五、ウツロ
ザン、と 鋭い刃が突き立つ音が響く。
湿った呻き声が短く上がり、重たい何かが崩れ落ちる。
歪んだ森に再び静寂が戻ってやっと、ヒジリは振り返ることができた。
倒れ伏した怪物と、真新しい傷にまみれたウツロが そこにいた。
互いに向き合ったまま、しばし息を整える。先代と呼んでいた怪物を倒したウツロを労おうと ヒジリが口を開くより先に、ウツロの表情が変わる。
「莫迦野郎! 勝手に逃げ出すなって言っただろ!?」
ここまで共に歩いて来て、初めてウツロが声を荒げた。
「お前が一人で逃げて、こんな場所で生き延びれるわけが……」
「逃げ出してない」
毅然と返ってきたヒジリの言葉に、ウツロは一瞬 たじろいだ。
「共に生き延びるつもりでやった。……ウツロはこの者を『先代』と呼んでいたな」
怒気が消え、元通りの感情の失せた顔で ウツロは怪物の亡骸に目を落とした。
「……この人は、俺がヤチヨ姫に召し取られた頃に『動く手足』の御役目を務めていたんだ。俺が新たな『動く手足』に選ばれて、“ようやく都に帰れる”って ヤチヨ姫の許から逃げ出そうとした 成れの果てさ」
――こんなバケモンが、都の中に入れてもらえるなんて 本気で思っていたのかね。……さすがにヒジリの前では、そこまで続けることはできなかった。
「都に帰ろうとしていた……」思い詰めた美貌が、徐にウツロに向く。
「都が滅びてしまった今、私がヤチヨ姫の許へ行く必要はあるのか?」
「何を言い出すかと思えば。都があろうがなかろうが、若サマ一人じゃ 生きていけねぇだろがよ」
ふるふると栗色の髪が揺れる。再びヒジリは 真っ直ぐウツロを見据えた。
「ヤチヨ姫の呪いで怪物と化してしまうのならば、ウツロも私と共に ヤチヨ姫の影響下から逃れることはできないのだろうか」
異形の怪物と化してしまう前に、呪いの届かない場所まで逃げてしまえば。
切実なヒジリの問いに、ウツロは鼻を鳴らして顔をそむけた。
「知らねぇよ、全ては姫さんの気分次第だ」
吐き捨てながら、雑に襟元をはぐる。ウツロの喉元には、怪物と化した先代の体に絡みついていたそれと全く同じ、ヤドリギの蔓が入れ墨のように根を張っていた。
血の気が引いたヒジリを見て、自嘲気味にウツロは笑う。
「希望を持たせちまったみてぇで悪ィが、俺はとうに バケモンになってるのさ。遅かれ早かれ、俺も先代と同じになるんだろうよ」
ヤチヨ姫の言いつけを守り、彼女の望んだ供物を差し出せば その刻限は僅かに延びる。ウツロの代になってからも、そうやって今日まで この命をつないできたのだ。
自分の喉元に浮き出た蔓の模様を撫でながら、化神の呪いからは逃げ切れないことを、ウツロは暗に伝えてくる。それが事実なのだとしても。
「……その時を、一日でも 遅らせることができるなら」
口の端を吊り上げたまま、一度 ウツロは両眼を閉じた。くるりと背中を向けてきたかと思うと、何かを堪えて震える声だけ寄越す。
「余計なことだ。若サマは何も、考えなくていい」
救ってもらった命で共に生きたいと、ささやかに願っただけなのに。ヒジリは己の無力さに唇を噛み締め、何事もなかったかのように歩き出す男の背中を追いかけた。
【ウツロの選択】
・ヤチヨ姫から ヒジリを庇う
→『結末・甲 独りに、しないで』へ
・ヤチヨ姫から 逃亡を試みる
→『結末・乙 刻限の約束』へ
・ヤチヨ姫に 供物を捧げる
→『結末・丙 何も、変わらない』へ




