第一部 第三章 Ro
テリーは、空耳だと思いたかった。何故そうあって欲しいかが分からなかったが、彼は、自分の勘が鈍った状態にあるということに気付いていなかった。
広間に魔銀が五個置かれていた。魔法力を含んだ金属がこんなにも堂々と存在していることに、テリーはいくらか疑問を持っていた。四個は広間の壁に取り付けられている形になっていた。入ってきた通路が六時の位置とすると、一時、二時、十時、十一時の所にあった。それぞれがやや縦に長い正八面体の形をしていて、色は明かりを頼りにして紺色に見えた。地面からある程度離して付けられていたが、彼の頭の高さに魔銀の中心があった。
ここにあるものは一体どれくらいの力があるのか、テリーには想像もつかなかった。彼が今までで見たことのある中で一番大きかった魔銀は1G -グレートサウストのお金の単位…直径二センチほどの硬貨- 程度の大きさの物であった。それだけあれば、例えば、「ソーキ型 -物体操作- 」魔法の上級スペルである「ラトーソ -対象物を瞬間移動させる- 」の力を持たすことが可能なのである。上級魔法を使うのに必要な魔法力の量は、一般の魔導師が持ち合わせているほぼ全ての魔法力とおよそ同等であり、「ラトーソ」もその例外ではなかった。そして、壁に括り付けられている魔銀の全てがそれを遥かに越える大きさであったから、それらは驚くべきお宝か、ないしは、見ることさえも許されないような物なのだろう、そう思うだけでテリーの口を空気が頻繁に行き来していた。
だが、四個の魔銀は僅かな光も出していなかった。壁際の明かりは、別に均等に付けられている魔法蝋によるものだった。そこにテリーは、この広間の奇妙な所を感じていた。今彼が居る広間中央部分にはこちらも怪しい灰色の箱が置かれていて、少々奥側の方に広間五個目の魔銀が何と、地面から僅かに浮き上がって存在していた。一番大きなものがこれであった。この魔銀はまず、魔法蝋代わりとなっていた。自分の服それぞれの色を何とか見分けられるくらいの明るさがあった。しかし、魔銀の色は青であった。そこにも微かな輝きが見られるのだが、彼の足元は少しも青く照らされてなかった。ピチッ、という音が作ったその色も青くないのだった。
テリーは剣を右手に持ち替えてから、右腰にある刀を鞘から抜いた。彼はその柄に小さく刻まれている文字をそれと無く目に映した。
1 1
9 9
8 8
7 7
・ ・
9 9
テ ソ
リ イ
| ソ
|
-実際は、左側はそれぞれが左右反転している。-
「ソイソーが紐を持っていてくれた、ってことかい。まったく…。」それだけを言うと、さっさと鞘に刀を納めた。テリーは再び、鞘に納まったままの剣を左手に移した。その鞘は所々が濡れていたが、鍔に近い方に取り付けられていた紐はよく縮れているだけで濡れてはいなかった。テリーは紐に目を近づけた。
「特に変な所は無いよなぁ。切れてる所なんかも見当たらないし…。」紐の端まで目を持っていったその時だった。テリーは不意に鞘の中が気になった。鞘の方は中央部分のやや下辺りを中心に、斑模様を描くように濡れている状態だった。
「鞘の方も特別製にしておいたぞ。火の中や水の中に落ちたって刃が傷つくことは無いからな。」鞘の上の方、鍔の近くや柄は全く濡れていなかった。
「親父の言う通りなら、大丈夫なはずなんだけど、一応見ておくか。」テリーは右手で柄を握った。ゆっくりとその拳を上へと進めていき、磨かれたキィーバ鋼が三分の一ほど姿を見せたところで一気に鞘から抜いた。その刃先を見て、テリーは愕然とした。
「何だ、この黒いの?」その部分にだけどす黒い何かが付着していた。以外はその刃本来の渋い光がしっかりと保たれていた。それぞれを交互に眺めていくと、黒いものの方がじわじわとその色を増しているようにも見れて、テリーは段々と不気味な思いを感じていった。持っていた鞘を逆さにしてみれば紐が縮れたまま垂れ下がり、外側についていた黒いものは彼の手を伝わって麦粒程度に一滴…一滴ずつ落ちていくが、中からそれらしきものが出てくることはなかった。まもなく、刃先の先端からもその黒いものの雫が、ポタ…ボタ、と落ちていった。
「くそっ、こんなもん!」テリーは剣に付いているその異物を払おうと、大きく右手を掲げた。灰色の箱と巨大な魔銀に背を向けたまま、勢いよくその腕を振り下ろしていった。
しかし、テリーの体は、まるで箱の中を落ちていく砂の流れが止められたかのように、突然全く動かなくなった。右腕は肘から上が肩の上に残っていて、刃先にある黒いものは少しの変化もなかった。そして、彼はただ静止しただけではなかった。瞬きも無く、鼻口の周辺に空気の行き来がないのであった。テリーは武器屋に置かれたマネキンのようになってしまった。
その直後、何処からともなく冷たい風が足音を忍ばせた。
「…主の復活に力を…。」その声の後、マネキンはその場で回転を始めた。足は地面に着きっぱなしだった。ズズズッ…、と音を立てての動きは宝箱を正面にして停まった。「…さあその剣を…。」剣を持った腕が再び高く掲げられていった。静かにゆっくりと腕が動いていき、小さく、ピキッ、と音がしたところで停まった。彼の足は心なしか震えているような状態だった。
「剣を!」
その声に続いてテリーの茶色い瞳が下に動いた。それと同時に、腕が豪快に半円を描いた。半円の先からは黒い扇の弧が飛び出していって、箱に一筋の傷を描いた。
「んっ!?」テリーは突然、右肩を抑えてその場にうずくまってしまった。右の拳には力が入らなくなり、解けた指からは彼の大事な剣が抜け落ちていった。落下した剣は一度だけ灰色の箱に刃が当たってから、横になって落ちた。
「肩が………。昨日の筋肉痛が今頃? というか、何で俺、こっちを向いてるんだ?」気になってテリーが辺りを見廻すと、微かに音が聞こえてきた。
「パキ?」小さな音だった。右の方から聞こえてくるようだった。テリーは顔を向けた。そこには箱があった。そこには二つの線が入っていた。一つの線は小さなものだった。途切れなく付いていて、彼の目からはよく分からなかったが、その部分は少し窪んでいた。 もう一つの線は大きなものだった。一見すると太い黒ペンで書かれたただの線のようであるが、それは丸い黒粒の集まりだった。一つ粒があって、その下に、近くで見て何とか分かるくらいの隙間を挟んでまた粒がある、というようなものだった。そして、その線の一番下にある粒が他のものより大きくなっていた。また、パキッ、という音がした。「大きくなった…。」それが数度繰り返されて、次の瞬間、
パキパキパキ………。
線の太さは一気に四倍ほどになった。テリーはしゃがんだままその様子を見ていた。「(何だ、これは?)」と、目を丸くしてその様子を注視しようとしたが、ふと、テリーは足元にある剣が元の状態に戻っていることに気付いた。テリーはその剣に手を伸ばそうとしたが、怯んで引っ込めた。
「痛て。筋肉痛じゃないな、これ。」
バキッ!
目の前の灰色の箱はその音と共にその形を歪めた。彼はそれが、自分が苦痛で顔を歪めたからだ、と思ったが、そうではなかった。バキバキッ…バキバキバキッ、と次から次へ音と同時に、灰色の箱が見る見る形を崩していった。
そして、遂に、
「うわ、前が………!?」
その広間全体を妖しい煙が包んだ。度重なる亀裂音を立てていった灰色の箱が、最後は、音も無く崩れ去っていった。広間にあった五つの魔銀が、まず、壁沿いにある物から静かに紫色の光を放ち始めた。すぐにその光が光線状になると、光線は各魔銀の真下を射してからゆっくりと伸びていき、広間中央付近にある魔銀の後方で一つとなった。時は満ちた、と言うが如く、テリーの近くで小さくも重たい音が鳴り出すと、五つ目の魔銀が同じく紫色の光を放ち始めた。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




