第十七話 新学期そして文化祭
あっという間に夏休みが終わった。
久しぶりに制服を着て、学校へ向かう。
海に行ったり。
夏祭りに行ったり。
今年の夏休みは、今までよりずっと楽しかった。
みんなと一緒に過ごした時間を思い出す。
そして。
夏祭りの日に、言えなかった言葉。
「…………」
思い出すと、少しだけ胸が苦しくなる。
私は小さく息を吐いて、前を向いた。
今日は、新学期。
いつまでも引きずってはいられない。
そう思いながら、学校へ向かった。
教室に入ると、久しぶりに見るクラスメイトの顔が並んでいた。
「おはよう!」
「久しぶり!」
教室のあちこちから、元気な声が聞こえてくる。
私は自分の席へ向かう。
すると。
「おはよう、白上さん!」
「……おはよう」
木下くんが笑顔で声をかけてくれた。
「久しぶりだな!」
「……うん。久しぶり」
久しぶりに会った。
それだけなのに。
なんだか、嬉しかった。
「夏休み、楽しかった?」
「……うん。楽しかったよ」
「俺も!」
木下くんが笑う。
その笑顔を見ていると。
夏祭りの日のことを、また思い出してしまう。
「…………」
「白上さん?」
「……え?」
「どうかした?」
「……なんでもない」
慌てて目をそらす。
すると。
「おーい、二人とも!」
田中くんが声をかけてきた。
「おはよう!」
「おはよう、田中くん」
「夏休み終わっちゃったなぁ」
「そうだね」
「もっと休みたかった……」
田中くんが机に突っ伏す。
「田中はずっと休んでそう」
「佐々木、それはひどくない?」
そこへ、佐々木さんもやってきた。
「みんな、おはよー!」
「おはよう」
「夏祭り、楽しかったね!」
「うん」
四人で少し話していると。
先生が教室に入ってきた。
「はい、みんな席について」
みんなが席に戻る。
先生が新学期の話をしてから、黒板に予定を書いていく。
「それと、今日は実力テストがあります」
「えぇー!」
教室中から声が上がった。
「夏休み明けにテストかよ!」
田中くんが頭を抱える。
「ちゃんと勉強した?」
佐々木さんが笑う。
「……してない!」
「威張って言うことじゃないでしょ」
「ですよねー」
そんなやり取りを聞いて、私は少しだけ笑った。
実力テストは、その日のうちに終わった。
久しぶりの学校で少し疲れたけれど。
みんなと話せたことが、なんとなく嬉しかった。
そして。
新学期が始まって、少し経った頃。
「今日は、文化祭について話します」
先生が黒板に大きく文字を書く。
『文化祭』
教室が一気にざわついた。
「文化祭だ!」
「何やるんだろう?」
「クラスで出し物するんだよね?」
先生が説明を続ける。
「文化祭は来月です。これからクラスで出し物を決めて、準備をしていきます」
来月。
思ったより早い。
「まずは、みんなからやりたいことを出してもらいます」
先生が黒板に候補を書いていく。
「劇がいい!」
「喫茶店とか?」
「ゲームみたいなのも楽しそう!」
「お化け屋敷もいいんじゃない?」
次々と意見が出てくる。
私は少し離れたところから、その様子を見ていた。
文化祭。
今までなら。
できるだけ目立たないようにしていたと思う。
人前に出るのは苦手だし。
大勢の人と話すのも苦手。
できれば、裏方がいい。
そんなことを考えていると。
「白上さんは?」
「……え?」
木下くんがこちらを見る。
「何かやりたいのある?」
「……私は」
少し考える。
「まだ、分からない」
「そっか」
木下くんは笑った。
「じゃあ、一緒に考えようよ」
「……うん」
その言葉が、少し嬉しかった。
候補は、劇、喫茶店、ゲーム、お化け屋敷の四つに絞られた。
「俺は喫茶店がいい!」
田中くんが手を挙げる。
「食べ物も出せるし、楽しそうじゃん!」
「田中、食べたいだけじゃない?」
佐々木さんが笑う。
「それもある!」
「やっぱり」
教室から笑い声が起こる。
でも。
「劇もいいと思う!」
「劇って、練習大変じゃない?」
「お化け屋敷なら、準備も楽しそう!」
「でも、怖いの苦手な人もいるよ」
次々に意見が出て、なかなか決まらない。
私は黙ったまま、黒板を見ていた。
しばらくして、先生が口を開く。
「このままだと決まらないな。じゃあ、多数決にするぞ」
みんなの意見を黒板に書き出して、多数決を取る。
結果。
喫茶店に決まった。
「やった!」
田中くんが嬉しそうに言う。
「俺、喫茶店がいいって言ったし!」
「食べたいだけでしょ」
「それもある!」
「また言ってる」
佐々木さんが笑う。
教室の中からも、少しずつ声が上がった。
「飾りつけならやりたい!」
「メニュー考えるの楽しそう」
「飲み物なら作れそう!」
さっきまでまとまらなかった意見が、少しずつ一つになっていく。
文化祭の出し物は、喫茶店をやることになった。
放課後。
四人で帰りながら、文化祭の話をする。
「普通の喫茶店じゃ、ちょっと物足りないよね」
佐々木さんが楽しそうに言う。
「じゃあ、何かテーマ決める?」
「食べ放題!」
田中くんが言う。
「やっぱり食べたいだけじゃん」
木下くんが笑う。
「だって、文化祭だぞ!」
「文化祭だから食べるの?」
「そう!」
「……ふふ」
思わず笑ってしまった。
「白上さん、笑った」
「……え?」
「いや、なんか楽しそうだなって」
「…………」
少し恥ずかしい。
でも。
嫌じゃなかった。
そして。
数日後。
文化祭の出し物を決めるため、もう一度クラスで話し合うことになった。
「前回、喫茶店をやることが決まりました」
先生が黒板を見ながら言う。
「今日は、どんな喫茶店にするか決めましょう」
「普通の喫茶店でいいんじゃない?」
「せっかくなら、何かテーマがほしいよね」
いろいろな意見が出る。
そのとき。
「メイド喫茶にするのはどう?」
佐々木さんが手を挙げた。
「メイド喫茶?」
教室がざわつく。
「女の子はメイド服を着て、男の子は執事服。料理や飲み物を出したり、お客さんを案内したりするの」
「面白そう!」
「文化祭っぽい!」
「でも、衣装はどうするの?」
「レンタルできるところを探せばいいんじゃない?」
次々に声が上がる。
田中くんが手を挙げる。
「俺、執事やりたい!」
「田中くん、似合うのかな」
佐々木さんが笑う。
「なんでだよ!」
「木下くんは?」
佐々木さんが木下くんを見る。
「俺?」
「うん。執事服、似合いそう」
「そうかな……」
木下くんは少し困ったように笑った。
「白上さんは、メイド服どう?」
「……私?」
突然、話を振られて胸が跳ねる。
メイド服。
想像しただけで、顔が熱くなった。
「……白上さんなら似合うと思うけど」
木下くんが、ぽつりと言った。
「…………」
その一言で、さらに顔が熱くなる。
「じゃあ、決まり!」
佐々木さんが手を叩いた。
「みんなでメイド喫茶やろう!」
クラスの意見をまとめた結果。
文化祭の出し物は、メイド喫茶に決まった。
それから。
文化祭に向けた準備が始まった。
メニューを考えたり。
教室の飾りつけを決めたり。
衣装のサイズを確認したり。
放課後には、担当ごとに集まって作業をする。
私は、佐々木さんたちと一緒に店内の飾りつけを考えた。
木下くんや田中くんは、机や椅子の配置を決めたり、メニュー表を作ったりしている。
「白上さん、この飾りはここでいいかな?」
木下くんが、壁に貼る飾りを持ってくる。
「……うん。そこがいいと思う」
「じゃあ、貼ってくる」
木下くんが壁に飾りを貼る。
その横顔を見ながら。
私は、少しだけ見惚れてしまった。
「……白上さん?」
「……え?」
「どうかした?」
「……なんでもない」
慌てて目をそらす。
危なかった。
見ていたことに気づかれたかと思った。
それから。
みんなで準備を続けた。
少しずつ教室が形になっていく。
最初はただの教室だった場所が。
飾りつけをして。
机を並べて。
メニューを作って。
少しずつ、文化祭の教室になっていった。
そして。
気がつけば、文化祭当日になっていた。
教室は、メイド喫茶らしく飾りつけられていた。
黒板には大きく店名が書かれ、壁には私が描いた絵や、みんなで作った飾りが並んでいる。
「みんな、着替え終わった?」
佐々木さんが声をかける。
「うん」
女子はメイド服に着替え、男子は執事服に着替えた。
私は鏡の前で、自分の姿を確認する。
黒と白のメイド服。
膝丈のスカート。
頭には小さなカチューシャ。
「……やっぱり、恥ずかしい」
「白上さん、すごく似合ってるよ!」
佐々木さんが笑う。
「……そうかな」
「うん。木下くんにも見せてあげようよ」
「えっ……」
そのとき。
「白上さん?」
後ろから声がした。
振り向く。
執事服に着替えた木下くんが立っていた。
黒いベストに白いシャツ。
首元にはリボンタイ。
いつもと違う姿に、思わず見惚れてしまう。
「…………」
「……白上さん?」
木下くんが不思議そうにこちらを見る。
「……似合ってる」
気づけば、そう口にしていた。
「え?」
「執事服……似合ってるよ」
「……ありがとう」
木下くんは照れたように笑った。
そして。
「白上さんも……」
木下くんが私を見る。
「メイド服、すごく可愛い」
「…………」
胸が大きく鳴った。
「……ありがとう」
顔が熱くなる。
お互いに見つめ合ってしまう。
いつもと違う服を着ているだけなのに。
なんだか、いつもより少しだけ近く感じた。
「二人とも、見惚れてないで準備して!」
佐々木さんの声で、私たちは我に返った。
「……ごめん」
「う、うん」
木下くんも慌てて目をそらす。
文化祭が始まった。
「いらっしゃいませ!」
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
クラスメイトたちの声が教室に響く。
最初は恥ずかしかったけれど。
お客さんが笑ってくれると、少しずつ慣れていった。
木下くんは執事として、お客さんを席へ案内している。
「こちらの席へどうぞ」
落ち着いた声で案内する姿は、普段の木下くんとは少し違って見えた。
私は料理や飲み物を運ぶ。
「お待たせしました」
「ありがとう、メイドさん」
お客さんに笑顔を向けられる。
「……どういたしまして」
そのとき。
近くにいた女子たちの会話が聞こえてきた。
「あの子、白上さんじゃない?」
「そうなの?」
「前はちょっと怖そうって思ってたけど、全然違うね」
「うん。普通に可愛いじゃん」
「…………」
少しだけ驚いた。
前の私だったら。
こんなふうに人前で話すことなんて、できなかったと思う。
でも。
今は。
木下くんがいて。
佐々木さんや田中くんもいて。
一緒に笑える友達がいる。
だから。
少しずつだけど。
前より、人と話せるようになった気がする。
そう思うと。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
忙しい時間が続く。
そして。
ようやく休憩時間になった。
「休憩だー!」
田中くんが嬉しそうに言う。
「じゃあ、みんなで文化祭見て回ろうよ!」
佐々木さんが提案する。
「いいね」
木下くんも頷く。
「……うん」
私たちは四人で教室を出た。
「どこから行く?」
佐々木さんが楽しそうに聞く。
「まずは、食べ物のところがいい!」
田中くんがすぐに答える。
「やっぱり食べるんだね」
木下くんが笑う。
「だって、せっかくの文化祭だぞ!」
「……ふふ」
私も思わず笑った。
四人で廊下を歩く。
他のクラスでは、劇やゲーム、お化け屋敷など、いろいろな出し物をしていた。
「お化け屋敷、行ってみようよ!」
佐々木さんが言う。
「えっ……」
私は少しだけ足を止めた。
暗い場所は、あまり得意ではない。
「白上さん、大丈夫?」
木下くんが聞いてくる。
「……うん。みんなと一緒なら」
「じゃあ、ゆっくり行こう」
木下くんが、私の歩く速さに合わせてくれる。
お化け屋敷の中は暗くて、突然お化けが出てくるたびに、佐々木さんと田中くんが大きな声を上げた。
「うわっ!」
「きゃー!」
私は驚きながらも、おばけはそこまで怖いと思わなかったので、普通に木下くんの隣を歩いた。
「少し怖かったね」
「……うん。でも、楽しかった」
次に、別のクラスのゲームにも参加した。
田中くんが夢中になって遊び、佐々木さんが応援する。
木下くんと私は、その様子を見ながら笑った。
「次は、あっちの劇を見ようよ」
佐々木さんが指をさす。
四人で体育館へ向かい、クラスメイトたちの劇を見る。
真剣な場面では静かに見守り、面白い場面ではみんなで笑った。
その後も、食べ物を買ったり、展示を見たりしながら、校内を歩き回った。
「楽しかったね」
佐々木さんが言う。
「うん!」
田中くんも満足そうに笑う。
「こんなに回れるとは思わなかったな」
木下くんが言った。
「……うん。みんなと一緒に回れて、楽しかった」
私がそう言うと、木下くんが嬉しそうに笑った。
文化祭の一日は、あっという間に終わった。
教室へ戻ると、少し寂しい気持ちになった。
さっきまであんなに賑やかだったのに。
もうすぐ、終わってしまう。
でも。
今日、四人で文化祭を回った時間は、とても楽しかった。
「また、みんなでこういうことしたいね!」
佐々木さんが言う。
「またどっか行こうぜ!」
田中くんが答える。
「……うん」
私も頷いた。
木下くんと目が合う。
「楽しかったな」
「……うん。楽しかった」
文化祭が終わっても。
今日の思い出は、きっと忘れない。
そう思いながら、私はみんなと一緒に教室を出た。




