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素直になりたい白上さん  作者: 星乃ヨナ


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2/22

第二話 帰り道

それから、始業式が終わった。


 教室に戻ると、先生から教科書を受け取ったり、明日からの予定を聞いたりして。


 気づけば、もう帰る時間になっていた。


「じゃあ、今日はこれで終わりだ。気をつけて帰れよー」


「はーい!」


 先生が教室を出ていく。


 それと同時に、教室の中が一気に騒がしくなった。


「じゃあねー!」


「また明日!」


「部活どうする?」


 クラスメイトたちが、それぞれ友達と話しながら教室を出ていく。


 私はその様子を少しだけ眺めてから、鞄を持った。


 ……私には、一緒に帰る人はいない。


 別に、いつものことだ。


 気にしなければいい。


 そう思いながら、教室を出た。


 * * *


 昇降口で靴を履き替える。


 外に出ると、暖かい風が吹いてきた。


「……」


 思わず空を見上げる。


 青い空。


 校庭の桜。


 風に揺れる木々。


 春らしい景色だった。


 午前中だけだったから、まだお昼前。


 いつもより早い時間に帰ることになる。


 私は一人で歩き始めた。


 家までは二十分くらい。


 この道も、去年から何度も歩いている。


 静かな道を、ゆっくり歩く。


 すると。


「……ん?」


 少し先の塀の近くに、何かがいるのが見えた。


 小さな影。


 近づいてみると――


「……猫」


 一匹の猫が座っていた。


 白と茶色の毛。


 首輪はついていない。


 野良猫だろうか。


「…………」


 私は立ち止まった。


 猫はこちらを見ている。


 逃げる様子はない。


 私は周りを見渡した。


 誰もいない。


 それを確認すると、そっと猫の近くまで歩いていく。


「……こんにちは」


 しゃがみ込む。


 猫が私を見る。


「にゃー」


「……にゃー」


 私も小さく鳴き真似をした。


 猫が首を傾げる。


「ふふ……」


 思わず笑ってしまった。


 学校にいるときとは、全然違う。


 人と話すときは、どうしても緊張する。


 何を言えばいいのか分からなくなる。


 でも、動物相手なら大丈夫。


 何を言っても、変に思われないから。


「かわいいね」


 私はそっと手を伸ばした。


 猫は逃げなかった。


 指先を近づけると、鼻をひくひくさせる。


「くんくんしてる」


 私は嬉しくなって、また笑った。


「怖くないよ」


 頭をそっと撫でる。


「よしよし」


「にゃー」


「にゃー?」


 また返事をする。


 自然と声が柔らかくなる。


 顔の力も抜けていく。


「今日ね、学校だったんだよ」


「にゃ」


「二年生になったの」


「にゃー」


「うん」


 私は猫の頭を撫でながら、小さく頷く。


「新しいクラスでね……」


 少し考える。


「隣の席に、男の子がいるの」


「にゃ?」


「……木下くん」


 今日、初めて話した男の子。


 名前を思い出すと、少しだけ胸がむずむずした。


「ちゃんと話しかけてくれたの」


「にゃー」


「……うん」


 私は猫に向かって、ふわっと笑った。


「優しい人……なのかも」


「にゃ」


「……ね?」


 猫は答える代わりに、私の手に頭を擦りつけてきた。


「……ふふ」


 かわいい。


 もう一度撫でようとした、そのとき。


「……あれ?」


 後ろから声がした。


「白上さん?」


「…………」


 私の手が止まった。


 聞き覚えのある声。


 まさか。


 そんなはずない。


 そう思いながら、ゆっくり振り返る。


「…………木下くん」


 そこにいたのは、木下くんだった。


 制服姿で、鞄を肩にかけている。


 どうやら私と同じ方向から帰ってきたらしい。


 そして。


 木下くんは、私を見ている。


 しゃがみ込んで。


 猫を撫でながら。


 いつもの私とは全然違う顔をしている私を。


「…………」


「…………」


 目が合った。


 その瞬間。


 頭の中が真っ白になった。


「…………っ」


 息が止まる。


 顔が一気に熱くなった。


 さっきまで何も気にせず笑っていたのに。


 猫に話しかけて。


 猫の真似までして。


 楽しそうにしていた。


 それを。


 全部。


 木下くんに見られた。


「…………」


 どうしよう。


 どうしよう。


 どうしよう。


 頭の中で、それだけがぐるぐる回る。


 恥ずかしい。


 ものすごく恥ずかしい。


 今すぐ逃げたい。


 でも、足が動かない。


 立ち上がることすらできない。


「…………白上さん?」


「…………っ」


 名前を呼ばれただけで、さらに顔が熱くなる。


 私は慌てて俯いた。


 けれど。


 俯いたところで、今さらどうにもならない。


 見られた。


 完全に見られた。


 さっきの私を。


 猫と会話していた私を。


「…………」


 恥ずかしすぎて、もう何も考えられない。


 木下くんの顔を見ることもできない。


 今、どんな顔をしているんだろう。


 笑っているのかな。


 変な子だと思っているのかな。


 学校で私が怖がられていることを知っているのに。


 その私が猫を相手に、あんな顔をしていたなんて。


 きっと変に思われた。


 そう考えたら、ますます顔が熱くなった。


「……白上さんって」


「…………」


 声が聞こえる。


 でも、顔を上げられない。


「猫、好きなんだ?」


「…………」


 返事をしようとする。


 でも。


 声が出ない。


「…………」


 喉が固まったみたいだった。


「……白上さん?」


「…………うん」


 ようやく出た声は、消えそうなくらい小さかった。


 私はまだ顔を上げられない。


 すると。


「なんか……意外」


「…………」


 胸がきゅっとなる。


 やっぱり。


 変だと思われた。


 そう思った瞬間。


「でも……」


 木下くんの声が続いた。


「さっき、すごい優しい顔してた」


「…………え?」


 思わず顔を上げてしまった。


 木下くんは、少し驚いたように私を見ていた。


 そして。


「学校で見るのと、全然違うんだなって思って」


「…………」


 私はまた顔を俯ける。


 そんなことを言われると。


 余計に恥ずかしい。


「……恥ずかしい」


 思わず、小さな声が漏れた。


「え?」


「…………」


 しまった。


 聞かれた。


 私は慌てて口を閉じる。


 耳まで熱くなっているのが自分でも分かる。


 木下くんは、そんな私を見て。


「……ふっ」


 小さく笑った。


「…………!」


 私はさらに顔を赤くした。


 やっぱり。


 笑われた。


 恥ずかしくて、もう木下くんのほうを見ることができない。


 すると木下くんは、慌てたように言った。


「あ、ごめん。馬鹿にしたんじゃないよ」


「…………」


「なんていうか……」


 少し考えてから。


「白上さんって、面白いなって思って」


「…………」


「もっと話してみたくなった」


「……え?」


 私はそっと顔を上げた。


「だって、学校じゃあんまり話してないじゃん?」


「…………」


「でも猫とは普通に話してるから」


「…………」


 私は何も言えなかった。


 恥ずかしさはまだ消えていない。


 顔も熱いまま。


 だけど。


 木下くんの言葉は、嫌じゃなかった。


 むしろ。


 少しだけ、嬉しかった。


 木下くんは、猫のほうを見る。


「じゃあ、俺も話してみようかな」


「……?」


「こんにちは」


 猫に向かって、木下くんが話しかける。


 猫は木下くんを見る。


「にゃー」


「おっ、返事した」


 木下くんが嬉しそうに笑った。


「…………ふふ」


 思わず、私も笑ってしまう。


「あ」


「……!」


 木下くんと目が合った。


「今、笑った」


「…………っ」


 私は慌てて顔を背けた。


 また見られた。


 今度は笑っているところを。


「…………」


 恥ずかしい。


 でも。


 さっきほどではなかった。


 木下くんは楽しそうに笑っている。


 嫌な感じはしなかった。


「白上さん」


「……なに?」


「動物、好きなの?」


「……うん」


「そっか」


 木下くんは頷いた。


「じゃあ、また猫見つけたら教えてよ」


「……どうして?」


「だって、面白そうだから」


「…………」


 私は少し考える。


 そして、小さく頷いた。


「……分かった」


「ほんと?」


「……うん」


「じゃあ、よろしく」


「……うん、よろしく」


 教室で交わしたのと同じ言葉。


「じゃあ、俺はこっちだから」


 木下くんが、道の先を指差した。


「……うん」


「また明日!」


「……また明日」


 木下くんは軽く手を振ると、先に歩き出した。


 私はその背中を見送ってから、反対方向へ歩き始める。


 しばらく歩いても、顔の熱はなかなか引かなかった。


 猫と話しているところを見られたこと。


 あんな表情を見られたこと。


 そして、木下くんと少しだけ話せたこと。


 いろいろなことが頭の中を巡る。


「…………」


 私は小さく息を吐いた。


 隣の席の男の子と、帰り道で偶然会っただけ。


 それだけなのに。


 なぜか、明日木下くんに会うのが少し楽しみだと思った。

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