表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/75

第一部   第一章    So

 フォーダースで「パペル」は「紙ノート」を指しますが、広い意味では「紙」のことです。

 この世界では、パペルは大変価値の高いものです。どこぞの星のように、森林破壊が進んでいるということではないのですが、フォーダース社会に自然と広がったことなのです。

 しかし、それでは物を書く時に木の板でも使っているのか、というとそうでもありません。パペルです。

 その辺りのことは、また前書きネタが無い時に書いていきたいと思います。

 新聞にあった予報通り、朝の八時過ぎには、すっかり明るくなっていた。住宅街となっている多くの細い通りでは数少ない雀がチュンチュンと鳴き、早起きの子供はすでに外を走り廻って、家によっては洗濯物を干し始める主婦の姿も見え始めていた。いつもは二番目の部類に当てはまるはずの少年は、まだ、布団の外にすら出ていなかった。窓も扉も閉じられた小さな空間ではただ一つの存在が、ペタペタ、と微かな音を出しながらてくてくと円を描いていた。前日、ソイソーは普段より遅くまで起きていて、夕食前に少しやっていた、この日に備えた様々な想像の描写を行っていた。でも、そのことが逆に、本来の筋書きから進行を一時間ほど狂わすという事態の発展に繋げてしまっているのだった。ショー=サナエはそのことを近くで聞いていて、それでいつまで経っても起きてこないソイソーのことを気にしてなのか、二つの翼で寝台の敷布を、本人はグイグイとやっているつもりで、力一杯引っ張って起こそうとしていた。


 「サーナーエー。」少年に反応はなかった。学校がある時の朝でも、この少年を起こすことは容易ではなかった。ショー=サナエのこのような行為では、少年にとって軽くちょっかいを出される程度のことであって、せいぜい体の向きがひっくり返るくらいのものであった。そのような動きをした後でギリギリの時間に結局自分で起きてくるか、授業に間に合いそうにない時間になってからパン一枚をもった母親が魔法を使った大声で起こしにかかるか、の二つがこの五日間でショー=サナエの体験した朝の一幕であった。


 「サナエ。」この時、後者の方法なら自分でもできるかもしれない、とショー=サナエは思った。


 ショー=サナエはゆっくりと寝台から離れ始めた。誰も見ていない光景なのだが、その後ろ姿は不思議なくらいに堂々としていた。黄色い足を止めると、ショー=サナエは寝台の方に向き直った。顔を少し上げて一度目標に目を合わせると、すぐに目線を元に戻した。ショー=サナエは両翼を横に広げた。相変わらず小さな翼であった。


 「サナッ」その声と共に勢い良く走り出した。しかし、その速さは寝台の上の少年の歩く速さより遅いものだった。それでも、普段の走る速さに比べればずっと疾走感はあった。壁が近づいたところでショー=サナエはその翼を勢い良く上下にバタつかせて飛び上がった。


 「サーナー…ェ…。」ただ、その姿は、鳥や飛獣(フレマー)に詳しくない者が見た時には、飛んでいる時の格好と認識することが非常に難しい、何とも哀れなものなのであった。もし、高い所から行っていれば、翼を着けた太った(ユマン)の飛行実験と見られても仕方のないものであった。ただ、何とその飛行実験は成功した。あともう少し高いところまでなら飛んでいけた、というくらいに寝台への着地も安定していたのだった。


 ショー=サナエは嘴を小さく開けてほっと一息を吐いた後、すぐに眠りの少年の耳元まで行った。そこでまずは、一言普通に声を出してみた。


 「サナエ。」反応はなかった。これで意を決したショー=サナエは胸一杯に大きく息を吸い込んだ。そして、この家に来て以来の大きな声をソイソーに向けて放った。


 「サー…ナー…エー!」


 「…zzz…。」反応は…、それどころか、エレナの怒る声すら聞こえてこなかった。自分では出し切ったと感じている全力の大声は、この部屋の扉伝いに二回の廊下に微かな反響を残しはしたが、その程度であった。


 「…。」 「zzz。」


 いびきの静寂が数秒間、再び辺りを支配した。その場所で少しの間じっとしていたショー=サナエは、まるで何事もなかったかのようにその場に座り込んでしまった。そのまた少し後に、黄色い嘴で羽毛たっぷりのお腹を掻き始めた。少年のいびきが三回聞こえた後、ショー=サナエはその行為を止めて、何と、両目を閉じてしまった。ただ、片足で数える間もなく、その目は開かれた。すると、横たわっている体の近くにある右の翼を、ショー=サナエはそっと少年の頭に置いた。その状態でショー=サナエは嘴をパクパクとさせた。部屋の中は今、沈黙が支配していた。


 下の階では、洗濯をしていたエレナが庭に出たところだった。


 「今日みたいに天気のいい日は徹底的に洗っちゃわないとね。もうあの子達も起きてる頃でしょうから、シーツも早いこと洗いましょ。」エレナは休日でも、家の掃除や家族の洗濯物を片付ける為に、早起きをしていた。家の広さから見れば家政婦が一人くらい居てもおかしくないものなのだが、夫にそれを言われた時に彼女は、「私の主義じゃないわ。」と言ってキッパリと断ったのだった。掃除・洗濯だけでなく、もちろん、朝食の準備も彼女一人でしていた。特に、この日は夫にとって珍しい休日出勤であったので、いつも以上に早く起きて、まず、夫の朝食の準備をしていた。


 今、その夫を無事に家から送り出して一時間が過ぎていた。その時間から、太陽が雲の集団から顔を覗き始めていて、信頼のできる天気予測通り、この時間の空は少しも雲の無い、澄んだ青色が広がっている状態であった。五日振りの晴れの日でエレナも気持ちが弾んでいて、やる気満々であった。階段を上がる時には、ソイソーがまだ寝ていたら久々にシーツごとベッドから引っ張り出しちゃおうかしら、というようなことまでを考えていた。階段を上がる途中で、エレナは何か光のようなものを見た気がしたのだが、きっと二階の部屋にある窓からのものだわ、くらいに彼女は思っていた。


 そして、二階に上がってきた。左にすぐアーマスの部屋があった。珍しくまだ寝ているようだった。階段から右に行って突き当りが物置部屋で、手前がソイソーの部屋だった。どちらも扉は閉まっていた。


 コンコン、「ソイソー、起きてる?」


 「んー……、起きてる…けどー。」


 エレナは扉を開けた。ソイソーはちょうど今、布団から上体を起こしたところのようであった。両腕をゆっくりと大きく上に伸ばし、また、大きな欠伸をしていた。その横にはショー=サナエが居て、顔が見えないくらいに丸くなっていた。布団の感触を楽しんでいるようだった。


 「ぁ…。」 「んー……?」


 丸くなっているショー=サナエの周りには白い毛が落ちていた。「何だー…これ…?」ソイソーは寝惚けた状態でそれを触り、手の平にくっ付いたものをまだ視界の安定しない青い瞳の前に持っていった。


 「何かと思ったら、サナエの毛か。…あれ、何してるんだ?」ショー=サナエは下をジーッと眺めていた。エレナは扉の近くで立っていて、極めて小刻みに体を震わしていた。ソイソーはショー=サナエの目線の先にあるものを眺めた。どうやら白くて四角いもののようだった。少年の目はまだ覚めきっていなかった。ゆっくりとそこに顔を近づけていった。白くて四角いものはパペルのようであった。それは普通の物に比べて厚いパペルであった。まだ少しだけボーっとしていた少年の目つきが、そのことを確認した瞬間に、一変した。ソイソーはその場で座ったまま飛び跳ねた。「あ…。」


 「そうだった! 早く出掛ける準備しないと! ほら、早くそれを返して、サー、」

 「ナーエー…。」ショー=サナエは、まだ見ているんだから、と言わんばかりにそれを放そうとしなかった。急がなきゃ大変なことになる、と思ってソイソーはそれを強引に取り上げようとした。抵抗しようとしてショー=サナエはそのパペルを白い翼で巧みに挟んでいた。パペルは引っ張り合いの状態になった。厚めのパペルであったがかなり古い物のようで、書かれている文字や線の半分近くも薄くなっていた。あちこちが大分傷んでいる風であった。だから、当然のように、パペルはその運命を迎えた。


 「あ…。」 「サナ…。」


 ベリッという音があった。場面が違えば、少年は幾らか新鮮な感覚を覚えたかもしれなかった。だが、無論、今はそうではなかった。音と共にそのパペルは力を失っていった。一枚のパペルは二枚の同じ大きさのパペルに化けてしまった形であった。扉の外でアーマスが何気なく眺めていたら、「見事なまでに綺麗に破けたなあ。」という感想をもらしてしまうくらいであった。


 そして、この数秒間はもう少し長かった。ソイソーはパペルにも目をやっていたが。すぐに、そちらの方にも視線が行った。見えたのは、この時の衝撃で引っ繰り返り始めるショー=サナエの姿であった。ほんの僅かだけ、体が宙に浮いていた。その体はすぐに、小さなボョンという音と共にお尻から布団に着地した。だが、衝撃の力が思いの外強かった為に、その場では停まらずにそのまま後ろに回転していったのだった。ちょうど一回転したところで、ショー=サナエの体は寝台から離れていった。


 「あ…。」 「危なーい!」


 ソイソーはそれを見て叫んだ。ショー=サナエが頭から床に当ると思ったからだった。しかし、ショー=サナエはその場から下へは行っていなかった。部屋にはバタバタバタという音がしていた。ショー=サナエは寝台に上がる時のように翼を必死に動かしていた。でも、今の状態も「飛んでいる」という格好ではなかった。「もがいている」と言ったような姿なのだった。


 「…羽根が…。」その声通り、当の本人は、それはもう懸命になって翼を動かしていたので、床にはその事に伴う沢山の羽根が落ちていた。そして、それだけ頑張っているにも拘らず、落ちていくものが別に出始めていた。翼を動かしているショー=サナエ自身であった。ほんの数秒間は確実に沈んでいくことがなかったのだが、その後は、魔法力の切れたカラクリ飛獣(フレマー) -キィーバの代表的な玩具- のように、まずは翼の出す音に(かかわ)らず緩やかに落ちていって、その内にだんだんと動きが鈍っていって、最後一気に床へと落ちていく、といった格好であった。更に、今この時、この場所に限っては、宙を舞っていた無数の羽根が大変なものの起爆装置に化けてしまうのであった。


 「二人共! 部屋を綺麗にするまで遊びに行っちゃいけませーん!!」


 「そんなー…。」ソイソーのそんな声を他所にショー=サナエはただ痛そうにしているだけだった。そして、部屋の扉の陰からは一つの声が聞こえてきた。それは、このほんの僅かな時間の間にあった出来事が何処か遠い所で起きていたような感覚にさえさせるものであって、ぼんやりとした何とも間抜けな感じのものなのであった。


 「かーさーん……、ぉはん…まーだーー…?」


 これから掃除をしようって時に、派手に荒らされちゃうと、まあ、イラッときますわな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ