表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男子校のポンコツ姫が通ります♡  作者: いちみりヒビキ
1stシーズン:~姫営業は地味男に効かない~
PR
7/51

第7話 赤組の姫と、地味男の本気一秒前

答案返却のざわつきがようやく落ち着いた頃、二年三組の後ろの黒板には、赤い紙が一気に増えた。


体育祭の種目表。集合時間。応援位置。係分担。


その全部の前で、黒瀬陸斗が立っていた。赤組の腕章をつけ、すでに本番三秒前みたいな顔をしている。


「花宮!」


「声でか」

「赤組の準備、いくぞ!」


「黒瀬、朝のホームルーム前だよ」

「朝からやるから勝つんだろ!」


「熱量がもう校庭」


黒瀬は黒板に貼られた種目表を叩きかけ、篠宮怜央に止められた。


「黒瀬、紙が破れる」


「おっと」

「勢いで資料を倒すと、準備が戻る」


「篠宮、今日も冷静!」

「冷静じゃないと回らないから」


依央はその二人を見て、軽く笑った。


教室中の視線が自然と依央へ向く。黒瀬の熱を受け止め、篠宮の冷静さを拾い、場を明るくする役。中間テスト前の勉強会とは違うけれど、ここでも依央が立つ場所はある。


「じゃあ、黒瀬の熱は使うとして、まずは種目の確認からね」

「おう!」


「声量はあとで少し落とそう」

「落とすのか!?」


「今のままだと、赤組じゃなくて鼓膜が勝つ」


教室が笑った。


鷹宮蓮が窓際で腕章を手に取り、依央へ差し出した。


「花宮、これ、君がつけると赤組っぽくなりそう」

「鷹宮、物を渡すだけで台詞が強い」


「似合うと思っただけだよ」

「ありがとう。赤組の見栄え担当として受け取ります」


依央は腕章をつけ、少しだけ笑った。


(はい、体育祭モード突入。黒瀬は燃えてる。篠宮は段取り神。鷹宮は王子。俺は赤組の姫。ここまでは分かる。問題は、あっち)


教室の後ろで、久我燈真が種目表を見ていた。


目立たない。熱くもない。けれど、依央はもうその無風の顔をそのまま受け取れない。


答案返却の日。普通の点数。普通の顔。なのに、黒瀬の間違いを一瞬で見抜いた説明。篠宮が少し引っかかった補助線。


あれからずっと、燈真の「普通」が信用できない。


(点数は普通。顔も普通。なのに中身が普通じゃない。地味男、だいぶ怪しい。勉強があれなら、運動は? いや、気になるのは攻略のため。久我燈真、本気確認作戦。脳内で発動。実物は作らない。俺は賢い)


燈真が顔を上げた。


「花宮」


「はい」

「顔、作戦中」


「……何の話ですか」

「考えすぎてる顔」


依央は腕章の端を押さえた。


「体育祭の段取りを考えていただけです」

「そう」


「そうです」

「ふうん」


(バレるの早。作戦開始一秒で顔に出た。無理。久我くん、答案だけじゃなく顔も見るな。いや、見るなっていうか、雑に拾うな)


黒瀬が種目表をのぞき込み、声を上げた。


「久我、障害物競走じゃん!」

「うん」


「走れるのか?」

「普通」


黒瀬は真顔になった。


「お前の普通、最近なんか信用できねえ」


依央は思わず黒瀬を見た。


(黒瀬、たまに鋭い。いや、本人はたぶん何も考えてないけど。分かる。すごく分かる。久我くんの普通、まじで信用できない)


燈真は特に反応しない。


「必要なら動く」


「必要ならって何だよ! 本番は全部必要だろ!」

「黒瀬は全部本気すぎ」


「それが体育祭だろ!」


依央は笑いながらも、燈真の横顔を見ていた。


必要なら動く。


その短さが、変に残る。


(必要なら、って何。必要じゃない時は出さないってこと? じゃあ必要になったら何が出るんだよ。見たい。……待って、早い。見たいって思うの早い)


****


昼休み、赤組の準備は空き教室へ移った。


応援用の団扇、赤い布、旗の確認表。黒瀬は声を出し、篠宮は集合時間を確認し、鷹宮は自然に一年生の列を整えている。


依央は中央で団扇の見本を持った。


「こっちは赤い面を前にして、振る時は少しだけ角度をそろえよっか。ばらばらだと、黒瀬の声だけが目立つから」


「何で俺!?」

「黒瀬の声は何もしなくても目立つ」


「強みだ!」

「うん、使いどころを選ぼうね」


一年生たちが笑いながらうなずく。依央が笑えば、緊張がほどける。手を上げれば、視線が集まる。


体育祭準備でも、見られるのは得意だ。


(赤組の応援、空気は取れてる。俺、ちゃんと姫。中間テストは救済姫、今日は赤組の姫。職種が多い。忙し……いや、言い方。まあでも、悪くない)


その一方で、燈真は空き教室の後ろにいた。


赤い布の端を短くまとめ、ほどけそうな紐を結び直している。誰に言われたわけでもない。盛り上がっている輪からは少し離れて、必要なところだけ触っている。


依央は団扇を持ったまま、そちらを見てしまった。


燈真は布の端を押さえ、ほどけないか軽く引く。


短い動作。無駄がない。


(またやってる。こういうの。目立つところには来ないくせに、崩れそうなところを先に直す。答案の時もそう。最後だけずれたって見抜いた。何だよ。見える場所が違うの、ずるい)


その時、燈真が顔を上げた。


目が合う。


依央は反射で背筋を伸ばした。


団扇を持つ指の角度を整えて、腕章の位置まで少しだけ直す。見られるのは慣れている。教室でも廊下でも、黒瀬にも鷹宮にも下級生にも、いくらでも見られてきた。


でも、燈真が見ている時だけ、ちゃんとしたいと思う場所が少し違う。


笑顔の角度ではなく、声の高さでもなく、もっと奥の、変なところ。


(待て。今、何で姿勢直した? 赤組の中央だから。見本だから。そう。そうだけど、久我くんに見られた瞬間だった。やば。見られるの得意なはずなのに、そこだけ変になる)


「花宮先輩?」


一年生が声をかける。


依央はすぐ笑顔を戻した。


「ごめん。団扇の角度、こっちの方がきれいかなって」

「はい!」


(危な。見てた。普通に見てた。俺、観察作戦のつもりだったけど、もうただ見てない? やば)


****


準備が一段落したあと、依央は赤い布の箱を持って、雑部の部室へ向かった。


廊下で晴臣と合流する。


「依央、赤組の姫やってきた顔」

「晴臣、出会って一秒でいじるな」


「だって腕章つけっぱなし」

「え」


依央は手首を見た。


赤い腕章がまだついていた。


(うわ。外し忘れた。赤組に染まりすぎ。いや、違う。準備の流れ。普通に。たぶん)


晴臣がにやにやする。


「本番前から仕上がってるな」

「うるさい」


「で、久我の本気確認作戦は?」


依央は足を止めた。


「何でその名前を知ってる」


「名前つけてそうな顔してた」

「幼馴染、こわ」


「実物は?」

「ない」


「よし」

「お前に言われる筋合いない」


晴臣は笑いながら、雑部の扉を開けた。


部室では燈真が工具箱を棚へ戻していた。机の上には、体育祭で使う予備の紐と、赤組の確認表が置かれている。


「来た」


「来ました」


「腕章」

「今外します」


「似合ってるのに」


依央は腕章を外す手を止めた。


「……赤組のものなので」


「うん」

「俺個人への評価ではないですよね」


「何回それ聞くんだ」

「久我くんが何回も変な言い方をするので」


燈真は少しだけ笑った。


(うわ、また笑った。似合ってるのに、じゃない。軽い。軽すぎる。こっちは赤い布一枚で心臓が走ってる。体育祭前から体力減らすな)


晴臣が部室の机に座りかけ、依央に止められた。


「座るな」


「雑部なのに?」

「雑部でも机は机」


「姫、細かい」

「今日の俺は赤組の品位も背負ってる」


「重いな」


燈真は確認表を見て、短く言った。


「障害物、明日確認ある」


「久我くんの?」

「全員」


「走るんですか?」

「少し」


依央は反射で聞いた。


「本気で?」


燈真は顔を上げる。


「見たいの?」


どきっ♡


依央は言葉に詰まった。


晴臣が横で、完全に面白がる顔をした。


依央はどうにか表の声を保つ。


「赤組の戦力確認として」


「戦力」

「はい。赤組の中央担当として、全体把握は大事なので」


「ふうん」

「その顔、絶対信じてないですよね」


「少し」


(また少し。強い。めちゃくちゃ強い。見たいの? じゃないんだよ。見たいけど。いや、言うな俺。赤組の戦力確認。ガチ確認。今はそれで通す)


燈真は確認表を畳んだ。


「必要なら動く」


「またそれ」

「何」


「久我くんの必要なら、範囲が分かりません」

「必要な分だけ」


「その必要な分が見たいんです」


言ってから、依央は自分で固まった。


部室の空気が、一瞬だけ止まる。


晴臣がゆっくりと依央を見た。


燈真も、依央を見ている。


(終わった。口に出た。見たいって言った。赤組の戦力確認とかじゃなく、普通に見たいって言った。やば。今の取り消……いや、取り消すのも変。どうする俺。詰んだ)


燈真は少しだけ目を細めた。


「花宮がそこまで見るなら」


「……はい」


「少しは動く」


依央は腕章を握りしめた。


「あ、赤組のために、ですね」

「うん」


「そうですよね」

「それもある」


「それも」

「うん」


それも。


たった三文字が、思ったより長く残った。


赤組のためだけじゃないみたいに聞こえる。けれど燈真は、それ以上何も言わない。依央も聞けない。


(それもって何。赤組以外にも何かあるみたいに言うな。久我くん、言葉を置く場所がえぐい。無理。これ、心臓が体育祭前に予選落ちする)


晴臣が、そこでやっと笑った。


「依央、観察する前から敗北してる」


「晴臣」

「はい」


「廊下に出ろ」

「部室なのに?」


「窓からでもいい」

「物騒」


燈真は工具箱のふたを閉めながら、何でもない顔で言う。


「花宮、応援するんだろ」

「します」


「なら、見える場所にいれば」

「……中央なので、見えると思います」


「じゃあ見とく」

「……何をですか」


「花宮」


依央は声を失った。


燈真はすぐ、付け足す。


「応援、合図になるから」


「……あ、そっち」


「何だと思った?」

「何でもありません」


花宮、と先に呼ばれたせいで、一瞬だけ全部止まった。


けれど今のは、応援の話だ。合図の話だ。分かっている。分かっているのに、喉の奥が少し詰まったまま戻らない。


(またそれ。何だと思ったって聞くな。俺が勝手に事故るやつ。応援。合図。分かってる。分かってるのに、花宮って先に言うな。順番が悪い。久我くん、順番が最悪。最高に最悪)


晴臣は机に突っ伏して肩を震わせていた。


「晴臣」

「ごめん、無理」


「笑うな」

「今のは無理」


「俺も無理だよ!」


叫んでから、依央はすぐに口を押さえた。


燈真がこちらを見て、少しだけ笑う。


「無理なんだ」


「今のは晴臣に対してです」

「うん」


「本当に」

「うん」


(信じてない。絶対信じてない。しかも楽しんでる。久我くん、最近ちょっと笑うの増えてない? 俺のせい? いや、何でそこで俺が出る。落ち着け)


****


放課後の校庭では、障害物競走の器具確認が始まっていた。


跳び箱、網、平均台、低いハードル。係の生徒が並び、体育委員が説明する。黒瀬は横で、なぜか自分の種目でもないのに燃えている。


「久我! いけるか!」


「確認だけだろ」

「確認から本気だ!」


「黒瀬はそうだな」

「おう!」


「褒めてないと思うよ」


依央が言うと、黒瀬は笑った。


燈真はスタート位置に立った。肩の力は抜けている。やる気が見えない。けれど、目は器具の並びを見ていた。


依央は応援団扇を持ったまま、少し離れた場所に立つ。


(これは確認。まだ本番じゃない。なのに、見る。めちゃくちゃ見る。久我くんの必要な分だけってやつ、ちょっとでも見えるかもしれない。やば。俺、完全に観客の顔してる)


合図が出た。


燈真は軽く走った。


本当に軽い。速さを見せつけるような走りではない。けれど、足の置き方が静かで、障害物の前で止まらない。網をくぐる時も、平均台を渡る時も、体が無駄に揺れない。


周囲の男子が「おっ」と声を漏らす前に、もう終わっていた。


派手ではない。


でも早い。


依央は団扇を握ったまま、動けなかった。


(え、今の何。軽くやっただけだよな? なのに早い。速いっていうか、無駄がない。答案の時と同じだ。必要なところだけ見て、必要な分だけ動く。何それ。かっこいいじゃん。……かっこいいじゃん? 待って、俺)


燈真は息も乱さず、係の説明を聞いている。


黒瀬が叫んだ。


「久我、やっぱいけるじゃん!」

「確認」


「本番、もっといけるだろ!」

「必要なら」


依央はその言葉に、胸の奥がまた跳ねるのを感じた。


燈真がこちらを見る。


距離はある。けれど、目が合った。


「花宮」

「はい」


「見えた?」


依央は団扇の柄を握り直した。


「……赤組の戦力として、確認しました」


「そっか」

「はい」


「じゃあ、本番も見てれば」


軽い言い方なのに、その奥に、依央が見ていることを受け取った温度が少しだけあった。


依央は、ほんの一瞬だけ返事に詰まった。


「……見ます」


燈真は少しだけ笑った。


「ならいい」


晴臣が後ろで小さく息を吐いた。


「依央、今のは言い訳しないんだ」


「晴臣」

「何」


「聞こえてる」

「聞こえるように言った」


「最低」


でも、依央は否定しなかった。


校庭の端で、赤い旗が風に揺れている。黒瀬はまだ騒いでいて、篠宮は集合時間を確認し、鷹宮は一年生の立ち位置を整えている。


体育祭の熱が、少しずつ近づいている。


その中で依央は、燈真がさっき走った場所を見ていた。


(見たい。普通に見たい。本番で、もっと。赤組のため。うん、それもある。でも、たぶん、それだけじゃない。やば。言い訳、だんだん弱い)


****


帰り道、晴臣が隣を歩いた。


「依央、明日忙しいな」

「何が」


「赤組の姫やって、久我の本気見て、自分の顔も保つ」


「最後いらない」

「一番大事だろ」


「晴臣、明日は静かにして」

「無理」


「即答するな」


晴臣は笑ったあと、少しだけ声を落とした。


「でも、楽しみなんだろ」


依央は返事をしなかった。


廊下の向こうで、燈真が倉庫の鍵を返しに歩いている。工具箱も答案も持っていない。ただの、力の抜けた地味な背中。


なのに、見つけてしまう。


(楽しみ。……なの、かも。最悪。認めたくないけど、明日、ちゃんと見たい)


燈真がふと振り返った。


目が合う。


依央は反射で姫の笑顔を作りかけて、少しだけやめた。ただ、小さく手を上げる。


燈真も軽く手を上げた。


それだけだった。


それだけなのに、明日の校庭の色が、さっきより少し濃くなった気がした。


依央は赤い腕章を鞄にしまいながら、心の中でそっとつぶやいた。


(久我燈真、本気確認作戦。続行。……いや、ただ見たいだけ説、濃くなってきた。やば)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ