第六話 約束
次の日の朝。
私は、いつも通り学校へ向かっていた。
昨日の帰り道のことを思い出す。
木下くんと一緒に歩いて。
ジュースを飲んで。
いろんな話をして。
最後に。
『何かあったら、いつでも頼ってね』
そう言ってくれた。
「…………」
思い出すと、胸の奥が少しだけ温かくなる。
友達。
木下くんは、私のことを友達だと思ってくれている。
「…………」
そう考えると。
なんだか、少し嬉しい。
……でも。
「…………別に」
小さく呟く。
別に。
ただ友達になっただけ。
それだけ。
だから、嬉しいとか。
楽しみとか。
そういうのじゃない。
……たぶん。
* * *
教室に入る。
まだ来ている人は少なかった。
私はいつものように席について、鞄を机の横に掛ける。
そして。
窓の外を見る。
「おはよう、白上さん」
「…………!」
突然、隣から声がした。
振り向くと、木下くんが立っていた。
「……おはよう」
「今日早いね」
「……いつもこれくらい」
「そっか」
木下くんは自分の席に座った。
鞄を置いて。
少ししてから。
「あ、そうだ」
「……?」
「昨日の宿題やった?」
「……うん」
「やっぱり?」
木下くんは少し困ったような顔をする。
「俺、数学の最後の問題が分かんなくてさ」
「……どれ?」
「これ」
木下くんが教科書を開いて、問題を指差す。
私は少しだけ覗き込む。
「……ここは」
問題を見ながら、解き方を説明する。
「まず、こっちを先に計算して……」
「……あー」
木下くんが頷く。
「なるほど」
「……ここを間違えやすいから」
「ほんとだ」
木下くんはもう一度問題を見る。
「白上さんって、やっぱ頭いいね」
「…………」
「教えるのも上手いし」
「……普通だよ」
「普通じゃないって」
木下くんは笑った。
「俺、説明されても分かんないこと多いし」
「…………」
なんとなく。
嬉しい。
頼られている。
そう思うと。
少しだけ、胸がくすぐったくなる。
でも。
「……これくらいなら、誰でも分かるよ」
「そう?」
「……うん」
私は目を逸らした。
本当は。
もっと頼ってほしい。
そう思ったけど。
そんなこと、言えるわけがなかった。
* * *
昼休み。
私はいつものように、屋上へ続く階段でお昼を食べていた。
静かで。
誰にも邪魔されなくて。
私はここが好きだった。
「…………」
お弁当を食べていると。
階段の下から足音が聞こえてきた。
「……?」
顔を上げる。
すると。
「やっぱりここにいた」
「…………木下くん?」
木下くんが階段を上ってきた。
「何してるの?」
「……こっちのセリフだよ」
木下くんが笑う。
「俺もここで食べていい?」
「…………」
私は少しだけ木下くんを見る。
「……別に」
「じゃあ、ここ座るね」
木下くんが少し離れたところに座った。
「実はさ」
「……?」
「今日、いつも一緒に食べてる友達が休みなんだよね」
「……そうなんだ」
「だから、一人で教室で食べるのも暇だし」
「白上さんと食べようかなって」
「…………」
私と。
「…………」
胸が少しだけ、どきっとする。
「……別に、気を使わなくていいよ」
「うん」
「……だから、わざわざ来なくても」
「でも、俺が一緒に食べたいから」
「…………」
また。
そういうことを。
さらっと言う。
「…………」
私は何も言えなくなって、お弁当のおかずを見つめた。
「白上さん?」
「……何でもない」
「そっか」
木下くんは、それ以上聞かなかった。
しばらく二人でお弁当を食べる。
「白上さんって卵焼き好き?」
「……うん」
「毎日入ってる?」
「……たぶん」
「へぇ」
そんな他愛のない話。
それだけなのに。
いつも一人だった昼休みが。
今日は少しだけ違っていた。
* * *
昼休みが終わる少し前。
木下くんが、ふと思い出したように言った。
「そういえばさ」
「……?」
「もうすぐテストだよね」
「……うん」
五月の定期テスト。
もう少しで始まる。
「俺、ちょっとやばいんだよね」
「……勉強?」
「うん」
木下くんが困ったように笑う。
「赤点取ったら、親にゲーム没収されるんだ」
「…………」
「それだけは避けないと!」
「……ゲーム」
「うん。俺にとっては大事だから」
「…………」
私は少しだけ笑いそうになる。
「……じゃあ、勉強すればいいんじゃない?」
「それはそうなんだけどさ」
木下くんは少しだけ考えて。
「白上さんって、かなり勉強できるでしょ?」
「……普通」
「いや、絶対頭いいでしょ。教え方も上手いしさ」
「…………」
「だからお願いがあるんだけど」
木下くんがこちらを見る。
「今度の土曜日休み、一緒にテスト勉強しない?」
「…………」
私は固まった。
一緒に。
テスト勉強。
「……私と?」
「うん」
「…………」
どうして。
そう思ったけど。
たぶん。
勉強を教えてほしいだけ。
それなら。
別に。
「……いいよ」
「ほんと?」
「……私なんかでよければ」
「やった!」
木下くんが嬉しそうに笑う。
「じゃあ約束ね」
「…………」
「絶対だからね」
「……うん」
私は小さく頷いた。
約束。
今度の土曜日休み。
木下くんと一緒に、テスト勉強をする。
「…………」
それだけなのに。
なぜか。
少しだけ、その日が楽しみになった。
でも。
それを木下くんに言うのは。
なんとなく恥ずかしくて。
「……別に」
私は小さく呟いた。
「……楽しみじゃないけど」
「ん? 白上さん何か言った?」
「……何も言ってない」
私は顔を逸らした。




