第一部 第一章 Ru
「カリスマ教師」っていう言葉。そもそも、小学校時代に、「カリスマ」なんて単語はまだ無かったような気が…、卒業直後くらいなのかな? ただ、自分の中でこれが当てはまる先生って、教頭先生と、三年の時に途中までいた担任くらいかな、って思います。教頭先生が凄かった理由というのは、その肩書きの割りに、体育の授業を受け持つことがあり、もちろん、人気があったからです。
「なんだよ、部活があるんだったら、もっと早く言ってくれればよかったのに。」リムートは背中越しに生徒にそう言った。黒板の文字は半分が消えたところであって、教壇の中央にある机の上には十枚近いパペルが綺麗に重ねられていた。近くには黒板消しが二つと、チョークの入った箱も置いてあった。窓から入ってくる光はかなりの紅みを帯びていた。窓が西側にあって、更に、少し南に行ったところから校舎が西側に続いているので、この部屋は陽の光がたっぷりと入るのだった。そのような訳でこの部屋は昼間でもカーテンを閉めてることが多いのだが、ソイソーの要望で部屋には天然の灯りが点いた状態になっていた。その灯りの色が変わるまでの時間、少年は頑張って耐えてきたのだが、今の先生の言葉はその体に大きな一撃を加えるものであった。座った状態でソイソーは机の上にへばり付いた。今、小会議室には黒板の文字を消す音だけが響いていた。時々、外の少年達の声も聞こえてくる。ただ、ここは校庭に面している部屋ではなかった。
「そんなに疲れていて剣を振り回すことなんかできるのか?」その問いにソイソーは、体を机に着けたまま頭だけを上げて答えた。
「勉強をする体と剣をやる体は別物です!」
「…なんだよ、それ?」そう言った直後に、黒板を消す音が止まった。黒板は濃い緑一色になっていた。リムートは、どんなに汚い状態の黒板でも、三個の黒板消しでそれを綺麗にしてしまうのであった。その事を含めて、リムートは一部の生徒達から「黒板魔導師」と呼ばれていた。学院に来て二年目にそれを言われたのだが、「なんだよ、それ?」という彼の反応であった。しかし、彼の性格がそうさせてしまうのか、すぐに、リムートはその気になった。今、彼は近くの机から二個の黒板消しを手に取った。両手で三つの黒板消しを持っていた。その状態で窓に向かっていくと、リムートは器用に窓の鍵を開けて枠に手を掛けた。外から数人の話声が聞こえてきた。
「あっ、今日はあっちだ!」北側から二十人くらいの子供達が開いた窓の方を指していた。リムートは今、外に顔と手を出していて、ブツブツと言葉を手にある物に落としていき、次の瞬間、それらを真上に放り投げた。子供達が窓の近くにやって来た。
「おおー。」子供達は真上を見て声を上げた。来る数秒前に物は投げ放たれていて、子供達は、餌を求める子鳥の図宜しく、口を開けたまま首を伸ばしながら上を向き続けていた。視界に映っていたのはリムートの投げた三つの黒板消しであった。陽の中に隠れるほど高く上げた訳ではないのに、それらは落ちてこないのだった。それどころか、落ち始める前の高さを保ち続けていた。それらはそこで激しく動いていた。互いにぶつかり合って布地に付いたチョークの粉を落としているのであった。
「すげー…。」 「やってみてー…。」
何人かは感嘆の声を漏らしているが、それ以上の動きを取ってるものはいなかった。窓の所からソイソーの近くに行こうとしていたリムートは、動かないと口の中に粉が入るぞー、と思いながらその子らを見ていた。思ってることを口に出さずに伝える魔法を使えればなあ、ということもふと思ったリムートだが、「(いや、あれは幻の魔法だったな。)」と、すぐに思い出したのであった。
「次に課題を忘れたら、分かってるな?」リムートは窓とソイソーの座ってる場所との中間辺りにある机に軽く腰を掛けながら言った。ソイソーは再びぐったりとしていた。顔面が机と接触していた状態だが、少年の顔は体側に少し動いてすぐに戻った。リムートはそれを見て笑みをこぼした。そして、右手の指を、パチンと鳴らした。集まっていた生徒達のうちの一人がその音で呪縛から解き放たれてしまった。
「ああ、もう終わりか…、あれ? まだ動いてるよ…。」ソイソーは机で伸びてる状態のまま、今度は、顔を小さく浮かせて自分の服を見た。チョークが消えていた。もちろん、服には僅かな粉も付いていなかった。ソイソーはそれを確認するなり、勢いよく椅子から立ち上がった。その表情は、お母さんの手伝いをしていてそのご褒美にお菓子を貰った子供のもののようであって、少年はあっという間に荷物を鞄に詰め込んでいき、リムートがぶつかり合いをしている黒板消しを気にしたそのほんの一瞬の間に、椅子から離れる音と教室の扉が開く音がしたのだった。
「それじゃあ先生、また明日!」ソイソーはその声と共に扉に力を込めながら堂々と走って行ってしまった。リムートは、閉めなくていいぞ…、と言おうとしたが、呆気に取られたまま何もできなかった。取り敢えず、目の前に誰かが来る前に口だけは閉じておいた。
「(勉強と剣は別物…か…。)」
外の子供達は再び、全員が呪縛に掛かった状態であった。空中での元気な黒板消しの音が僅かに室内にも聞こえてきた。ふと、リムートはズボンの後ろにあるポケットに手が伸びていった。しかし、今日のズボンにポケットはなかった。彼は、ハッとして後ろを振り返り、今の仕草を誰かが見たかどうかを確認した。それは愚かな行為であった。リムートは少し向きを戻してから、小さく、フッと笑った。
「…まあ、俺が魔法を解除するまでの間、黙って待っていたってことは、あいつもある程度は反省してたんだろうな。さてと…、こっちの方もそろそろいいかな。」リムートは再び、窓の方を向いた。そこで彼は少し面を食らった。生徒達の半分くらいが自分の方を見ていたのだった。
「…。」思わずリムートは少し強く口を結んでしまった。その生徒達はおそらく四・五年生の子達であった。その内の一人が彼に聞いてきた。
「先生。魔法中に余計な事を言ってしまうと、その魔法が解けてしまうんじゃないですか?」リムートはそれを聞いて眼を丸くした。そして、ほんの少しだけ沈黙をした。だが、その後、
「フフフ…、ハッハッハッ…、」彼は声を出して笑った。十秒くらいの時間があった。その声に他の生徒たちも反応した。「先生?」先生に尋ねた生徒とは別の、リムートに近い方に居た子が言った。リムートはその声に反応したのか、ウンウンと頷いた。それから、彼は窓へと歩いていき、左手で指をパチンと鳴らして、こう言った。
「この技術はなあ、もっともっと魔法が上達してから、君達が大きくなったその後に、一部の者だけが使うことのできるものなんだぞ。」
落ちてきた黒板消しを両手で抱えるように受け止めると、先生はその状態のまま器用に窓を閉めていったのだった。
今後も、よろしくお願い致します。




