表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男子校のポンコツ姫が通ります♡  作者: いちみりヒビキ
3rdシーズン:~姫の素顔は地味男にだけ見せたい~
PR
33/51

第33話 文化祭一日目、クラス出し物と花の姫

文化祭一日目の朝、二年三組はいつもの教室ではなくなっていた。


机は壁際へ寄せられ、窓には飾りが吊られ、黒板には大きな文字で出し物名が書かれている。昨日まで段ボールだったものが、看板になり、紙の束だったものがメニュー表になり、ばらばらだった色が教室全体にまとまっていた。


依央は教室の入口で、一度だけ深く息を吸った。


文化祭の匂いがする。


紙とテープと、少し甘い飲み物と、朝から浮かれている男子たちの熱量。


「花宮!」


黒瀬陸斗が、開場前から声を張った。


「どうだ、看板!」

「朝から声でか。看板はいい感じ」


「だろ!」


黒瀬が胸を張る。


看板には、鷹宮蓮が選んだ色と、依央が整えた文字と、篠宮怜央が最後まで位置を測っていた矢印が入っていた。黒瀬の勢いだけで作られたら大事故だったかもしれないが、三人の手が入った結果、かなり見栄えがいい。


篠宮は入口の横で、通路の幅を確認していた。


「黒瀬、そこに立つと人が詰まる」

「まだ誰も来てないぞ」


「来る前にどく」

「篠宮、文化祭でも冷静!」


「当日だから冷静にする」


鷹宮はメニュー表を整えながら、依央を見る。


「花宮、リボン少し直していい?」

「え、崩れてる?」


「崩れてない。今日の教室に合わせるなら、少しだけ角度を変えた方が綺麗」

「鷹宮くん、美意識が細かい」


「花宮が入口に立つなら、第一印象は大事だから」


近くにいた男子が即座に乗った。


「花宮が入口にいたら、それだけで客来るだろ」

「客寄せにしないで」


「白鷺坂の姫、文化祭仕様!」

「その呼び方、教室の外へ出さないでね」


笑いが起きる。


依央は外向きの笑顔を作った。


表の顔。


いつもの姫の顔。


けれど、今日は少しだけ違う。


文化祭の教室で、誰より見られる準備ができている顔。


(よし。花宮依央、文化祭仕様。入口、接客、写真、後輩対応、全部来い。ここは戦える。……いや、戦うって何。文化祭だよ。落ち着け俺)


****


開場の合図が鳴ると、廊下の空気が一気に動いた。


一年生、三年生、他クラスの男子、教員、外部から来た客。人の流れが二年三組の前を通り、看板を見て、依央を見て、足を止める。


「いらっしゃいませ」


依央が笑う。


たったそれだけで、男子たちの顔が少し赤くなる。


「え、花宮先輩いる」

「ほんとだ」


「写真、いいですか?」

「出し物を楽しんでからね」


「はい!」


後輩たちはきらきらした顔で教室へ入っていく。


黒瀬が小声で言った。


「花宮、強い」

「黒瀬くん、接客して」


「してる。花宮の後ろで勝利を感じてる」

「その勝利、売上にならないよ」


篠宮が横から淡々と言う。


「花宮の前で足が止まる人が多い。入口の案内を二人に増やした方がいい」

「篠宮くん、観察が現実的」


「混むと流れが悪くなる」


鷹宮がさらっと立ち位置を変えた。


「じゃあ、僕が隣に立つよ。花宮だけだと視線が集まりすぎる」

「鷹宮くん、それは分散じゃなくて増加です」


「そうかな」


そうだった。


鷹宮が隣に立つと、入口の画面が急に強くなる。


王子と姫、という誰かの雑な言葉が頭をよぎりそうになって、依央は内心で押し戻した。


(いや、今それはだめ。鷹宮くんはクラスメイト。俺は入口担当。文化祭。接客。はい、仕事)


それでも、人は来た。


写真を頼まれ、声をかけられ、メニューを聞かれ、後輩に手を振られ、教員から「花宮、似合ってるな」と笑われる。


依央は全部、きれいに受けた。


「ありがとうございます」

「こちらの席へどうぞ」


「写真はあとで、廊下が落ち着いてからね」

「おすすめ? じゃあ、これかな。黒瀬くんが朝から推してるので」


「篠宮くん、注文表お願い」

「鷹宮くん、ここ少し見てて」


声を出す。


笑う。


手元を見る。


全体を見る。


誰が詰まっているか、誰が戸惑っているか、誰が写真だけ撮って行こうとしているか。


全部、見えていた。


そして、それを自然にさばける自分が、少し誇らしかった。


(文化祭、やば。忙しい。でも楽しい。見られるのは得意。こういう空気、ちゃんと動かせる。花宮依央、学校中に見られる姫として普通に稼働してる)


****


昼前になると、花の生徒会から呼び出しが来た。


校内マップの前で、人の流れが少し詰まっているらしい。


依央はクラスの男子たちに入口を任せ、廊下へ出た。


廊下でも、すぐに声をかけられる。


「花宮先輩、写真いいですか?」

「今は案内の途中だから、あとでね」


「花宮くん、花の生徒会の方?」

「はい。マップならこちらです」


「さすが、分かりやすい」

「ありがとうございます」


花の生徒会の腕章をつけると、依央の立ち位置は少し変わる。


クラスの姫ではなく、学校全体の案内役。


けれど、見られることに変わりはない。

むしろ、廊下の中心を歩くたび、視線が増える。


校内マップの前では、後輩たちが少し慌てていた。


「花宮先輩!」

「大丈夫。ここ、クラス企画の案内とステージの案内が近すぎるかも。列を少しずらそう」


「はい」

「この紙、こっちへ。矢印は大きく」


「分かりました」


依央が動くと、後輩たちも落ち着いて動き始める。


見られる。


頼られる。


呼ばれる。


それは忙しいけれど、嫌ではない。

ちゃんと立っている実感があった。


その時、廊下の向こうから、白石千紘が歩いてきた。


私服ではない。制服のままだが、文化祭の客として少しだけ雰囲気が柔らかい。隣には晴臣がいた。晴臣は別クラスの飾りを少しつけたまま、明らかにそわそわしている。


「花宮くん」


千紘が声をかける。


「白石先輩」


依央は自然に背筋を伸ばした。


「来てくださったんですね」

「うん。少しだけ。花宮くん、すごく頼もしいね」


その言葉は、飾りではなかった。

依央の胸に、すっと入ってくる。


「ありがとうございます」

「クラスも花の生徒会も、どっちも似合ってる」


晴臣が横でうなずいた。


「依央、今日めちゃくちゃ働いてる」

「晴臣は千紘さんの隣で浮かれすぎ」


「浮かれてない」


千紘が少し笑う。


「晴臣くんも、自分のクラス頑張ってたよ」

「千紘さん」


晴臣の顔が一瞬でゆるむ。


依央はその顔を見て、内心で少し笑った。


(晴臣、分かりやす。文化祭の照明いらないくらい顔が明るい。白石先輩も、さらっと褒めるのうまい。彼氏を育てる清楚姫、強い)


千紘は依央の腕章を見て、やわらかく言った。


「無理しすぎないでね」

「はい」


「でも、楽しそう」


依央は少しだけ言葉に詰まった。


「……はい。楽しいです」

「なら、よかった」


千紘は短く笑い、晴臣と一緒に廊下の奥へ歩いていった。


晴臣がこちらを振り返り、小さく親指を立てる。


依央は笑って手を振った。


その時、廊下の向こうに燈真がいるのが見えた。


雑部の腕章をつけ、古い備品箱を持っている。

何かの確認で移動中らしい。


依央と目が合う。


燈真は立ち止まらなかった。


ただ、ほんの少しだけ依央を見た。


クラスの入口で笑っていた顔。


花の生徒会の腕章をつけた顔。


後輩に指示を出している顔。


全部を見たような目だった。


依央は一瞬、笑顔のまま固まった。


(見てた? 今、見てた? いや、廊下だから見える。普通に見える。でも、久我くんが見ると普通じゃない。俺、学校中から見られてるのに、久我くん一人に見られる方が重い。何これ)


「花宮先輩?」


後輩に呼ばれ、依央はすぐに戻った。


「ごめん。こっちの列、少し右へ」


仕事はまだある。


文化祭は止まらない。


****


昼過ぎ、依央はクラスへ戻った。


二年三組はさらに混んでいた。


黒瀬は呼び込みで完全に火がついている。


「どうぞ! 二年三組、今ならすぐ入れます!」


篠宮が横から訂正する。


「すぐではない。三分待ち」

「細かい!」


「正確な案内は大事」


鷹宮は写真を頼まれて、自然な笑顔で応じている。


「花宮、戻った」


鷹宮が言うと、教室の中から何人かが振り返った。


「花宮!」

「おかえり!」


「入口お願い!」


依央は笑った。


「はいはい。戻りました」


戻った瞬間、空気が少しだけ明るくなる。


それが分かる。


分かってしまう。


依央は入口に立ち、また笑顔を作った。


「いらっしゃいませ」


写真を頼まれる。


おすすめを聞かれる。


後輩に手を振られる。


他クラスの男子が赤くなる。


依央は全部、いつものように受ける。


その中で、ふと燈真の姿を探してしまう。


廊下の端。


雑部の備品箱。


腕章。


見つけた瞬間、胸が少し跳ねる。


燈真は、誰かに呼ばれて短く返事をしていた。目立たない。けれど、依央の方をまた一度だけ見る。


ほんの一度。


それだけ。


(やば。見られるの得意なのに。学校中から見られても平気なのに。久我くんの一回だけで、全部持っていかれる。何それ。ずるい)


****


夕方近く、客足が少し落ち着いた頃、依央は教室の奥で水を飲んだ。


足が少し疲れている。


頬も少し痛い。


笑い続けたからだ。


黒瀬が満足そうに言う。


「花宮、今日すげえな。入口に立つだけで空気変わる」

「黒瀬くん、褒め方が雑」


「でも本当だろ」


篠宮が注文表をまとめながら言った。


「実際、花宮がいる時間帯は滞在人数が増えている」

「篠宮くん、数で出さないで」


「事実」


鷹宮が水のボトルを差し出した。


「お疲れ。今日の花宮は、本当に文化祭の顔だったよ」


依央は受け取った。


「ありがとう。鷹宮くんの褒め、今日はちょっと素直に受け取る」

「いつも受け取っていいんだけどね」


黒瀬が笑う。


「花宮、照れてる?」

「照れてません」


「照れてるな」

「黒瀬くん、片づけ」


「はい!」


黒瀬は勢いよく動き出した。

その元気さに、依央は少し笑った。


楽しかった。


本当に。


忙しくて、見られて、呼ばれて、立ち続けて。


でも、ちゃんと楽しかった。


クラスの顔として立つのも、花の生徒会で案内するのも、後輩が頼ってくるのも。


全部、嫌ではない。

嫌ではないどころか、かなり嬉しい。


けれど。


依央は自分の鞄についた薄い青の星形ストラップを見た。


小さく揺れている。

その向こうで、燈真の鞄についた銀色の星を思い出す。


今日、廊下で見かけた燈真。


備品箱を持っていた手。


依央を見る目。


(学校中に見られるのは、平気。むしろ得意。でも、久我くんに見られると、ぜんぜん平気じゃない。なのに、見てほしい。何それ。俺、かなりやばいところまで来てない?)


「花宮」


声がした。


教室の入口に、燈真が立っていた。


客ではない。


雑部の用事でもない。


ただ、そこにいる。


「久我くん」

「終わった?」


「今日の分は、だいたい」

「お疲れ」


短い一言。


それだけ。


依央は、今日一日もらったどの褒め言葉より、その一言に力が抜けた。


「……ありがとうございます」


燈真は教室の中をちらっと見た。


「似合ってた」


依央は固まった。


「え」

「今日の花宮」


「……どれですか」

「全部」


依央は水のボトルを握った。


全部。


クラスの入口に立つ自分も。


花の生徒会の腕章をつける自分も。


後輩に指示する自分も。


写真を頼まれて笑う自分も。


全部。


(待って。今日の全部を見たみたいな言い方するな。いや、見てたんだ。少しずつ。久我くん、ちゃんと見てた。学校中に見られても平気だったのに、これ一個で無理。無理だけど、うれしい)


「久我くん」

「何」


「そういうの、文化祭の終わり際に言うの、かなり効きます」

「効いた?」


「効きました」


依央は素直に言ってしまった。


言ってから、少しだけ顔が熱くなる。


燈真は目元をゆるめた。


「そっか」


その声が、また静かに入ってくる。


黒瀬が遠くから「花宮ー! 片づけるぞー!」と叫んだ。


依央は振り返る。


「今行く!」


返事をしてから、もう一度燈真を見た。


「久我くんも、雑部の方、あとで行きます?」

「行く」


「じゃあ、あとで」

「うん」


たったそれだけ。


でも、依央は少しだけ軽くなった。


学校中から見られる日だった。


たくさん笑って、たくさん褒められて、たくさん呼ばれた。


その全部は、ちゃんと楽しかった。


でも一日の最後に残ったのは、教室の入口で燈真が言った短い言葉だった。


今日の花宮。


全部。


依央は片づけへ戻りながら、胸の奥がうるさくなるのを感じた。


(やば。これ、今日いちばん残るやつだ)


文化祭一日目の教室には、まだ笑い声と紙の匂いが残っている。


依央は看板を外す黒瀬に声をかけ、篠宮のまとめた注文表を受け取り、鷹宮と一緒に飾りを丁寧に外した。


明日も文化祭は続く。


でも、今日の最後に燈真が見ていた自分は、たぶん、依央の中にずっと残る。


そのことが、少し照れくさくて。

かなり、うれしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ