエの方向を見ていた。
キン…キンッ……。
やがて、一つの方向から金属音が聞こえてきた。二回鳴ったのだが、ただ金属に金属を当てただけの音に聞こえた。ソイソーは後ろを振り返った。
ガン! ギン!
先のよりも断然に重たい音であった。力を込めて金属を打ち下ろしているのが分かった。
「テリー!」すぐには返事返ってこなかった。二つ、地面を擦る音がしてから、遠くの方で、カチャリ、という小さい音がした。
「ソイソーか? 何でここに来た。」煙の中に一者の人の像が映し出された。「……いや、それよりも、…どうしてここが分かった?」そして、それがテリーだと、ソイソーはすぐに分かった。その者が二本の剣を持っていたからであった。しかし、その持ち方や歩き方が変だということもすぐに分かった。ソイソーから見て像の左側の方に二つの縦に長い影があって、それらは力無く揺れていた。
「……? テリー、古の悪魔と戦ったの? 怪我したの?」
「いや…、」と言って、テリーが現れた。右手の方がよりダランと垂れ下がっていた。「これは…気付いたらなっていた。でも、この怪我があろうと無かろうと多分一緒だ。…あいつは…強い、…と思う。だが、変な奴だ。」
「…。」いつもなら、いや…あんただよ、から堂々巡りだったが、ソイソーは唾を飲み込んで、一言を口にすることしかできなかった。
「どう…変なの?」それを聞いて、テリーはゆっくりと歩みを止めた。
「…武器を…三つ持っていやがる。」
「…?」ソイソーは何を考えることもなく頭が痛くなった。未だに右の足首に手をやったままだが、少年は自分の両手を見た。「二つ。」そのまま腰に目がいった。その時に、柄の端に入っている青い宝石の光が少し気になったので、少し見ただけで目を離して、少年はゆっくりと立ち上がった。
「何となく、分かった。」
「何を?」テリーは嫌そうに声を出した。
「そいつ、両手に一つずつ武器を持って、もう一つはどっかに隠すようにしてたんでしょ。」ソイソーの顔は至って真面目であった。再び、煙の中から、カチャリ、という音が聞こえ始めた。
「まあ、それも怖いかもな。」 「違うの?」
音が連続して聞こえ出した。まだ、小さな音ではあった。
「あの中に居る悪魔は腕が二本だった。」 「それで?」
「『それで?』って…、武器が三つある悪魔って聞けば、普通、腕が三本ある奴って考えるだろ。そういうことでもないぞ、ってことを言いたかったんだけど…。」
「そう言えばそうだね。悪魔は腕が沢山あるもんだよね。」
「いや…腕が無い奴もいると思うぞ。」先に聞こえた音が大きくなり始めた。
「じゃあ、どうやって武器を三つ持ってるの?」
「ソイソー、………来るぞ。」カチャリ、という音の後に、コキャリ、という音がして、煙の中にその輪郭が現れた。二本足で立っていて、テリーの言うように、腕と思われるものも同じだけあった。ソイソーは、今まで聞こえていたこの音が、実は、もの凄く複雑な音であることを知った。見える輪郭が大きくなるに連れて、多くの音が聞こえてきた。ソイソーが、足音かなと思った、カチャリ、の音に続いてすぐ聞こえてきたのは、壊れた鎧が揺れ動くような音だった。不定期な間隔で何とも不安定な音が聞こえてくるので、煙に巻かれて見え始めた悪魔の武器にソイソーは気付いていなかった。
ショー=サナエは煙を背にして五歩ほど後退した。
その後、突然、これらの音がピタリと止まった。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




