第二十話 多忙な秋
体育祭が終わってから、何日か経った。
学校では、またいつもの毎日が続いていた。
朝、教室に入って、友達と話して、授業を受ける。休み時間になれば、くだらない話で笑う。
そんな普通の毎日。
だけど、前とは少し違う。
「おはよう、白上さん」
「……おはよう」
朝、木下くんに声をかけられる。
「今日、寒くない?」
「……ちょっと寒い」
「だよな」
そんな短いやり取りも、今では特別なことではなくなっていた。
文化祭。
体育祭。
夏休みの海。
夏祭り。
野外活動。
みんなで過ごした時間が増えるたびに、木下くんや佐々木さん、田中くんと話すことが、少しずつ当たり前になっていった。
そんなある日の朝。
先生が教室に入ってきた。
「はい、席つけー」
みんなが席に戻る。
先生は教卓にプリントを置いてから、黒板に文字を書いた。
『中間テスト』
「…………」
教室が静かになる。
「えー……」
誰かが小さく声を漏らした。
「再来週、中間テストだからな」
「再来週!?」
田中くんが声を上げる。
「体育祭終わったばっかじゃん!」
「終わったからだよ」
「なんで!?」
「なんでって……学校だからな」
先生が呆れたように答えると、教室のあちこちから笑い声が起きた。
「また勉強しないとなぁ……」
田中くんが机に突っ伏す。
「前よりはやったほうがいいんじゃない?」
佐々木さんが言う。
「前もやったって」
「どれくらい?」
「……ちょっと」
「ほら」
「ちょっとでもやったんだから、やっただろ!」
「そういう問題じゃないでしょ」
二人のやり取りを聞いて、私は思わず笑ってしまった。
すると、隣から声がする。
「白上さん」
「……ん?」
木下くんが、少し困ったような顔でこっちを見ていた。
「今回も……数学、教えてもらっていい?」
「……うん」
「よかった」
木下くんが、ほっとしたように笑う。
「前のテスト、白上さんに教えてもらったところ、結構できたんだよ」
「……本当?」
「うん。だから今回も頼りにしてます」
「……分からないところがあったら、言って」
「ありがとう」
木下くんが笑う。
その笑顔を見ると、なんとなく私も頑張ろうと思えた。
それから、テストまでの一週間。
休み時間や放課後になると、自然と勉強する時間が増えていった。
木下くんは数学の問題集を開いて、私は隣から問題を見ながら説明する。
「ここなんだけど」
「うん」
「どうして、この数字になるの?」
「ここで先にこれを計算して……」
「……ああ、そういうことか」
木下くんが問題集に書き込んでいく。
「できた」
「うん。合ってるよ」
「やった」
嬉しそうな顔をする。
「白上さんに教えてもらうと、分かりやすいんだよな」
「……そう?」
「うん」
そう言って笑って、また問題を解き始める。
その様子を見ていると、前よりも木下くんが勉強を嫌がらなくなった気がした。
「白上さん」
「……なに?」
「これも分からない」
「……もう」
「ごめん」
「……いいよ」
私は問題集を覗き込む。
すると、後ろから佐々木さんがやってきた。
「二人とも、まだ勉強してるの?」
「うん」
木下くんが答える。
「白上さんに教えてもらってる」
「また?」
「うん」
「木下、白上さんに頼りすぎじゃない?」
「だって分かりやすいんだもん」
「まあ、確かに白上さん教えるの上手だもんね」
「……そんなことないよ」
「あるって」
佐々木さんが笑う。
「じゃあ私も分からないところ聞いていい?」
「……うん」
気づけば、三人で問題集を覗き込んでいた。
少し離れたところでは、田中くんも一人で問題を解いている。
「田中くんは?」
佐々木さんが聞く。
「俺は自分でやってる!」
「珍しい」
「俺だってやるときはやるんだよ!」
「じゃあ頑張って」
「おう!」
そんなやり取りをして、みんなで笑った。
前なら、放課後の教室に残ることなんてなかった。
早く帰って、一人で過ごして、それで一日が終わる。
そんな毎日だった。
今は、こうして誰かと一緒に残っている。
それが少し不思議だった。
でも。
嫌じゃない。
むしろ、楽しかった。
そして、中間テストの日がやってきた。
朝から教室の空気が少し違っていた。
みんな、いつもより静かだった。
「やばい……」
田中くんが問題集を見ながら呟く。
「昨日もっとやればよかった……」
「昨日ゲームしてたじゃん」
佐々木さんが言う。
「……なんで知ってるの?」
「田中が自分で言ってたから」
「…………」
「ほら」
「今からでも勉強する!」
「もうすぐテスト始まるよ」
「…………」
田中くんが黙った。
「頑張って」
木下くんが笑う。
「木下は余裕そうだな」
「俺も緊張してるよ」
「白上は?」
「……いつも通り」
私が答えると、田中くんが言った。
「やっぱり余裕じゃん」
「……そういう意味じゃないよ」
そんな会話をしているうちに、先生が入ってきた。
「じゃあ、始めるぞー」
教室が静かになる。
問題用紙が配られる。
私は一度深呼吸してから、問題に向かった。
一問ずつ、落ち着いて解いていく。
分からない問題は飛ばして、分かる問題から進めていく。
隣を見ると、木下くんも真剣な顔で問題を解いていた。
それから数日。
五教科のテストが終わった。
最後のテストが終わった瞬間、田中くんが机に突っ伏した。
「終わったー!」
「疲れた……」
佐々木さんも大きく息を吐く。
「お疲れ様」
木下くんが笑う。
「白上さんも、お疲れ」
「……うん。お疲れ様」
終わった。
そのことだけで、少しだけ気持ちが軽くなった。
数日後。
答案が返ってきた。
「どうだった?」
木下くんが聞いてくる。
「……まあまあかな」
「俺も」
木下くんが自分の答案を見る。
「……お」
「どうしたの?」
「数学、前より上がってる」
「……ほんと?」
「うん」
木下くんが嬉しそうに笑った。
「白上さんに教えてもらったところ、ちゃんとできた」
「……よかった」
「ありがとう」
「……うん」
その一言が、なんだか嬉しかった。
中間テストが終わると、少しだけゆっくりできる時期があった。
秋休み。
何日かだけの短い休みだったけれど、久しぶりにのんびり過ごせた気がする。
私は家で本を読んだり、猫の動画を見たりしながら、ゆっくり過ごした。
スマホを見ると、四人のグループのメッセージには、たまにくだらない会話が流れてくる。
『田中がまたゲームで負けた』
佐々木さんから送られてきたメッセージ。
『余計なこと言うな!』
すぐに田中くんが返している。
『何のゲーム?』
木下くんが聞く。
『今度やろうぜ』
『いいよ』
そんなやり取りを眺めて、私は小さく笑った。
自分から会話に入らなくても、こうしてみんなのやり取りを見るだけで、なんとなく一緒にいるような気がした。
短い休みは、あっという間に終わった。
学校が始まる。
そして、季節は少しずつ冬へ向かっていった。
朝、家を出ると空気が冷たい。
制服の袖から入ってくる風に、思わず肩をすくめる。
学校に着いて教室に入ると、木下くんが声をかけてきた。
「おはよう」
「……おはよう」
「今日、寒いな」
「……うん」
「冬って感じする」
木下くんが窓の外を見る。
木々の葉は、いつの間にかかなり少なくなっていた。
「もうすぐ冬休みだな」
木下くんが言った。
「……そうだね」
そう答えたけれど、その前にもう一つ、やらないといけないことがあった。
「そういえば」
昼休み。
佐々木さんが言った。
「期末テスト、来月だよね」
「…………」
田中くんの動きが止まる。
「忘れてた」
「忘れないでよ」
「中間終わったばっかじゃん!」
「そうでもないよ」
「時間経つの早すぎる……」
木下くんも苦笑する。
「また勉強しないとな」
「……うん」
私は頷いた。
またテスト。
二学期最後のテスト。
これが終われば、冬休みが来る。
そう思うと、少しだけ頑張れそうな気がした。
それから、また勉強する日が続いた。
今度は四人で一緒に勉強することも増えた。
放課後の教室で、四人で机を寄せて、それぞれ問題集を開く。
「白上さん、これ分かる?」
「……うん。ここはね」
「なるほど」
「佐々木、そこ違う」
「えっ?」
「そこ、計算間違ってる」
「ほんとだ……」
「田中くんは?」
「俺は今、頑張って考えてる!」
「さっきから同じ問題見てない?」
「…………」
「やっぱり?」
「分かんない!」
「もう!」
みんなで笑う。
勉強しているのに、楽しかった。
たまにくだらない話をして。
また問題を解いて。
分からないところを教え合って。
気づけば時間が過ぎている。
「そろそろ帰ろうか」
木下くんが時計を見る。
「……うん」
「今日、結構やったな」
「うん」
「明日も頑張ろう」
「……頑張ろう」
そんな日々を繰り返して。
気づけば、期末テストの日になっていた。
「ついに来たな……」
朝。
田中くんが遠い目をしている。
「ちゃんと勉強した?」
佐々木さんが聞く。
「した」
「本当に?」
「……したと思う」
「またそれ?」
「今回は本当にした!」
「なら大丈夫じゃない?」
木下くんが笑う。
「みんな頑張ろう」
「……うん」
私も頷いた。
テストが始まる。
一教科。
また一教科。
問題を解いていく。
疲れて、眠くなって。
それでも、一問ずつ最後まで解いた。
そして。
最後のテストが終わった。
「終わったぁぁぁ!」
田中くんが机に突っ伏す。
「長かった……」
佐々木さんも机に腕を乗せる。
「これで終わりだね」
木下くんが笑った。
「うん」
「しばらくテストないぞ!」
「それが一番嬉しい」
田中くんが顔を上げる。
「冬休みも近いしな!」
その言葉を聞いて、私は少しだけ嬉しくなった。
放課後。
テストが終わった安心感もあって、四人で教室に残っていた。
窓の外は、もう夕方になっている。
「そういえばさ」
佐々木さんが言った。
「もうすぐクリスマスだよね」
「クリスマス?」
田中くんが聞き返す。
「うん」
「そういえば、そうだな」
木下くんが窓の外を見る。
「もうそんな時期か」
「早いよね」
佐々木さんが笑う。
「今年、どうする?」
「俺は家で過ごすかな」
田中くんが言う。
「俺も、まだ何も決まってない」
木下くんも答える。
佐々木さんが少し考えてから、口を開いた。
「あのさ」
「うん?」
「みんなでクリスマスやらない?」
「…………」
私は顔を上げた。
「四人で?」
木下くんが聞く。
「そう!」
佐々木さんが頷く。
「せっかくここまで仲良くなったんだしさ」
「いいじゃん!」
田中くんがすぐに賛成する。
「何する?」
「それはこれから考える!」
佐々木さんが笑う。
「ケーキは食べたい」
「それは絶対だな」
田中くんが言う。
「あと、プレゼント交換したい!」
「いいね」
木下くんも頷く。
話がどんどん進んでいく。
ケーキ。
プレゼント。
食べるもの。
どこで過ごすか。
まだ決まっていないことばかりなのに。
みんな楽しそうだった。
「でも、どこでやる?」
佐々木さんが聞いた。
「家だと、誰かの家に集まることになるし……」
田中くんが考える。
「俺の家は、弟いるからちょっと騒がしいかも」
「うちは狭いかな」
佐々木さんも続ける。
木下くんも少し考えてから、
「俺の家も、みんなで集まるにはちょっと難しいかも」
と言った。
四人とも、それぞれ家はある。
でも、四人で集まって、ケーキを食べたり、プレゼントを交換したり、ゆっくり話したりするとなると、ちょうどいい場所がなかなか思いつかなかった。
「外で食べる?」
田中くんが言う。
「寒いよ」
「それはそうだな……」
「お店だと、ずっと話してるのも気になるしね」
佐々木さんが言う。
「それに、せっかく四人で集まるなら、もっとゆっくりしたいよね」
「うん」
木下くんが頷く。
「せっかくのクリスマスだし」
その言葉を聞いて、少しだけ静かになる。
すると、田中くんがふと思いついたように言った。
「じゃあ、カラオケとかどう?」
「カラオケ?」
佐々木さんが聞き返す。
「うん。部屋借りられるじゃん」
田中くんが指を折りながら話す。
「四人ならそんなに広い部屋じゃなくてもいいし、寒くないし。座って話せるし、食べたり飲んだりもできるだろ?」
「たしかに」
佐々木さんが頷く。
「歌わなくてもいいしね」
「え?」
田中くんが驚く。
「歌うために行くんじゃないの?」
「もちろん歌ってもいいけど」
佐々木さんが笑う。
「クリスマスなら、みんなで話したり、ケーキ食べたり、プレゼント交換したりする時間もほしいじゃん。カラオケなら、部屋を借りられるから、周りを気にせず好きなだけ話せそう」
「それならいいな」
木下くんも頷いた。
「誰かの家じゃないから、家の人にも気を使わせなくていいし」
「それに、四人なら何しても楽しそうじゃん」
田中くんが言う。
「歌いたくなったら歌えばいいし、疲れたら座って話せばいいし」
「なんか、ちょうどいいね」
佐々木さんが笑った。
「四人で過ごす場所としては、結構いいかも」
三人の話を聞きながら。
私は少しだけ考えた。
カラオケ。
今まで、友達と行ったことはない。
人がたくさんいる場所は少し苦手だし、歌うのも少し緊張する。
ちゃんと歌えるかも分からない。
でも。
ここにいる三人となら。
きっと、無理に歌わなくてもいい。
話したり、笑ったり。
ケーキを食べたり。
みんなが歌っているのを聞いているだけでも、きっと楽しい。
それに、誰かの家に行くよりも、みんなで気軽に集まれる場所なのかもしれない。
「……私も、いいと思う」
そう言うと。
「じゃあ、決まり!」
佐々木さんが嬉しそうに笑った。
「クリスマスはカラオケ!」
「おー!」
田中くんが手を上げる。
「プレゼント交換もするぞ!」
「歌も歌おうね」
「俺、結構うまいからな」
「自分で言う?」
「絶対負けないから!」
「誰と勝負するのよ」
三人が楽しそうに話している。
その様子を見ていると。
私も自然と笑っていた。
「白上さんは?」
佐々木さんがこっちを見る。
「……え?」
「歌う?」
「…………」
少し迷ってから。
「……うん」
小さく頷く。
「みんなとなら」
「やった!」
佐々木さんが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、何歌うかも考えないとね!」
「俺、もう決めた!」
「早すぎない?」
みんなで笑う。
それから。
カラオケの部屋を予約すること。
時間を決めること。
ケーキや飲み物をどうするか。
プレゼントをいくらくらいにするか。
少しずつ決めていこうという話になった。
まだ先のことなのに。
話しているだけで楽しかった。
そのとき。
佐々木さんが私を見る。
「白上さんは、クリスマス一緒に過ごせる?」
「……うん」
少しだけ迷ってから、頷く。
「私も、一緒にやりたい」
「よし!」
佐々木さんが嬉しそうに笑う。
「決まりね!」
「じゃあ、四人でクリスマスだな!」
田中くんも嬉しそうだ。
「楽しみだな」
木下くんが言った。
「……うん」
私も笑った。
そのあとも、四人でクリスマスの話を続けた。
「プレゼント、いくらくらいにする?」
「高すぎるのはなしにしよう」
「じゃあ、みんなで同じくらいにしよう」
「ケーキはどうする?」
「買ってからカラオケに持っていこうよ」
「それいいな」
「じゃあ、そのときまた集まろう」
そんな話をしているうちに、気づけば外は暗くなっていた。
「そろそろ帰ろうか」
木下くんが言う。
「うん」
四人で教室を出る。
昇降口まで歩いて、そこでそれぞれ帰る方向が分かれる。
「じゃあ、また明日!」
「またね」
「また明日」
「……また明日」
木下くんと顔を見合わせる。
「クリスマス、楽しみだな」
「……うん」
それだけ言って、私たちは別れた。
帰り道。
冷たい風が頬に当たる。
私はマフラーを少し上まで上げた。
冬休み。
クリスマス。
みんなで借りたカラオケの部屋で過ごす一日。
考えるだけで、なんだか少し嬉しくなる。
カラオケなんて。
今まで行ったこともなかった。
でも。
木下くんや、佐々木さん、田中くんと一緒なら。
きっと楽しい。
家に着いてからも、今日話したことを何度も思い出していた。
「…………」
クリスマス。
楽しみだな。
そう思いながら、私は少しだけ笑った。




