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第一部   第一章    Yo

 ソイソーはこの週に出された宿題を見事にこなしましたとさ。めでたしめでたし。但し、兄・アーマスが手伝った量、半分以上。

 この一週間、キィーバを流れる風は何処かよそよそしく、何か重たさを感じるものであった。七日間の内、五日前の日だけが雨の降らない日であった。明日は週に一度の休みの日であるが、外は今日この日も、窓に打ち付けるような強さの雨が降っていた。パパン…パパッパパン、というような音が室内に響き渡っていた。今年新しく付けられた窓の上の雨避け屋根も、これではあまり意味がないのであった。学院の中で今はここだけとなった長年使われてきた木の窓を、ガラス製のものにするか、残しておくか。その議論の決着が屋根の設置ということであった。少しの時間が経つと、その窓がカタカタと音を立てて微かに揺れるようになった。外は先ほどまで、走って駅まで行こうという者も多く居たのだが、今はその数もかなり少なくなり、この場所にやって来る生徒の数が増え始めていた。


 アーマスは最初、窓の近くの机でパペルにペンを走らせていた。しかし、


 「仕方ないな。」と言って、彼は席を立った。茶色の瞳が向く先をパペルから外すと、鞄にペンだけを入れて左手に持ち、数枚のパペルと一冊の本はまとめて右手に持って、静かに歩き出した。二階への階段がすぐそこにあった。図書棟の中に入ってきた生徒の多くは、やはり、雨宿りが目的の者が多く、本棚やその近くにある机の椅子に居るものは少なかった。入り口近くの長椅子が多く置いてある所では、図書棟の見廻りに来ている先生に注意されない程度の音量でお喋りをしている生徒がほとんどなのだが、調べ物をするアーマスにとってはそれだけで充分な移動する理由となった。


 「(おっと、あれを出さないと…。)」二階へと進むには学生証を機械仕掛けの小さな扉に触れさせる必要がある。小さな扉といっても下級生から見るとそれは少し大きな扉であって、百二十センチメートルの子供の首辺りから腰に掛けての大きさがあった。アーマスは一年くらい前からその感覚が薄れるようになった。両開きの扉で右側に学生証をかざす装置が付いていた。ただ、誰もがその扉を開けられる訳ではなかった。開ける資格があるのは、過去に多くの本を借りている者や、図書に関係する委員会に所属したことのある者だけであった。


 アーマスは今、生徒会の委員長を務めている。だから、彼の学生証は機械の付いてるその扉を動かす力があった。その一年前は図書委員を務めていて、更にその一年前の、三年生の時から彼は二階の利用を認められたのだが、当時、彼には委員会に入る権利がなかった。この学院では四年生からその権利が与えられるのだった。つまり、それだけ彼はこの施設を利用していたのだった。彼の学年百人の内、十七人が二階を利用することができるのだが、前者の理由且つ体育成績が優秀であるという者は、アーマスただ一人なのであった。


 生徒会の委員長という立場の他にも彼に付く肩書きは幾つかあった。その中でも最も多く言われるのが、「超有名な親父持ち」と「超有名な弟持ち」だった。アーマスは後者に意識させられることが多くなってきているのだが、この二つは、同学年だけでなく一個下や二個下はもちろんのこと、入ってきたばかりの子供達までにも最低、名前くらいは知ってる、と評されるほどの、影響力を持つものなのであった。そういう訳で、彼が図書棟へ行く時は、部活終わりの頃や授業が早く終わる日の昼時といった、本当にこの施設をよく利用している者達だけが居る時間帯を選んで、自分独りの世界で調べ物をするようにしていた。それでも、忙しい時期や急な調べ物ができた時、それと、この日のような突然の来訪者が居る時等は、二階を利用するようにしていた。利用する度に彼は思っていた。


 「なんで、もっと積極的に使わないんだ、俺?」


 二階は扉と壁で囲まれた空間が沢山ある所だった。それらは南北に十五室ずつ、東西に六室ずつ、全て外が見える形で設けられたいた。中央に下りと上りの階段があった。三階への階段は、どの生徒も図書を管理している先生の許可を得ないと行くことのできない場所なのであった。アーマスも片手で足りる程度しか行ったことのない場所であった。そんな上り階段の一段目だけを軽く眺めてから南側の小部屋に向かうのが、アーマスの癖であった。彼はなるべく北を避けるようにしていた。どの部屋にもカーテンがないから、というのがその理由なのであった。南側真ん中の扉を開けて彼は中に入った。椅子と机、その上に魔法蝋があるだけという、アーマスにとっては充分な場所なのである。扉をしっかりと閉め、左手の荷物を床に、右手の物を机に置いてから、鞄にあるペンを取り出しながら椅子に座った。アーマスは再びパペルに文字を書き出していった。


 「(……、生命と魔法の歴史で確実に遡れるのは一様に三百年前までである。それよりも前の記録が無い訳ではないのだが、古い…、)くそっ、これから先の二行は文字がかすれて見えないな。しょうがないな、その先からだ。(…証明が困難を極めている。だが、その…、)っ、一枚破れてるよ。…んー、仕方ない。他の本で調べてみるか。…、ん?」本のページをパラパラとめくりながら閉じようとしていたその時であった。アーマスはある項目に差し掛かったところで、手の動きを止めた。


 「これは、よく先生が使う…。」


 その部分に予定外の時間を割いてしまい、当初の調べ物が終わったのは、ガラス窓の向こうにある山脈帯がその色に薄暗さを持ち始める時間なのであった。結局のところ、昼過ぎから降り始めた雨は、アーマスが二階で調べ物を始めた頃には弱くなり始め、別の本を取りに下に行く頃には完全に止んでいた。残る雲はあと半分ほどになっていて、新たな本と共に上に向かう時には、太陽がちょうどその近くにあって、雲の切れ目から陽が差し込んでいるという空模様なのであった。先ほどの生徒達はどうやら、雨が止むまでほとんど中に居たようであって、数人の集団ずつで帰り始める姿が多くあった。それから更に一時間後、彼が再び一階に降りてきた時には、図書棟の静寂した空気というのがいつもよりひしひしと感じられていた。


 アーマスは使った本を棚に戻しにいった。目的の棚に行くまでに生徒は一人も見かけなかった。近くに三段ある台があったのだが、少し背伸びをしながら本を棚に戻した。そして、出口に向かおうと足を踏み出したその一歩目で、彼はピタリと足を止めた。「…。」彼は目線を少し下に向けていた。今、彼の後ろ、本棚の陰から一人の女子が横切っていった。腕に腕章を着けた図書委員であった。


 「…んー。」彼は向きを反転させて再び足を動かし始めた。向かった先は歴史書がある棚であった。ここに来るまでも、彼は誰にも会わなかった。何か肌寒さを感じたアーマスであったが、目当ての本棚の中から彼は、注意深く探すことなく一冊の本を見つけてそれを手に取った。少しの間それを眺めたアーマスは、ゆっくりと受付に向かった。そこでいつもどおりの手続きを済ますと、いつもの歩く速さに戻って、図書棟を後にした。


 彼は空を見上げた。そこにはすでに紅や橙の色はなく、闇がその色で辺りを染め始めているところであった。「しまった…。」今日は特に月明かりを臨むことが難しい日だからできるだけ明るいうちに帰ることにしよう、と心に決めていたのだった。左を見ると、長い路に歩いている者は一人だけだった。背の高い人だな、とアーマスは感じた。


 「遥かな異国では月夜ほど恐ろしいと言う。理由はよく分からないが、そういう国はよほど治安がいいんだろうな。悪魔(ビル)魔物(エヌスター)に襲われない為にも、少しでも早く家に帰ろう。」弱まりつつある西風をできるだけ背に受けて、アーマスは駅へと走っていった。


 最後の件は、もちろん、よくある話のことです。

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