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第一部   第一章    Mu

 ハァ…ハァ…、ようやく…ここまで来た。あの森は本当にひどいな。開拓しておいた道が、こんな僅かの間に、消滅してるなんて。本当はもう少し速く来るつもりだったんだが…、………、よかった。まだ、来てないみたいだな。


真っ直ぐ歩いていき、ある所で足を停める。


 あれ? 何だ、ここ。こんな所にこんなものあったかな…。


しばらくの間、立ち止まる。


 今は…、まだ十数分は時間があるな。よし、少し調べてみるか。あいつのことだから、どうせ、遅れてくるんだ。荷物は…と、……、………! 取り敢えず、………ここに置いておくか。大丈夫だろう、………多分。


では、一章最後の本文をどうぞ。

 隠れていた少年が、もういいかな、と思って樽の上に少しだけ顔を出した。すると、門は樽の中にぴったりと納まってしまうくらいの大きさになっていた。その西門はこれから閉じていくところであった。遠すぎる為か、その音は何も聞こえなかった。代わりに電車の走る音がした。少年はその姿を探したが、それは無駄なことであった。高い所を走っているから見える筈だ、と思って頑張って目を凝らしたが、車両は高い壁の向こうにあるのだった。車輪が線路の上を行くその音が小さくなっていくと、(にわ)かに、今日って何て特別な日なんだろう、という思いが少年の中に出てきた。眼前の風景を眺めるその視線をゆっくりと上に向けていくと、一瞬、少年は火薬の臭いを嗅いだ気がした。こんな所まで花火の煙が運ばれて来るんだ、という目でしばらく空を見ていた。少しして、息を一つ吐いてから少年はしゃがんだ。


 「(さてと)」ソイソーは顔を柔らかい壁に当てると、耳をそばだて始めた。少年の鋭敏な聴覚はすぐに業者達の声を捉えた。その声には笑いが交じっていた。真面目な話ではないようだった。取り敢えず、二人の出だしは順調のようであった。その楽しい時間が続いている内に、ということで、少年は逃げる準備をし始めた。


 ソイソーは自分の近くにある樽を眺め出した。そして、そこからまず五つの樽を決めた。中から自分のリュックを探そうとしていた。


 「(一つ目。)」ソイソーは蓋を開けた。


 「(おっ! いやー、今日も冴えてるねえ。)」そこには、強引に押し込んだ為に少々シワシワになった少年のリュックがあった。少年はそれをそっと取り出した。他にはどんな物が入っているのかなあ、と気になってもう少しだけ中を探ってみたが、そこには革の袋が積まれているだけだった。つまんないの、と思いながら少年は落とすようにして蓋を閉めた。


 「そんじゃ、次はここを越えよっか。」ソイソーは思わず声を出してしまった。しかし、馬車が減速する様子はなかった。ソイソーは何となく分かっていた。耳を当てて聞こえる声もほんの僅かなものであったので、大きな音さえ出さなければ大丈夫なんだろうな、と少年は思っていた。「(でも、気が緩んだ…。)」少年は気を取り直して、改めて馬車の後方を向いた。樽がびっしりと置いてあって、そこにはまともに歩ける隙間がなかった。ソイソーはリュックを背負って、慎重に移動を始めた。僅かな隙間を埋めるように樽を退かしていって道を作り、そのような隙間もない所に来たら樽の上を渡っていく、という形でソイソーはゆっくりと進んでいった。全ての障害物を越えた頃には、門は麦粒くらいの大きさになっていた。


 「(そうすると、大体五分かな。)」そう思って、ソイソーはその場に座って靴紐を結び直した。少年は家を出る時に、こういうことがないようにきつく結んでおくのだが、今日はそういう訳にはいかなかった。「…。」不思議な物足りなさを感じながらも、ソイソーは片方の靴紐を結び終えた。その瞬間、ガサッという音が聞こえてきた。ソイソーは馬車の中をざっと見廻してみるが、それが何の音かというのは分からなかった。だが、直後に外へ顔を向けると、ソイソーは思いがけないものを見たという顔になった。そこで少年が目にしたものというのは、見る者によっては、薄緑色の絨毯に白くて僅かに黄色が入った置物が放置されている、というような光景でもあった。


 「(えっ、サナエ?)」


 半信半疑であった。家の中に置いてきたはずのショー=サナエが馬車の所に姿を現すのは、ソイソーにも想像できたことであった。いくらでも追い付く手段があったからだった。


 「でも、あそこで馬車から降りちゃったはずなのに…。」ショー=サナエと思しき者は緑の草原の中にたたずんでいた。そして、その姿はどんどん小さくなっていった。このままにしておくことはできない、という考えが少年の中に湧いてきた。馬車の速さは、いつも自分が乗っている路面のそれより少し遅い、と少年は感じていた。もしその通りであれば、少年は馬車と互角に走る自信があった。ショー=サナエの走る速さは、そんな少年が軽く走った時の五分の一以下のものであった。すぐに馬車から降りようかと少年は思った。


 「…!?」だが、次の瞬間、少年は硬直した。足と手が動かなかった。直感的にその理由が自分の後ろにあるのを感じたが、ソイソーは後ろを向くこともできなくなっていた。


 「サナ?」少年が見たのはやはりショー=サナエであった。ショー=サナエは、ソイソーが中々降りてこようとしないことに気付いたようだった。すると、二つの小さな翼を水平よりも高く広げて、ショー=サナエが馬車に向かって走り出した。当然、馬車はそれでも小さくなるのを止めることはなかった。だが、ソイソーはその姿をはっきりとその目に映した。よく似た置物や玩具、他の生き物等ではなく、こちらに向かってきている「ショー=サナエ」がそこに居ることを、ソイソーは知ったのだった。


 「くそっ、こんなもん!」少年は体を揺さぶった。手を振り回して後ろに付着した物を払い落とすような自分を思い浮かべて、ソイソーは力を込めて全身を横に振った。すると、馬車が小さくガタンという音を出して縦に揺れた。その揺れで少年が背負っていたリュックは小さく浮き上がった。そして、そのリュックは元の位置に下がっていくところで少年の背中を押していった。


 「うおっ。」少年は、思い返して見た時に、マヌケだなー、と思うような声を上げながら、草原の宙へと投げ出された。前傾姿勢の状態で、普通の者であれば大小いずれかの怪我は間違いないような格好であったが、ソイソーは何事もなかったかのように、薄緑色の地面に両手を掛けた。そして、瞬く間に二つの手はそこを放れ、ソイソーの体は風の中で二度の前転をしていた。回転を終えると、右膝がやや前に来て少し屈む格好で着地をして、流れるように少年はそのまま真っ直ぐ走り出していった。すぐ目の前には六個のやや大き目の窪みが点在していたが、少年は一気にそれらを跳び越えた。やって来るショー=サナエを少年が改めて目に映した時には、その翼は広がっていないようであった。


 「今…行くよ!」ソイソーは肩に手を持っていってリュックを背負い直した。そして、呼吸の調子を変えて小さく息を吸うと、勝負の時まで温存しておこうと思った力の一部を出して、本気で走り出した。二つ上の兄が全力を出して同等となるくらいの速さであった。だが、二者の距離は思いの外開いていて、視界に映る相手の姿は大きくなっていかなかった。もう少しだ、と思いながら少年はそこから飛び立とうとするような勢いで地を翔けていった。


 「サナエー!」愛くるしい声がかなりはっきりと、少年の耳に聞こえていた。ショー=サナエは翼を一杯に広げてソイソーを待っていた。自分で意図しては作ることのできない可愛らしい笑顔で、飛び跳ねながらソイソーのこと迎えた。


 「サナエ!」


 「…ハァ…ハァ、どうして…こんな所に居るんだよ。」


 「サ、ナーエ…。」少年の問いに対してショー=サナエはまず、一つだけ跳ねてその場から下がった。それは、この日すでに何度も見せている大きな動きではなく、この八日間でショー=サナエがよく見せる小さな動きなのであった。着地と同時に、お腹が少し揺れ動くのを少年は見た。ショー=サナエは続けて体を動かしていた。ショー=サナエは、身振り手振りならぬ「翼振り」という手段で以って、自らの言おうとしていることをソイソーに伝えようとしているのだった。少年は目線を下げて、上げて、下げて、というのを少しの間繰り返していた。少年の目に映っているのは、短い足を精一杯伸ばしながら翼をやたらと動かしている、家族も同然な者の可愛らしい姿であった。ソイソーは段々と、これが今日の始まりなんだ、という気持ちを持つようになった。この先で待っているどんな困難も今の少年にとっては、草原に生じた小さな窪みの集まり、といったものになっているのだった。少年にとっても一週間ぶりのキィーバの風が北西の山から溢れるように流れ吹いていて、それがまた、少年をより「ソイソー」に近づけているのだった。だが、ソイソーが壁と化してしまっているから風が届かないじゃないか、と怒っているものが居た。


 「サーナエ?」


 「ん…あ、ああ…ゴメンゴメン。最後の方だけもう一回やって。」そう言われて、ショー=サナエはその場で小さく跳ね上がった。そして、身振り翼振りが始まった。ソイソーは真剣な顔と気持ちでそれを見始めた。だが、懸命に伝えようとしている動きの激しさと、時々出る「サナエ」という声に感じられるはっきりとした抑揚が、真ん丸顔の中にある普段との変化がほとんど見られない表情を通して少年に向かってくるので、ショー=サナエが表現しようとしている「言葉」を、ソイソーはまたもや見逃すところであった。しかし、ソイソーは同じ過ちを繰り返さなかった。何とかではあったが、そのおおよそを拾うことができたのだった。


 「へえ。樽がダメだったから、馬車の下にある小さな隙間に乗ってきたんだ。」よく考えたもんだ、と少年は腕組みをしながら感心した。


 「サー、サナエ。」ショー=サナエは、少年の行為を真似しただけなのか、本当に得意気になっているのか、一緒になって、翼を前の方でくっ付けて頷いていた。ソイソーはもう余り意識していないのだが、この行為はショー=サナエが初めてソイソーに見せたものだった。そして、昨日の夜までのソイソーなら、この行為は、自分の中で僅かに芽生えていたちょっとした疑問を完全に霧散してくれる、そういったものになり得るものであった。しかし、今のソイソーにはそんなことは関係なかった。考える余裕がないと言えばそれまでであったが、別の目的があってここまで来ているのであった。今日のまさにこの瞬間では、ソイソーにとって

「ショー=サナエはショー=サナエだ」というのものが、自然に体の中に息衝いているのであった。



 「そうでなければ、運命のあの日などは迎えることさえなかったであろう。あの日のソイソーという少年にはそれ以上を知る力など与えられていなかったからだ。」 -ある第一将軍著作の回想記、より抜粋-



 「さてと、それじゃあ早く山に向かおう。えっと…町があっちだから…、」ソイソー達は今、アピルースの森の近くまで来ていた。少年は、自分が町を出てから北西に進んでいたことに気付いたが、こちらの方に来たのは今日が初めてであった。前回は偶々なのか、真っ直ぐに、西南西の方へと馬車が走っていたからだ。少年はざっと周りを見た。アピルースの森は木々がその内部を覆い隠すような外見をしていて、それはここから見ても変わっていなかった。森以外の方向ではいずれもキィーバを囲む山が目に入った。この光景は、ある意味、キィーバであれば何処でも同じであった。少年は、今足を置いているこの場所を山だとみなしたことはなかった。キィーバの地が海抜三千メートルという高地に存在していることを分かっている多くの者達でさえも、それは同じであった。そんな彼らも八、九歳頃にキィーバにある「山」の代表的なものの名前を覚えていった。三年生の少年も覚えていくことを始めていかなければならないのであるが、ソイソーが知っている山の名前はその方向には一つもないのであった。


 結局、その場所に立っていて前回と違うのは城下町の見え方だけのようだった。というのは、少年は自分の住んでいる地に立っている城の大きさを初めて知ったのだった。ショー=サナエがキョロキョロと辺りを見廻している右で、少年の視線はお城の背中からしばらく動くことがなかった。「あんな大きな所で…。」ショー=サナエがソイソーの口の動きに合わせて嘴をパクパクさせていた。「高さ」という意味で大きいことは正面のお城を見ていて知っていた少年であったのだが、「広さ」ということで「あんな大きな所」だとは想像できなかったのであった。


 視線が再び動くことになったのは、少年が、何か聞こえた、と思ったその時であった。素早く真後ろに振り返った少年の眼に見えたのは馬車であった。もう随分遠い所を走っていて、それは団子虫ほどの大きさになっていた。森はそのすぐ近くであった。その馬車の後ろ姿を何気なく見ていたソイソーは、その瞬間、雨のあの日からもう一つの変わったものを見つけた。


 「道だ…。」ソイソーは、そこだけ樹が切り開かれていて地面が砂地になっているのを見た。馬車はそこから森の中へと入っていくところであった。だが、ソイソーがほんの小さな一つの瞬きをした後、少年の遥か前方を砂埃のようなものが横切っていき、馬車と少年が「道だ」と思ったものはその姿を消していた。「あれ?」少年は沢山瞬きをして同じ所を見続けた。ショー=サナエはソイソーの左で短い足を曲げて薄緑色の絨毯にお腹をくっ付けていた。急かすように翼で少年の足をパタパタとしたが、少年の左手が少し下に下がるだけであった。その数秒後、少年の視界から消えていた砂埃のようなものは、更に遠い所で再び少年にその姿を見せた。そして、それはすぐに消えていってしまった。同時に、少年は素早く後ろを振り返った。


 「えっと…町があっちだから…、よし。サナエ、行く…あれ? どこだ?」


 「サナエ。」ショー=サナエは座ったまま声と翼で少年に返事をした。ソイソーは後ろを振り返ってその姿を視界に捉えた。ショー=サナエは嘴を小さく開けながら両方の翼を前に差し出すようにしていた。ソイソーは元よりそのつもりでいたので、「よしよし」と言うと、ゆっくりとしゃがんでからショー=サナエをその状態のまま両腕の中に収めていった。今、太陽はソイソー達のほぼ真後ろの空にあった。もう少しで黄色い登り道を終えるという時間になっているのだった。立ち上がる時に、一緒になって影が自分の前に伸びていくのを、ソイソーは見た。


 「サナエ?」


 「ん? 何でもないよ。」ソイソーはショー=サナエの方を見てから、言った。そして、ショー=サナエの体をソイソーの視線の先へと向けた。


 「よし、行くよ! 目指すはスンボー山の仙人様だ!」

 「サ、ナエー!」


 ソイソーはその影に向かっていくような一歩を踏み出して、薄緑色の草原を走り出したのだった。


 次回からは二章が始まりますが、長くなってしまったので、二つに分けました。ということで、同じタイトルが三つ続くことになります。

 二章は「中編」になる訳ですが、いよいよ、「スンボー山」での話となります。そこで待ち受ける者は一体? ショー=サナエは何者なのか? ソイソーとテリーの決着は? 二章はこの物語の重要な鍵が存在しています。更新されたら、是非、読んで下さい。

 これからも、「フォーダースの勇者」をどうぞ、よろしくお願い致します。

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