第十一話 野外活動
バスが止まった。
「…………」
窓の外を見る。
どうやら、目的地に着いたみたいだった。
「着いたぞー!」
先生の声が聞こえる。
みんなが一斉に立ち上がる。
「やっと着いた!」
「早く降りようぜ!」
「荷物忘れるなよー!」
バスの中が一気に騒がしくなる。
私も荷物を持って、みんなと一緒にバスを降りた。
「…………」
外の空気は、学校とは少し違っていた。
山の近くだからか、少し涼しい。
「それじゃあ、これからグループごとに行動します」
先生から今日の予定の説明を聞く。
まずは、グループごとに分かれて山を登り、山の上にある目的地まで行くらしい。
私たち四人は、一緒に歩き始めた。
* * *
「結構登るな」
田中くんが前を見ながら言う。
「まだ始まったばっかりじゃん」
佐々木さんが笑う。
「いや、思ったより急だって」
「木下は平気?」
「俺は大丈夫」
「白上さんは?」
「…………」
「私は……大丈夫」
そう答えたけど。
正直。
少しだけ疲れていた。
普段、こんなに歩くことなんてない。
「…………」
足元を見ながら、一歩ずつ進んでいく。
すると少し先で、木下くんが振り返った。
「白上さん、大丈夫?」
「……うん」
「無理しないでね」
「……ありがとう」
それだけ言って。
木下くんは先に進む。
私はそのあとを追いかけた。
* * *
しばらく歩いて。
少し急な坂道に差しかかった。
「…………」
足元に気をつけながら。
ゆっくり歩く。
そのとき。
「……あっ」
足が。
石に引っかかった。
「…………!」
体が前に傾く。
転ぶ。
そう思った瞬間。
「白上さん!」
「……え?」
木下くんが、とっさに私の腕を掴んだ。
そのまま、転ばないように支えてくれる。
「大丈夫?」
「…………」
近い。
「……う、うん」
「よかった」
木下くんが手を離す。
「足元気をつけてね」
「…………」
「……ありがとう」
それしか言えなかった。
心臓が。
さっきから。
すごく速い。
「…………」
転びそうになったから。
……だけじゃない。
木下くんに助けてもらった。
そのことが。
なんだか。
すごく嬉しかった。
「…………ふふっ」
後ろから、佐々木さんの声が聞こえた。
「白上さん?」
「……?」
「顔、赤くない?」
「…………!」
「さ、佐々木さん……」
「ふふっ」
「さっき木下に助けてもらったからかな?」
「…………」
「違うから……」
「ほんと?」
佐々木さんが楽しそうに笑う。
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうなの?」
「…………別に」
「…………そんなことないし」
私は、前を向いて歩く。
「ふふっ」
後ろから、佐々木さんの笑い声が聞こえる。
* * *
それから少し歩いて。
ようやく、目的地が見えてきた。
「着いたー!」
田中くんが声を上げる。
「やった!」
佐々木さんも嬉しそう。
「…………」
私も、少し疲れたけど。
達成感があった。
「みんなで来ると楽しいな」
木下くんが言う。
「……うん」
私は小さく頷いた。
* * *
その後。
クラス全員が施設に集まり、お昼を食べた。
そして午後には、グループごとにカレー作りをすることになった。
「じゃあ、女子は野菜をお願い」
「男子は火の準備な」
先生から説明を受ける。
「よし、任せろ!」
田中くんが張り切る。
「木下、火頼むぞ」
「まかせろ」
私は佐々木さんと一緒に、野菜の皮を剥く。
「…………」
じゃがいもの皮を剥いて。
にんじんを切る。
「白上さん、上手じゃん」
佐々木さんが言う。
「……そうかな」
「うん。手慣れてる」
「家で少しやるから……」
「へー」
佐々木さんが笑う。
「じゃあ、将来いいお嫁さんになれそう」
「…………!」
「さ、佐々木さん……」
「ふふっ」
また、からかわれてしまった。
「ごめん、白上さんの反応が可愛くて」
私は少しむくれる。
でも、誰かと話すのがこんなにも楽しいと思えるのは初めてだ。
その向こうでは。
「木下、火強くない?」
「これくらいでいいだろ」
「焦がすなよー」
男子二人が、火の番をしている。
「…………」
木下くんがこっちを見た。
「白上さん、野菜切れた?」
「……うん」
「じゃあ、こっちに持ってきて」
「……分かった」
野菜を渡す。
「ありがとう」
「うん」
みんなで作ったカレーは、少しだけ具材の大きさがバラバラだったけど。
「いただきます!」
「いただきます!」
「…………」
一口食べる。
「……おいしい」
「だろ?」
田中くんが嬉しそうに笑う。
「俺が火を見てたからな!」
「私たちが野菜切ったからでしょ」
佐々木さんが言い返す。
「全部みんなのおかげってことでいいじゃん」
木下くんが笑う。
「…………」
私は、その言葉を聞いて。
少しだけ笑った。
* * *
夜。
外に出ると。
空は曇っていて、今にも雨が降りそうだった。
「キャンプファイヤーできるかな」
田中くんが空を見上げる。
「雨降りそうだね」
佐々木さんも空を見る。
しばらくすると。
先生から。
キャンプファイヤーは中止だと伝えられた。
「えー!」
「マジかよ!」
残念そうな声が。
あちこちから聞こえる。
「…………」
私も、少し残念だった。
すると。
「まあ、しょうがないか」
木下くんが言う。
「雨には勝てないし」
「そうだね」
佐々木さんが頷く。
そのとき。
別のグループの誰かが言った。
「キャンプファイヤーで一緒に踊った男女は結ばれるって話、聞いたことあるぞ!」
「なにそれ!」
「じゃあ中止じゃなかったら誰と踊るつもりだったんだよ!」
「それは秘密!」
みんなが笑う。
「…………」
田中くんが、佐々木さんを見る。
「じゃあ俺たち踊っとけばよかったな」
「何言ってんの」
佐々木さんが照れながら笑う。
「でも、木下と白上さんも踊ればよかったのにね」
「…………!」
「え?」
木下くんが驚く。
「ちょ、佐々木さん……」
「ふふっ」
私は。
何を言えばいいのか分からなくなった。
「まあ、ジンクスだしな」
木下くんが笑う。
「信じるかどうかは人それぞれじゃない?」
「…………」
その言葉に。
少しだけ安心した。
でも。
もし。
本当に踊っていたら。
……どうだったんだろう。
そんなことを。
少しだけ考えてしまった。
* * *
夜になり、部屋に戻る。
男子と女子で部屋は別だった。
「…………」
布団に座っていると、佐々木さんが隣に来た。
「白上さん」
「……?」
「今日、楽しかった?」
「…………」
「うん」
少し考えて。
「……すごく楽しかった」
「そっか」
佐々木さんが笑う。
「木下に助けてもらったときも?」
「…………!」
「もう……」
「ふふっ」
「……嬉しかったけど」
「やっぱり?」
「…………」
「白上さんってさ」
佐々木さんが少しだけ真面目な顔になる。
「木下のこと、結構好きなんじゃない?」
「…………」
答えられない。
「……分からない」
「そっか」
「でも……」
私は、少しだけ俯く。
「一緒にいると楽しい」
「うん」
「もっと話したいって思う」
「…………」
「だから……」
少しだけ。
自分の気持ちが分かった気がした。
「……たぶん、気になってるんだと思う」
「そっか」
佐々木さんが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、ゆっくりでいいんじゃない?」
「……え?」
「まだ2年生なんだし」
「…………」
「これからいっぱい話せばいいよ」
「……うん」
その言葉が。
なんだか嬉しかった。
* * *
その頃。
男子の部屋では、枕投げ大会が行われていた。
「木下、いくぞ!」
「おい、待てって!」
「うわっ!」
「当たった!」
「こんにゃろー!」
田中くんたちは。
先生に怒られない程度に、枕投げを楽しんでいた。
「…………」
女子の部屋まで、少しだけ声が聞こえてくる。
「男子、元気だね」
佐々木さんが笑う。
「……うん」
私は、少し笑った。
今日は本当に、いろんなことがあった。
* * *
次の日の朝。
みんなで朝食を食べる。
「眠い……」
田中くんが眠そうにしている。
「昨日騒いでたからでしょ」
佐々木さんが呆れたように言う。
「だって楽しかったし」
「…………」
私も、少し眠かったけど。
不思議と気分は悪くなかった。
朝食を終えて、次の活動へ向かう。
* * *
「カヌー?」
目の前の水面を見る。
「二人一組で乗ってもらいます」
先生が説明する。
「…………」
少し緊張する。
「木下!」
田中くんが手を上げる。
「俺と乗ろうぜ!」
「いいよ」
木下くんが答える。
そのとき。
「待って」
佐々木さんが言った。
「私、田中と乗りたい」
「え?」
木下くんと田中くんが驚く。
「だから、木下は白上さんと乗って」
「…………!」
「え、でも……」
木下くんが私を見る。
「白上さん、いい?」
「…………」
心臓が、また速くなる。
「……うん」
「じゃあ決まり!」
佐々木さんが笑う。
「田中、行こ」
「お、おう」
田中くんは、何となく事情を察したような顔をしていた。
「…………」
私は、木下くんと二人で、カヌーに乗ることになった。
* * *
「白上さん、こっち持って」
「……こう?」
「そうそう」
二人でパドルを動かす。
最初は、なかなか息が合わなかった。
「右、右!」
「えっ、こっち?」
「そっち!」
「ご、ごめん……」
「ははっ」
木下くんが笑う。
「なんか難しいな」
「……うん」
でも。
少しずつ。
二人の動きが合ってくる。
「……進んでる」
「ほんとだ」
「…………」
水面を進んでいく。
学校とは違う。
いつもとは違う時間。
「白上さん」
「……?」
「昨日、楽しかったね」
「……うん」
「今日も楽しいな」
「…………」
「……うん」
私は。
小さく笑った。
* * *
カヌー体験が終わると、施設に戻って昼食を食べる。
「…………」
二日間。
あっという間だった。
みんなと一緒にご飯を食べて。
笑って。
山を登って。
カレーを作って。
夜には。
少しだけ話をして。
カヌーにも乗った。
「…………」
楽しかった。
本当に。
楽しかった。
* * *
帰りのバス。
行きと同じように。
みんながそれぞれ席につく。
「疲れたー!」
「寝る!」
そんな声が聞こえる。
私は窓の外を見る。
来たときとは、少し違って見えた。
「白上さん」
「……?」
木下くんが声をかけてくる。
「またこういうのあったらいいな」
「…………」
「そうだね」
私は頷く。
そして。
少しだけ。
窓の外を見ながら思った。
野外活動。
始まる前は、一人になるのが怖かった。
でも。
今は。
「…………」
終わってしまうのが。
少し寂しい。
「…………」
だけど。
楽しかった思い出が、ちゃんと残っている。
それだけで。
少し嬉しかった。




