第一部 第二章 Ka
遂に一つの広間に到達。そこは、とても大きな所だった。
少年は広間に足を踏み入れた。しばらくは、ただ一点を見ていたが、少しして周りを見渡すと、「んーー…。」と一つ高い声を発した。いずれの壁にもそれは達せず、また、やって来るものなどある筈もなかった。ショー=サナエがソイソーに、降ろして、というような仕草を見せると、ソイソーは一拍間が空いてからショー=サナエを地面に放した。
ショー=サナエはすぐさま、お得意の形で正面のものへ向かって走っていった。同時に、ソイソーも足を左に動かし始めた。ショー=サナエの軟らかそうな足はゴツゴツと硬そうな地面を一杯蹴っていた。尖った部分がある小石でも踏んだら怪我をしてしまいそうな足であったが、前方に、敵は座っていた。ほんの小さな物だったが、角張っている物だった。少年は最初の広間の時のように、壁を触って歩いていた。ただ、その動作はかなり雑であった。足は常に動いた状態であって、右が地面に着いた時だけ壁を叩き、それで気になった所を逆の方で軽く蹴ってみるという有様であった。すぐに、その小石にショー=サナエの影が映った。その時、小石はまるで虫であったかのように、ひとりでに動き出した。風によって流されたような動きとも捉えられるものであったが、無音でショー=サナエの右側に転がっていったのだった。ソイソーの目は度々ショー=サナエの方へと向けられていた。
まず、ショー=サナエの足が停まった。
「サナエー」
「ちょっと待ってぇ、こっちが先。」
「サナエー」ソイソーの真似をしているのか、ショー=サナエも目の前の物体に対してペタペタと翼を打ちつけていた。そんなショー=サナエの小さな目線の先には極々小さな丸い穴があった。先の小石よりも遥かに小さく、筆記具のペンが入るか入らないかのものであった。それを見つけたショー=サナエは興味津々の様子で、真ん丸の目が少し大きくなった。ショー=サナエはその穴に翼の先の毛を入れてみた。何も反応がなかったので、それを動かしてみたが、変わりはなかった。それならば、ということなのか、次は嘴を入れようとした。だが、嘴は穴から逸れて僅かに左に当たった。一度引かれると、今度はゆっくりとした動きで嘴が進んでいった。しかし、嘴は穴の下へと当たった。
「…。」 「ふぅー!」
壁に息を吹きかけたところで、少年の足は停まった。途中から早足になって、今、少年はやって来た通路の真逆の壁に居た。四分の一を廻った所から、ショー=サナエとその近くの物のことが恐ろしく気になり始めていた。初めの内は平均すると、二歩毎に叩き四歩毎に蹴って、の作業であったが、途中からは、四歩進んで叩き次の二歩目で蹴ってその次の四歩か五歩で叩いて…、という具合に変わっていき、もうそこからは、壁なんて見てはいないのであった。ソイソーは勢いよく向きを変えた。
「サナエ、開いた?」大きな声で少年は喋った。
「サナエ…。」物陰からはぼそっとした返事しか返って来なかった。それでも、少年は嬉しそうな表情を一切変えないで、ショー=サナエの所へと走っていった。少年がそんな表情をしていたのは、ショー=サナエの翼を前の方でくっ付けて手を拱いている様子を想像していたから、というのもあった。だが、それよりも今ソイソーの視界に映っていたのは、目を輝かせるような物であった。
そこにあったのは、少年の高さの半分以上もある大きさの宝箱であった。いくらソイソーであっても、ここまで近くで見る機会は無いのであった。外装は、この怪しい空気の漂う洞窟の中にありながら異様なくらいに鮮やかな青い光を放つ金属で覆われていて、その上に急ごしらえの印象を持たせる装飾が施されていた。そこに使われている、古木にも見える錆びた銅の様子などは、ソイソーの目にもう一つの輝きを与えるのに充分であった。
「待っててねー、今開けるよ!」少年は猛烈な速さで広間を駆け抜けていった。ここの広間は今までの広間よりも断然に広い所であった。楕円状の形をしていて、少年は宝箱から一番遠い位置に居た。八歳にして十一歳前後の韋駄天達と同等以上の快足を持つソイソーでも、走り終えるまでに十秒と少しの時間を掛ける必要があった。思わず出た全力であった。
息を弾ませて宝箱の正面へとやって来た。宝箱を見ようとすると、そのすぐ近くに居たショー=サナエが今度は、宝箱と違った所を見ていた。普段はほとんど見ることのできない喉元を見事に露出させてショー=サナエは上を向いていた。
「サナエ、どうしたの? 宝箱なんていう凄い物を見つけることはできたけど、ここでこの洞窟は終わってるみたいだよ。上を見たって何も無かったし。あったとしても、空でも飛べない限りはどうしようもないしねぇ。」
「サナエ、サナエ!」
「何かあるの? 僕、目は悪くない方なんだけど。」ショー=サナエに倣ってソイソーも上を見た。少年の目にはまだ黒しか映らなかった。実際、ここは少年が危機に陥った広間よりも相当に天井の高い所だった。人のソイソーだと、槍を習っていれば高く飛ぶことができたのだろうが、ともかく、ソイソーにはどうしようもない高さであった。
「一体、何が見えるの? ん…、うわっ、サナエ危ない!」少年は慌ててショー=サナエを抱きかかえて走った。天井が、入口の方に行くに従って急激に低くなっていて、少年はその方向に走っていった。上を見て、ここなら大丈夫だ、という所まで来ると、後ろを振り返り、そっと覗くようにして中央部の天井を見た。
「落ちてこない?」さっき見た時には、確かに、天井の一部が崩れて石か岩が落ちてくるところだったんだけど、と少年は思ったが、砂粒さえも降ってこなかった。何よりも、静かだった。しかし、
「あれ? 今何かあった…。」ソイソーの目に一瞬だけ、黒のような茶色のようなものが映った。少年は沢山瞬きをしてから、もう一度同じ所を見た。摺り足になって僅かずつ前進もしていった。やはり、まだ、黒いものが映るだけであった。「ん?」すぐにまた、ソイソーは何かに気付いた。すると、少年は一旦目を閉じた。心の中で長めの間を取りながら三つ数えて、最後に「(いまだ!)」という声を出して、大きく目を見開いた。
「……、あれは…、葉っぱかなあ?」ようやく少年の目が捉えたそれは、闇の中を、ゆったりとした動きで舞っている葉のようなものであった。動きは遅かったが、渦を巻いた風に流されているようにも見えるのだった。いびつだが、決まった範囲を反時計回りでそれは舞っていた。下に向かってくる速さもゆっくりとしていたが、段々と、正体が何であるのかを見ることができる位置までそれは落ちてきた。
「んーー…、パペル?」ソイソーの目がはっきりと認識したそれは、少年がよく見る大きさの、一枚のパペルであった。それ以上、上から何も落ちてこないだろうと感じたソイソーは、走って、パペルの舞う所の中心付近まで向かった。パペルの動き方に変化は無かった。
「サナエ、慎重に取ってね。」 「サナ。」
ソイソーはショー=サナエを高く掲げた。何の迷いもなく、ソイソーはそれをショー=サナエに取ってもらおうとしていた。ショー=サナエは翼を広げてパペルが落ちてくるのを待った。人が腕を広げながら来るものを待ち構えている姿と何ら変わりないな、とソイソーの深層は感じていた。上を向いて目線を変えず、ただ一点を見ていた。パペルは舞いながらショー=サナエのすぐ近くまで来ていた。足とお腹、それとパペルの動きだけが視界に映っていたソイソーは、機を見てショー=サナエに合図を送った。
「いーまだー、サナエ!!」 「サーナエ!」
パシッ!
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




