第一部 勇者が見た世界 第一章 キィーバの山に住む者・前編 I
少年ソイソーは、こっちで言うところの「小学生」です。
そんな少年の一日から書いていこうと思います。
サブタイトルの「I」は「1」の意味ではありません。
「早くしなさい、ソイソー。遅刻しますよ!」
「ハァーい。」
ソイソーの朝はいつもこのようなものだった。寝るのは決して遅くはなく、起きるのが遅かった。最近、寝ることが体に良いことである、ということを先生から聞いて、母親の返事に対する反応が少し悪くなっていた。それでも、今日はその中でもかなり良い方であった。
小学院の始まる時間は朝の八時三十分。家からは電車等を使って二十分ほど掛かるのだが、ソイソーはいつも七時四十分前後に起きて、朝食を食べたり出かける仕度をしたりする。ショー=サナエはその様子を廊下の二階への階段と居間の両方が見える位置に座って見ていた。ショー=サナエの首は忙しく右へ左へと動いていた。よく動く視界に映るのは少年一人だけで、少年の母親は居間の方に居た。ショー=サナエの近くは、少年のうるさい足音だけが響いていた。
白い小さな首の右に回った回数が六を過ぎたところで、ソイソーは鞄を持ってきた。そして、ショー=サナエの前に来て頭を軽く撫でると、玄関に行き靴を履き始めた。ショー=サナエは体ごと廻ってソイソーの方を向いた。
「サナエ、サナエ。」
「行きたいのか? でも、ダメだぞ。学院は、生徒以外は親の人しか入っちゃいけないんだから。」紐を結び終えて少年は立ち上がり、鞄を肩に掛けてドアを開けてから振り返った。「帰ってきたら遊ぼうな!」
「サナエ、サナエ。」ショー=サナエは喜んで飛び跳ねた。ソイソーが手を振る姿が見えてから、ドアは静かに閉まっていった。「サナエ、サナエ。」ショー=サナエはまだ跳ね続けていた、が、
「こら、サナエちゃん。 跳ねないの! 埃が出るでしょ。」怒られてしまった。
「…サナエ…。」
家を出て左、つまり、北へと進んでいくとすぐに大通りへと出る。少年はいつも以上の駆け足だった。その大通りは東西に走る四本ある大通りの内の一本で、南北に走るものは五本あった。しかし、それらは碁盤状に整備されているわけではなかった。キィーバの一つの名物となっていた。計九本ある内の二本だけが東西・南北の端から端へと伸びていて、他は全て半端な長さで造られていた。また、縦の通りの一番西にあるものは横の通りとの交差が三箇所だけであって、短くなっている場所は城の敷地となっていた。
すでに、少年の家近くの大通りには、多くの者達が右へ左へと歩を進めていた。それに並行して四本全ての線路を路面電車が行きかっている状態であった。通りの端寄りに、馬車が走っていることもあるが、今日この時間にはまだ見当たらなかった。通りの中ほどで走る路面電車は乗降場でお客を降ろしたり乗せたりするわけだが、その際は、停止することはなく徐行運転の状態であった。多くの大人が手際よく路面電車に乗って、降りてということをしていた。ソイソーは停まって左右をよく見てから、三本の線路を越えていって、通りの一番北にあるお城に通じる線路へと急いでいった。そして、同じように慣れた様子で、乗降場にやって来た路面電車に飛び乗っていった。
フォーダースの世界では電車は『魔電車』と呼ばれている。魔電車は『魔法電気車両』の略であり、輸送能力の高さでは世界で一番のものである。少年は魔電車ともう一つの乗り物を使って小学院へと通学していた。それが『路面魔電車』と呼ばれる、町の道路に敷設された線路を走る魔法電気車両である。正確には「道路面型魔法電…」という長ったらしい名前もあるのだが、それはほとんど堅苦しい場面にしか使われないものであった。それはそれとして、これはキィーバで唯一使われているもので、他国での町中にある電車は全て、道路と別に線路を持っている、普通の魔電車の方であった。
注1 -後書き参照-
ソイソーの乗った路面が大通り同士の交差点を左に曲がっていった。そこは、更に多くの線路が通っていて非常に幅の広い通りだった。線路部分だけで、少年の家の近くにある通りのそこに立つ建物を含めた幅と同じくらいの長さがあった。この通りになれば、通勤時間というこの時でも数台の馬車を確認することができた。満員の車内で、何人かはその様子をうらやましげに眺めていた。少年は別の意志を持ってそれを見ていた。通りの脇には二階建て以下の建物だけが並んでいた。民家や商店はほとんど無く、銀行や魔法相談所が数軒と多くが官舎であった。そこから北側に目を移していくと、この超大通りよりも遥かに広くて、巨大な壁を思わせる建造物のそびえ立っているのが見えた。それこそがキィーバの巨大城であり、電車と路面の線路を十七本も有する巨大駅なのである。少年の乗っているこの路面の他三本もの車両が、今、城の中へと入ろうとしていた。いずれの車両も、もちろん、多くの人などで溢れんばかりであった。
この巨大駅にある線路の内で八本が路面のものであって、全てがこの通り出入りするものである。残り九本の中で八本は中・長距離を走る車両、要するに、電車の線路である。多くはキィーバの地の外へと向かう者達や、逆に、キィーバへと来る者たちが使う車両だが、広いキィーバの町の端から端へと移動するときなどにも使われることがある。城以外に東・西・南の三箇所に電車 -路面も- の駅が設けられているのである。
ソイソーの乗った路面はゆっくりと城内の九番乗降場に近づいていった。気の短い者や急ぎたい様子の者がどんどんと、路面の進行方向右側から降りていった。少年もそれを見て、降りていきたいと思うのだが、小学院に知られるときついお咎めを受けるのを知っていたので、最近は、自重していた。元々、路面の終着点であるこの場所は、車両が乗降場に完全に停止してからでないと、乗り降りしてはいけない決まりになっているのである。
この日、ソイソーは急いでいた。路面から降りると、すぐに、近くの階段駆け上った。階段の五段目くらいの所にある左右の壁には、「階段で走るのは止めましょう」と書かれた張り紙があった。目指すは、キィーバの城下町から東方向へと行く電車のある乗降場。路面の乗降場からは少し遠いところであった。歩くと二分ほどの距離になる場所だが、少年の乗るいつもの電車は発車まであと三十秒くらいしかなかった。
「やばあい、遅刻かも!」ソイソーは必死で走った。ただ一人、走っていた。直線ではなく所々で小さく折れ曲がった通路をひたすら突き進んだ。ようやく、目的の一番乗降場への階段が見えてきた。急ぐソイソー。大きな体達の隙間を縫うように走っていった。階段の一段目に足が着いた。ダッ…ダッ…ダッ…、一歩飛ばしで降りていった。普段は汗をかかない少年も額から一滴だけ垂れてきていた。すぐに乗降場は見えてきた。大勢の者達がいた。「よし、間に合った。」
突然、男性の大きな声が聞こえてきた。
「お客様にお知らせ致します。本日は、臨時の城内搬入車両があるため、電車が遅れております。次の電車到着まで、今しばらくお待ち下さい。」
「そんなー…。こんなに朝早くだったなんて…。」
注1
魔電車は「電車」、路面魔電車は「路面」と大体のキィーバの者は呼んでいるので、以後はそういう表記とします。




