第二十一話 クリスマス 告白
クリスマス当日。
朝、いつもより早く目が覚めた。
まだ外は少し薄暗い。
布団の中でしばらくぼんやりしていたけれど、眠気はもうなかった。
今日は、みんなでクリスマスパーティーをする日。
カラオケの部屋を借りて、四人で過ごす。
それだけなのに。
昨日から、なんとなく落ち着かなかった。
「…………」
ベッドから起き上がって、鏡の前に立つ。
今日は私服だから、いつも学校へ行くときとは少し違う。
何を着ていこうか昨日の夜から考えて、結局、いつもより少しだけお気に入りの服を選んだ。
髪も、いつもより丁寧に整える。
「……これでいいかな」
鏡の中の自分を見る。
特別おしゃれをしているわけじゃない。
でも。
今日は、少しだけちゃんとしていたかった。
木下くんに会うから。
そう思った瞬間、胸がどきっとした。
「…………」
私は目をそらした。
最近。
木下くんのことを考えると、こうなることが増えた。
学校で会えば嬉しい。
話せれば楽しい。
一緒に帰れた日は、それだけで少し気分がいい。
スマホに木下くんからメッセージが届くと、何度も読み返してしまう。
それがどういう気持ちなのか。
もう、分からないふりはできなかった。
でも。
今日はまだ何も決めていない。
ただ。
今日という日を、みんなと楽しめたらいい。
そう思って、私は家を出た。
外に出ると、冷たい空気が頬に当たった。
吐く息が白い。
空を見上げる。
雲が多い。
雪でも降りそうな空だった。
「……雪、降るのかな」
小さく呟いて、待ち合わせ場所へ向かった。
⸻
待ち合わせ場所に着くと、木下くんと田中くんが先に来ていた。
「あ、白上さん」
木下くんが気づいて手を上げる。
「おはよう」
「……おはよう」
「早かったね」
「……うん。ちょっと早く出た」
「俺も」
木下くんが笑う。
「楽しみだったから、早く来ちゃった」
「……そうなんだ」
なんとなく嬉しくなって、少しだけ笑う。
すると、田中くんが横から口を挟んだ。
「木下、さっきからずっとそわそわしてたぞ」
「してないって」
「してたって」
「田中くんも早かったじゃん」
「俺は楽しみだったから!」
「木下と同じじゃん」
「……確かに」
二人で笑う。
そこへ、佐々木さんが小走りでやってきた。
「ごめん! 待った?」
「大丈夫」
「今来たところだよ」
「よかった」
佐々木さんが息を整える。
「じゃあ、行こ!」
「うん」
四人で歩き始めた。
街は、いつもより人が多かった。
店の前にはクリスマスの飾りがあって、歩いている人の中にはプレゼントらしい袋を持っている人もいる。
「やっぱりクリスマスって感じするな」
田中くんが周りを見ながら言う。
「そうだね」
佐々木さんも笑う。
「なんか、みんな楽しそう」
「俺たちも負けてられないな」
「何に?」
「……なんとなく」
「何それ」
みんなで笑った。
そんな話をしているうちに、カラオケに着いた。
受付を済ませて、予約していた部屋へ入る。
「おお……」
田中くんが部屋を見回す。
「思ったより広いな」
「四人なら十分だね」
佐々木さんが荷物を置く。
テーブルの上には、みんなで持ち寄ったお菓子や飲み物。
そして、クリスマス用に買ったケーキ。
それを見た田中くんが嬉しそうな顔をする。
「これ、食べていい?」
「まだ早いよ」
佐々木さんが笑う。
「先にプレゼント交換!」
「あ、そうだった」
田中くんが持ってきた袋を取り出す。
「じゃあ、これからやろう」
四人でプレゼントをテーブルの上に並べる。
「誰からにする?」
「じゃんけんで決めようよ」
「いいね」
四人でじゃんけんをして、順番を決める。
最初は田中くん。
「じゃあ、これ!」
一つ選んで、包みを開ける。
「おっ、手袋!」
「田中にしてはちゃんとしてるじゃん」
「どういう意味だよ!」
「誰から?」
「私」
佐々木さんが手を上げる。
「これからもっと寒くなるし」
「ありがとう!」
田中くんは嬉しそうに手袋をはめてみる。
「どう?」
「似合ってるよ」
「だろ?」
「自分で言う?」
「いいじゃん!」
また笑いが起きる。
次は佐々木さん。
その次は木下くん。
そして最後に、私の番になった。
「白上さん、どれにする?」
「……これ」
一つ選んで、包みを開ける。
中に入っていたのは、小さな猫のキーホルダーだった。
「……かわいい」
思わず声が出る。
「よかった!」
佐々木さんが笑った。
「それ、私が選んだんだ」
「……ありがとう」
手のひらに乗せて、じっと見る。
小さな猫の顔がついている。
「白上さん、猫好きだもんね」
木下くんが言った。
「……うん」
「ぴったりじゃん」
「……大事にする」
そう言うと、佐々木さんが嬉しそうに笑った。
「よし、プレゼント交換成功!」
田中くんが拍手する。
そのあと、みんなでケーキを切り分けた。
「いただきます」
「いただきます」
フォークを入れる。
「……おいしい」
「うん。おいしいな」
木下くんも笑う。
「クリスマスって、やっぱりケーキだな」
「それ、毎年言ってない?」
佐々木さんが笑う。
「まだ二回目だけど」
「そうだった」
みんなで笑う。
何気ない会話。
それだけなのに。
楽しかった。
少し前までなら、こうして四人でクリスマスを過ごしている自分なんて想像できなかった。
春の頃。
私は、学校でもほとんど誰とも話さなかった。
休み時間も一人。
放課後も一人。
そんな毎日だった。
それが今は。
友達と一緒にケーキを食べて、笑っている。
「白上さん」
「……ん?」
木下くんがこっちを見る。
「なんか、嬉しそう」
「……そう?」
「うん」
「……ちょっと嬉しいかも」
「そっか」
木下くんが笑う。
その笑顔を見ていると、私もまた笑ってしまう。
「今年、いろいろあったよね」
佐々木さんが言った。
「野外活動もあったし」
「海も行ったな」
田中くんが続ける。
「夏祭りも」
「文化祭、体育祭もあったね」
木下くんが言う。
「本当にいろいろあったな」
「……うん」
私も頷く。
どれも。
大切な思い出だった。
そして。
そのほとんどに、木下くんがいる。
そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「じゃあ、そろそろ歌う?」
田中くんがマイクを持ち上げる。
「待ってました!」
「田中、最初から歌う気満々だったでしょ」
「もちろん!」
曲を入れて、田中くんが歌い始める。
佐々木さんが手拍子をして、木下くんも笑っている。
私も一緒に手を叩く。
「結構うまいじゃん」
木下くんが言う。
「だろ?」
田中くんが得意そうに答える。
「でも、ちょっと音外れてたよ」
佐々木さんが言う。
「えっ!?」
「ちょっとだけね」
「気づかなかった……」
「白上さんは?」
突然、木下くんに聞かれた。
「……え?」
「歌、好き?」
「……普通」
「じゃあ、今度歌ってみる?」
「…………」
「無理にじゃなくていいけど」
「……うん」
少し迷って、マイクを受け取る。
緊張する。
でも。
三人がこっちを見ている。
「……頑張る」
「頑張らなくていいって」
木下くんが笑った。
その言葉に少し安心して、歌い始める。
最初は声が小さかった。
でも、少しずつ慣れてくる。
歌い終わると、三人が拍手してくれた。
「上手じゃん!」
田中くんが言う。
「……そう?」
「うん」
木下くんも頷く。
「よかったよ」
「……ありがとう」
嬉しい。
こういうふうに、みんなの前で何かをすることも、前より少しだけ怖くなくなった。
それから何曲か歌って。
途中でお菓子を食べたり、話をしたり。
くだらないことで笑ったり。
時間はあっという間に過ぎていった。
「……もうこんな時間?」
佐々木さんが時計を見る。
「早すぎる」
田中くんが驚く。
「楽しいと、本当に早いな」
木下くんが言った。
「……うん」
私も頷く。
もう少しだけ、この時間が続けばいいのに。
そんなことを思った。
でも。
帰る時間はやってくる。
みんなで片付けをして、部屋を出た。
外に出ると、冷たい空気が一気に体に入ってくる。
「寒っ!」
田中くんが肩をすくめる。
「部屋が暖かかったから、余計に寒く感じるね」
佐々木さんも笑った。
四人で歩き始める。
駅へ向かう道には、クリスマスだからなのか、カップルが多かった。
二人で並んで歩いている人。
楽しそうに話している人。
手をつないでいる人もいる。
「今日はカップル多いな」
田中くんが言う。
「クリスマスだからじゃない?」
佐々木さんが答える。
「まあ、そうだよな」
そんな話をしながら歩いているうちに、田中くんが足を止めた。
「俺、こっちだから」
「あ、私も」
佐々木さんが言う。
「じゃあ、またね!」
「またな!」
「またね」
「……またね」
二人が歩いていく。
その後ろ姿を見送っていると。
隣にいる木下くんが言った。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
「……うん」
二人で歩き始める。
さっきまで四人で話していたからか。
急に静かになった気がした。
でも。
不思議と嫌ではなかった。
「今日、楽しかったな」
木下くんが言う。
「……うん。すごく楽しかった」
「よかった」
少し歩く。
「白上さん、カラオケ初めてだったんだよね?」
「……うん」
「どうだった?」
「……楽しかった」
「ならよかった」
木下くんが笑う。
また少し歩く。
そのときだった。
頬に、何かが触れた。
「……?」
空を見上げる。
白いものが一つ。
また一つ。
「……雪」
「え?」
木下くんも空を見る。
「本当だ」
雪が、ゆっくり降ってきていた。
街灯の光の中を、白い雪が静かに落ちてくる。
「ホワイトクリスマスだな」
木下くんが笑う。
「……うん」
私たちは、少しだけ足を止めた。
雪を見る。
「積もるかな」
「どうだろう」
「明日の朝、真っ白になってたりして」
「……それはちょっと見てみたい」
「俺も」
木下くんが笑う。
その横顔を見て。
私は、ふと思った。
今日。
ここまで一緒に過ごせた。
ケーキを食べて。
プレゼントを交換して。
みんなで歌って。
たくさん笑った。
それだけでも十分楽しかった。
なのに。
まだ。
伝えたいことがある。
夏祭りの日。
私は一度、伝えようとした。
木下くんのことが好きだと。
もっと一緒にいたいと。
でも、花火の音に紛れてしまって。
言えなかった。
あのときは、それでよかったと思った。
怖かったから。
もし気持ちを伝えて、今までみたいに話せなくなったら。
そう考えると、言えなかったことに少し安心していた。
でも。
それからも。
私は木下くんのことを考えていた。
学校で会えば嬉しい。
話せば楽しい。
一緒に帰れたら嬉しい。
何気ない一言でも、ずっと覚えている。
もっと一緒にいたい。
もっと話したい。
その気持ちは、時間が経つほど大きくなっていった。
だから。
今日は。
ちゃんと伝えたい。
「……木下くん」
「ん?」
木下くんがこっちを見る。
「…………」
声が出ない。
心臓が、うるさいくらい鳴っている。
「どうした?」
「……あの」
一度、息を吸う。
「私……」
「うん」
木下くんは急かさずに待ってくれている。
私は、もう一度息を吸った。
そして。
「……私、木下くんのことが好き」
言えた。
ちゃんと。
今度は、最後まで。
雪が降る音しか聞こえないような気がした。
木下くんは、少し驚いた顔をしていた。
「…………」
返事がない。
急に不安になる。
「……ごめん」
「え?」
「急に言って……」
「いや、違う」
木下くんが慌てて首を振る。
「ごめん。ちょっと驚いただけ」
「……うん」
「その……」
木下くんが少し下を向く。
それから、ゆっくり顔を上げた。
「俺も」
「……え?」
「俺も、白上さんのこと好きだよ」
「…………」
一瞬、意味が分からなかった。
「……本当に?」
「うん」
木下くんが頷く。
「白上さんと一緒にいると楽しいし」
「……うん」
「学校で話すのも楽しみだった」
「…………」
「だから、もっと一緒にいられたらいいなって思ってた」
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……私も」
「うん」
「もっと、一緒にいたい」
そう言うと。
木下くんが少し照れたように笑った。
「じゃあ……」
少しだけ間を置いて。
「これからも、よろしく」
「……うん」
「その……付き合ってくれる?」
「…………」
嬉しくて。
うまく言葉が出てこない。
それでも。
「……うん」
小さく頷く。
「私も、よろしくお願いします」
「……よかった」
木下くんが笑った。
私も、自然と笑っていた。
付き合う。
その言葉を考えると、まだ少し不思議な感じがする。
今までと何かが大きく変わったわけじゃない。
でも。
今までとは違う。
木下くんと私は。
今日から、恋人になった。
「……なんか、変な感じだな」
木下くんが言う。
「……うん」
「今まで普通に話してたのに」
「……私も、どうしたらいいか分からない」
「俺も」
二人で笑う。
少しだけ照れながら。
それでも、さっきまでより胸が軽かった。
雪はまだ降っている。
「寒くない?」
木下くんが聞く。
「……大丈夫」
「そっか」
少し歩いてから。
「家の近くまで送るよ」
「……いいの?」
「うん」
「……ありがとう」
二人で歩き始める。
さっきまでとは、ほんの少しだけ違う帰り道。
何を話せばいいのか分からなくて、しばらく黙って歩く。
でも。
その沈黙も、嫌ではなかった。
「……そういえば」
木下くんが言った。
「夏祭りのときも、何か言おうとしてたよね」
「…………」
思わず木下くんを見る。
「気づいてたの?」
「うん」
「……聞こえなかった?」
「花火で全然聞こえなかった」
「……そっか」
「だから、今日ちゃんと聞けてよかった」
「…………」
胸がまた熱くなる。
「あのときは……言えなかったから」
「うん」
「今日は、ちゃんと言いたかった」
「ありがとう」
木下くんが笑う。
「言ってくれて、嬉しかった」
「……うん」
それだけで。
勇気を出してよかったと思えた。
しばらく歩く。
雪は少しずつ強くなってきた。
道の端には、薄く雪が積もり始めている。
そして。
見慣れた道に入った。
「この辺で大丈夫だよ」
私が言う。
「分かった」
木下くんが立ち止まる。
私の家は、もうすぐそこだった。
「今日はありがとう」
「……私も」
「クリスマス、一緒に過ごせて楽しかった」
「……うん。私も楽しかった」
少しだけ沈黙する。
「じゃあ……また連絡する」
「……うん」
「おやすみ、白上さん」
「……おやすみ、木下くん」
木下くんが歩き出す。
私はその後ろ姿を見送る。
少し歩いたところで、木下くんが振り返った。
「またね」
「……またね」
手を振る。
木下くんが見えなくなるまで見送ってから、私は家へ向かった。
玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり」
母の声が聞こえる。
「今日は楽しかった?」
「……うん」
靴を脱ぎながら答える。
「すごく楽しかった」
部屋に戻って、鞄を置く。
そして。
ベッドに座る。
「…………」
今日のことを思い出す。
みんなで食べたケーキ。
プレゼント。
カラオケ。
笑ったこと。
雪。
そして。
木下くんに伝えたこと。
木下くんが返してくれた言葉。
「……付き合ったんだ」
口に出してみる。
まだ、少し不思議。
でも。
嬉しい。
胸の奥が、ずっと温かい。
窓の外を見る。
雪はまだ降っていた。
白い雪が、静かに街を覆っていく。
今年のクリスマスは。
私にとって、今までで一番特別な一日になった。
そして。
これからは。
木下くんと一緒に過ごす時間が、今までより少しだけ増えていく。
そう思うと。
自然と笑顔になった。
「……おやすみ」
誰もいない部屋で、小さく呟く。
今日のことを思い出しながら。
私は、ゆっくり目を閉じた。




