二、大正門の境界線
夜が明けても、昨日までのように 世界に光が差すことはなかった。
どんよりとした鉛色の雲が低く垂れ込め、残骸となった都の跡が 冷たい影となって浮かび上がる。
視界に飛び込んでくる光景の全てが、ヒジリの心を容赦なく抉ってくる。
自分と同等に 上質な着物を身に着けているにもかかわらず粗野な背中に、隠れるようにしてヒジリはウツロの後ろを歩いていた。
昨日まで確かにそこにあった 人々の営みは、生々しい死臭と 焦げ茶に変色した返り血に塗り潰されている。倒壊した家屋の隙間には、食い散らかされた誰かの体の欠片や、異形の怪物の死骸が 無秩序に転がっていた。
この惨事を引き起こしたヤチヨ姫の『動く手足』と名乗った男は、変わり果てた人々の姿に一瞥もくれず、淡々と歩を進めていく。無駄のない引き締まったその背には、一切のためらいも感傷もなく 大きな剣だけが収まっている。ウツロの足下に転がるそれらは障害物ですらなく、小石を踏み越えるかのように ヒジリの目には映っていた。
「……ウツロ。怪物どもの死骸も転がっているが、これはお前がやったのか?」
ウツロは振り返りもせず、大剣を背負い直す。
「俺の道を塞いだからだ」
吐き捨てるような、素っ気ない言葉だった。怒りも憎しみもない、ただ役目を果たすための作業に過ぎなかったと、ウツロは言っている。
あまりの冷淡さに耐えかね、ヒジリも声を絞り出した。
「そんな力があるならば……どうして都の民を、罪なき都の民を一人でも、救ってくれなかった……?」
「……俺の仕事じゃねぇ」
都の若君の顔色に興味さえ持たず、ぶっきらぼうに化神の手先は返す。喉の奥に 苦く焼けるような感覚をおぼえながら、ヒジリはウツロの後を追った。
*
ヒジリの知る景色の残骸がどこにもなくなり、やがて都の境界である『大正門』の巨大な影が見えてきた。
都の繫栄と権威の象徴であったその門は、怪物の襲撃によって半分から上が崩落し、無残な姿を晒している。あれをくぐれば、もう二度と この地を踏むことはできない。
覚悟を決め、ヒジリは拳を握り締めた。それと同時に、ウツロの足が止まる。突然のことにぶつかりそうになり、慌ててヒジリも立ち止まった。
「ウツロ……?」
何事かとウツロの視線を追うと、そこにあったのは小さな廃屋だった。柱は腐り、屋根はとうの昔に落ちて 雑草に埋もれている。
大正門の手前、都の最果ての壁際に佇むそれは、何年も何十年も放置され 忘れられていた家屋だった。
都の中心で贅を尽くした暮らしをしていたヒジリは、そんなうらぶれた境界線に住む者があったなど、存在すら知らなかった。
ウツロは 廃屋をじっと見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……俺が 産まれた家だ」
懐かしむでもなく ただそこにある事実を告げる、冷めきった声だった。
ウツロが何を言わずとも、ヒジリには察することができた。
罪なき都の民――そんな者はいなかったのだとしたら。
目の前にある廃屋は 自分たちの一族が、都の民が享受してきた栄華の裏側に隠された『罪』そのものだった。都の繫栄の陰で爪弾きにされ、化神のエサとして売り飛ばされた者たちが 遺した証拠だ。
遅かれ早かれ、いずれ都に訪れる運命だったというのか。
ヒジリは ただ、己の無力さと浅はかさに沈黙し、立ち尽くすほかなかった。
ウツロはというと、何事もなかったかのように 大正門の向こう 暗い荒野へと、迷わず足を踏み出していた。




