第十五話 夏休み 海
あっという間に夏休みがきた。
今日は、みんなで海へ行く日。
いつもより早く目が覚めてしまった。
時計を見ると、まだ集合時間まではかなりある。
「…………」
もう一度寝ようとしたけど、なかなか眠れない。
楽しみでしょうがないからなのか。
私は準備していた荷物をもう一度確認した。
水着。
タオル。
着替え。
飲み物。
財布。
忘れ物がないことを確認して、家を出る。
駅前に着くと、まだ三人は来ていなかった。
少し早く来すぎたかな。
そう思いながら待っていると。
「白上さん!」
聞き慣れた声がした。
振り向く。
木下くんだった。
「……おはよう」
「おはよう!」
木下くんは、いつもより楽しそうに笑っている。
「早いね」
「……木下くんも」
「俺も楽しみで、早く起きちゃった」
「…………そうなんだ」
私も同じだった。
でも、それは言えなかった。
しばらくして。
「お待たせー!」
佐々木さんと田中くんがやってきた。
「おはよう!」
「おはよう」
四人が揃う。
「みんな集まったことだし、行きましょ!」
佐々木さんの声で、私たちは駅の中へ向かった。
電車に乗って、海へ向かう。
四人で並んで座りながら、今日何をするか話した。
「海についたら、まず泳ごうよ!」
「その前に荷物置く場所探さないと」
「じゃあ田中、場所お願いね」
「任せろ!」
「張り切ってるね」
木下くんが笑う。
そんな会話を聞きながら、私は窓の外を見る。
知らない景色が、少しずつ流れていく。
海が近づいている。
そう思うだけで、胸が少しだけ高鳴った。
しばらくして。
「着いた!」
駅を降りて、少し歩くと。
目の前に海が広がった。
「わぁ……」
思わず声が出た。
青い空。
広い海。
波の音。
「すごいな!」
木下くんも嬉しそうに海を見る。
「早く行こう!」
佐々木さんが走り出す。
「待てって、着替えてからだろ!」
田中くんが追いかける。
私たちは更衣室へ向かった。
それぞれ着替えを終えて、外で待ち合わせる。
先に出ていた佐々木さんと田中くんがこちらを見る。
「おー!」
佐々木さんが笑う。
「似合ってるじゃん!」
「……そ、そう?」
私は少し恥ずかしくなる。
すると、木下くんも出てきた。
「お待たせ」
木下くんが私の方を見た。
「…………」
目が合った。
木下くんが少しだけ目をそらす。
「……白上さん、似合ってると思う」
「…………え」
胸がどきっとした。
「……ありがとう」
顔が熱くなる。
「木下くんも、似合ってるよ」
小さな声で返す。
「……ありがと」
木下くんも照れたように笑った。
お互い、なんとなく目を合わせられなくなる。
それを見ていた佐々木さんが、にやっと笑った。
「ほーん?」
「……なに?」
「なんでもないよ」
佐々木さんは楽しそうだった。
「ほら、せっかくだから遊ぼう!」
私たちは砂浜へ向かった。
海に入る。
「冷たい!」
田中くんが叫ぶ。
「めっちゃはしゃぐじゃん!」
佐々木さんが笑う。
私も足を海につける。
「……冷たい」
「白上さん、大丈夫?」
木下くんが聞いてくる。
「……うん」
少しずつ水に慣れていく。
すると。
「えいっ!」
佐々木さんが田中くんに水をかけた。
「とりゃっ!」
「うわっ!」
「佐々木、やったな!」
田中くんも水をかけ返す。
二人の水が、私たちのところまで飛んでくる。
「わっ……!」
「やったなぁ!」
「……ふふ」
はしゃぐみんなを見て、思わず笑っていると。
「えい」
木下くんが、少しだけ私に水をかけた。
「……きゃ!」
「ご、ごめん」
木下くんが慌てる。
でも。
「……ふふ」
なんだか、おかしくなった。
私も手で水をすくって。
「えい」
木下くんにかける。
「うわっ!」
「おかえし」
思わず笑ってしまう。
「白上さん、やったな!」
木下くんも笑う。
それから、四人で水をかけ合った。
笑って。
逃げて。
また追いかけて。
気づけば、夢中になっていた。
その後は、持ってきたボールで遊んだ。
「木下、こっち!」
田中くんがボールを投げる。
「任せろ!」
木下くんが受け取る。
「白上さん!」
突然、ボールがこっちに飛んでくる。
「えっ……!」
慌てて受け取る。
「……取れた」
「ナイス!」
木下くんが笑う。
今度は私が木下くんにボールを投げる。
「いくよ」
「おう!」
ちゃんと受け取ってくれた。
「やった」
「白上さん、上手じゃん」
「……そうかな」
「うん」
みんなでボールを追いかけているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
たくさん遊んで。
たくさん笑った。
「そろそろ帰る時間だね」
佐々木さんが時計を見る。
「もう?」
田中くんが残念そうにする。
「まだ遊びたいけど、帰りの時間もあるからね」
「そうだな」
木下くんも頷く。
私たちは帰る準備を始めた。
更衣室で着替えて、荷物をまとめる。
外に出ると、少しだけ夕方の空になっていた。
「楽しかったね」
佐々木さんが言う。
「そうだな!」
田中くんも笑う。
「また来たいな」
木下くんが海を見る。
「……うん」
私も頷いた。
海を離れるのが、少しだけ寂しかった。
駅まで歩いて、電車に乗る。
帰りの電車は、行きより静かだった。
たくさん遊んだから。
田中くんと佐々木さんも、少し疲れているみたいだった。
私も窓の外を眺める。
今日のことを思い出す。
海で、みんなと遊んだ時間。
水をかけ合ったこと。
ボールで遊んだこと。
みんなで笑ったこと。
どれも楽しかった。
「…………」
隣を見る。
木下くんが、目を閉じていた。
眠っている。
きっと疲れたんだと思う。
電車が揺れる。
そのたびに、木下くんの体が少しずつこちらへ傾いてくる。
そして。
「…………」
肩に、重みを感じた。
木下くんが、私の肩に寄りかかっている。
「…………!」
驚いて、体が固まる。
起こしたほうがいいのかな。
そう思ったけど。
「…………」
寝ている木下くんを見る。
起こすのも、なんだかもったいない気がした。
私はそのまま動かずにいた。
電車の揺れる音。
窓の外を流れていく景色。
隣から伝わってくる、木下くんの小さな寝息。
不思議だった。
少し前まで。
私は、学校でもほとんど誰とも話さなかった。
放課後は一人で帰って。
休みの日も、家にいることが多かった。
でも今は。
友達と海に行って。
みんなで笑って。
こうして帰り道まで一緒にいる。
「…………」
この時間が。
なんだか、とても大切に思えた。
だから。
もう少しだけ。
このままでいたい。
私は窓の外を見ながら、静かに思った。
今日のこと。
みんなで過ごした時間。
木下くんと過ごした、この時間。
きっと。
忘れたくない。
そう思った。




