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第一部   第一章    Ta

 ローレス邸 二階建て、十LDK どんだけー

 金持ちっていいですね、ほんと。

 「よし、これでいいかな。」


 町中の道という道に魔法灯の明かりが灯り始めた頃、ソイソーも自分の部屋の魔法蝋に簡易火打石で火を点けた。小さな炎が蝋の先端で一定の動きを取りながら揺れていた。その微かな明るさの中でソイソーは、来るべき日に向けた準備を大方終わらせたところだった。自分とその場所を囲むように並べ置いた物が本来の色を何とか出し切れるくらいの明るさというのは、キィーバに限らず、多くの町で一般的な部屋で使われている灯りのそれと同じであった。この魔法蝋というのは、その蝋が短くなることはなく、また、灯った炎が他の物質を燃やしてしまうこともなくて、非常に便利な物なのである。


 「包帯と傷薬に、タオルと…、あと食料に水筒。水筒は明日になったら中身を入れるっと。忘れたら大変だ。」八歳の少年なりに良く考えて持っていく物を考えていた。ただ、包帯に薬は家で保管してある物をこっそり頂戴した物で、食料はほとんどがお菓子(好きなチョコが多目)であった。そして、「仙人様を見つけたら住み込みで修業をするからなあ、枕もちゃんと入れておかないと。」様々な意味でまた、考えて物を選んでいたのだった。一つ一つしっかりと手に取って確認してから、普段学院に持っていく肩掛け鞄の二倍くらい容量があるリュックに、確実に入れていった。このリュックが役に立つのはこれが初めてであった。


 「それと、…これも持っていくか。」そう言って、ソイソーは机の上に掛けてある、布に包んである長い棒状の物を外して、手に取った。それは横一直線にも見える物なのだが、ただ直線のものよりも緊張感ある線を携えた弧を描いている物なのであった。力を入れずにただ持っているだけなのだが、今、その右手がどんどん熱くなっていくのをソイソーは感じていた。しかし、少年はゆっくりと息を吐いた。「別に父さんに貰った短刀はあるから…、まっ、念の為だね。」ソイソーは手にある物を、布を取ることをせずにそのままリュックの上に置いた。


 大体の支度を済ませた少年は足元の魔法蝋を手に取った。部屋の空気は冷え始めてきていた。しかし、少年の両手は、炎によって僅かでも温められることはないのだった。魔法蝋を机の真ん中にそっと置いてから、またリュックの方に行った。そして、リュックの方に顔を向けた。一緒に床が見えた。それは、大理石のような見た目だが、キィーバ鋼という金属を少量用いて特殊加工を施した、木材の床なのである。もちろん、少年にそんなことは分からない。ソイソーは今、その木の床を、殺風景な風景の中にあった乾いた硬い砂地の地面に見立てていた。ソイソーは小さな深呼吸をすると、静かに眼を閉じた。


 あの山、

 最初に目に入ったのは、すぐそこにあった不思議な洞窟の入り口。山の入口からほんのちょっとだけ行った所。その入口の目印みたいにあった、もの凄く古そうな…、お墓の石? 何が書いてあるかは分からなかったけど、その先の、洞窟よりも向こうの所には坂があった。上り坂、そこから先はもう何も見えなかった。あの日は、強い雨が降っていて、そんでもって霧みたいなものがあったから、それ以上先は見えなかった。そこに僕は明日、足を踏み入れる。テリーはどの洞窟かってことまで知っていた。山には幾つかそういう所があるに違いないんだ。そういう時の為に買っておいた魔法蝋はちゃんとリュックの中に入れたから、大丈夫だ。…洞窟ってどういう風になってるんだろう。迷路? ただの一本路(みち)? …図書棟にある本に書いてあった「巻き戻しの霧」なんてものは、まさかないよね…。もしあったって…、ちょっと仕掛けをいじれば消えるさ…、多分。……。万が一、魔物(エヌスター)とかが出たら、…その時はアレの出番だ。真上からやって、真横からもういっちょ。そんでもって…、


 「ソイソー、ちょっと買い物に行ってくるから、サナエちゃん見といてねえ。」


 「…。」


 ソイソーは魔法蝋の炎を消して部屋を出た。


 廊下も薄暗かった。しかし、ソイソーの家は廊下に小さな魔法蝋が設置されていた。二階に三箇所、一階には七箇所に付けられていた。そのおかげか、ソイソーは三歳の頃から夜に独りで便所に行けていたのだった。ただ、寝る前に便所に行けばよかった、と朝になって気付いたことも数回はあった。


 ソイソーは右へ進み、すぐ左に曲がった。そこに階段はあった。少年はゆっくりと最初の一段を下りた。「ん?」ソイソーは何かに気付いて足を止めた。


 「まさか、ここを?」下の方に暗い中で動く白いものがあった。それは、しばらく左右に小さく揺れ続けた後、飛び跳ねるような格好を見せて急に大きくなった。そして、また白いものはフルフルと振るえ始めた。


 「全く…、無茶するなあ。」少年は慎重に且つ急いで階段を下りていった。この季節の床はまだ冷たかった。さみー、と言いながらソイソーは時々爪先立ちになって進んでいった。


 「シャーナ……、エー……。」ソイソーは、上がってくるところの一段上で停まった。ショー=サナエは自分の体長くらいもある階段の一段を、翼を使ってお尻と体をフリフリさせながら登っていた。その姿を見て、ソイソーはようやく自分の家に帰ってきた感覚を覚えた。少年は、ちょうどまた一段登り終えたところであるショー=サナエを両手でそっと持ち上げた。そして、しっかりと抱えるようにして両腕の中に収めていった。そのショー=サナエはソイソーの顔を見るなり、黄色の嘴を勢いよく開け放った。


 「サーナエ!」いつもと声の調子が違っていた。ソイソーは、ショー=サナエが何かに怒っているような感じを覚えた。「(でも、母さんに怒られてる感じはしなかったなぁ。さっきの声も普通だったし…。僕が家に帰ってくる前に何かあって、そのことを引きずっているのかなあ。)」しかし、帰ってきた時のショー=サナエはこの五日間と同じ様に玄関に座ってしっかりとソイソーのことを迎えに来ていたのだった。


 「ということは…。 サナエ、いったい何に怒ってるんだ?」


 「サナエ、サナエ。」ショー=サナエは右の翼を曲げて下に向けていた。「(どうやら、僕が部屋に籠もっている間に、いっしょくそくはつするような何かがあったんだな。地獄耳ではないんだけど少しは耳に自信があったから、何かあれば聞こえてたはずなんだけどなあ。)」


 色々とまた考えながら少年はゆっくりと階段を下りていった。腕の中のショー=サナエは自分でもぞもぞと動き出した。少年はほんの少しくすぐったさを感じたが、白い体は少年の進行方向から見て右の方に向いたところで停まった。


 ソイソーは一階にやって来た。目の前には魔法蝋がほのかな明かるさを作り出している。ソイソーはショー=サナエを見た。少年は、これは違うな、と感じて右へ曲がった。玄関がある。一応、少年は停まってみたが、すぐに違う所に移動していった。その後、ソイソーは水回り、応接室、客間、…、母の部屋、と一階を時計回りに廻っていってみたが、ショー=サナエは何ら反応を示さなかった。ただ、水回り -家の北東- から次の場所に行こうとした時に、ショー=サナエは体の向きを変える瞬間があったのだが、ソイソーはそこまで気に留めていなかった。やれやれ、と思いながら少年が母の部屋を出て次の所に行こうとした時に、ショー=サナエは嘴を動かした。


 「サナエ、サナエ!」ショー=サナエはソイソーの方に向き直った。ソイソーはその顔を見た。特に表情が変わっている訳ではないのだが、そこからは威圧感のようなものが発せられていた。少年は眼を丸くして正面を見た。その瞬間、少年は、敵がどこに潜んでいるかということに気付くことができた。少年は早歩きで前に進んでいった。薄暗さのある廊下から、その暗さが僅かに薄れている開けた所に出た。居間だった。少年は少し歩いて左に曲がった。また少し歩いて停まったところで、ショー=サナエは反応を示した。


 「サナエ、サナエ!」ソイソーは翼が示す所を見た。ショー=サナエは今、ソイソーに背を向けてその相手の方を見ていた。少年の左側には皿やコップ、スプーンにフォーク等が沢山置かれている棚があった。目線を少し前に向けると、緑の野菜が数種類と粒状、粉状の物が入った小瓶が二本ずつ置かれていた。ソイソー達は台所に居た。「サナエ、サナエ!」ショー=サナエは翼でソイソーのお腹をパタパタパタと叩いていた。少年は更に目線を前に向けた。


 「ん?」そこには肉があった。肉の料理は一昨日の夕食で一度出ていたが、ショー=サナエは少しの文句も言わず、寧ろ、おいしそうに食べていた。少年はあまり料理中の台所に近づくことがなく、また、買い物に行かされる時もすぐ近くの青物屋へ頼まれることが多かったので、生の肉を見て、これが何、あれが何というのは分からなかった。しかし、この肉だけはよく知っていた。家の中でこの肉の姿を見るのは二年振りなのであった。


 「おお、鳥だ…。」 「サナエ、サナエ!」


 「これがどうし…あ、なるほど。」自分では精一杯怒りの表情を見せているつもりのようであったが、やはり、見た目の表情に何も変わったところはなかった。でも、その声の大きさと訴え方は、最初にこの事を知らせてくれた時よりもずっと烈しいものになっていた。相手がソイソーでなくてもそうと分かるくらいのものだった。ソイソーはショー=サナエを自分の方に向けてから、言った。


 「大丈夫だって。うちは…と言うよりか、僕達、(ユマン)はね、これは父さんから聞いたことなんだけど、『飛獣(フレマー)の肉は食べません。』ていうことを偉い飛獣(フレマー)と約束しているんだよ。だからね、これは飛獣(フレマー)の肉じゃなくて、鳥の肉なの。」しかし、


 「サナエ、サナエ!」少年の腕に幾つか羽根が舞い落ちた。幸い、床には一本も落ちなかった。


 「ほら、分かったら上行くよ。」ソイソーはそう言ってから、頭を撫でてショー=サナエを宥めながら台所を後にした。怒っていた張本人は、まだ何か訴えたいことがある様子で、「サーナエ!」ともっと大きな声を出しながらソイソーの方を向いていた。だが、


 「明日、連れて行ってあげないよ。」と少年が少し低い口調で声を出すと、ショー=サナエは静かにゆっくりと黄色い嘴を閉じていった。五日前から、ショー=サナエも明日を楽しみにしていたのだった。


 部屋に戻った少年はショー=サナエを床に降ろしてあげてから、窓を開けて空を眺めた。そこには少年が名前の知らない沢山の星があった。月明かりが乏しい今日のこの夜空で小さな星、大きな星、赤い星、青い星等、それぞれが自己を誇示するように多様な輝きを見せていた。しかし、ソイソーはその星達の下に、何だか分からないとても重い空気が漂っているのを見た気がした。少年は一瞬、瞬きの回数が増えて寒気を感じ、窓に手を伸ばした。しかし、閉める前に、ソイソーはもう一度その暗い空間を見渡して、更に、家の前の道路も右から左へと見廻した。何人かの人影が見えたが、それが家族のものかどうかは分からなかった。少年はゆっくりと鍵を掛けた。


 少年は振り返った。そこにはショー=サナエが、まとめてある荷物のそばに置かれている魔法蝋の灯りのすぐ近くで、おとなしく座っていた。一年前まで、この家には猫が居た。その子は類まれなる美人猫で且つ捨てられていたという事情があったから、奇跡的に飼うことができたのだった。猫だからということであちこちと動き廻るわけなのだが、最後までこの熱くない明かりに近づくことがなかった。「炎」だと思ってみていたんだなあ、と少年ソイソーは感じていた。やはり、最初は、親による使い方の説明を受けても慎重にこの蝋を扱い続けてきたソイソーだったが、一方、このショー=サナエはソイソーよりもずっと短い時間の間に、その炎の正体を見破っていたのだった。ショー=サナエは少年に顔だけを向けた。


 「ホント、頭が悪いのか良いのか分からないねえ、サナエは。ま、明日はちゃんと連れて行ってあげるんだから、良い方のサナエで居てね。」


 「サナエ。」


 壁に蝋燭型の灯りとか…、城か。

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