表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男子校のポンコツ姫が通ります♡  作者: いちみりヒビキ
3rdシーズン:~姫の素顔は地味男にだけ見せたい~
PR
26/51

第26話 花の生徒会、引き継ぎとモンブラン

第26話 花の生徒会、引き継ぎとモンブラン


花の生徒会の部屋は、放課後になると少しだけ空気が変わる。


教室のざわめきとは違う。廊下の足音とも違う。掲示用の紙、色ペン、行事予定のファイル、部活応援のメッセージカード。机の上には、秋が始まったばかりなのに、もう次の予定がいくつも並んでいた。


依央はその真ん中で、後輩の一年生に笑いかけていた。


「この掲示は、昇降口の横の方が見やすいかな。朝、みんな通るし」

「花宮先輩、こっちの色、目立ちますか?」


「うん、いいと思う。でも、文字は少し太くした方が遠くから見えるよ」

「はい!」


後輩がぱっと顔を明るくする。


その横で、別の男子が依央の手元を見ていた。


「花宮先輩、字、きれいですね」

「ありがとう。見やすい方が、読んでもらいやすいから」


「俺も、そういう字、書けるようになりたいです」

「じゃあ、今度一緒に練習しよっか」


「え、いいんですか」

「もちろん」


笑顔。


少し首を傾ける角度。


相手が安心する声。


全部、いつも通りに使える。


花宮依央は、男子校の姫としてちゃんと立てている。


(はい、完璧。後輩対応、問題なし。掲示の色も見た。字も褒められた。花宮依央、秋も稼働中。……ただ、なんか今日は変に嬉しい。白石先輩から任されるって、普通にうれしい。うれしいのに、ちょっと背筋が伸びすぎる。何これ。肩、硬い)


机の向こうで、白石千紘がファイルを閉じた。


「花宮くん、少しいい?」

「はい」


依央は後輩へ軽く手を振り、千紘の隣へ向かった。


千紘は相変わらず、部屋の空気を柔らかくする人だった。三年生の進路資料が鞄から少し見えているのに、立ち姿は落ち着いている。焦りや忙しさをそのまま見せないところが、さすがだと思う。


「この部活応援の掲示、次から花宮くんに中心で見てもらってもいいかな」


千紘が差し出したのは、部活ごとの応援メッセージ案だった。


運動部の遠征、文化部の発表、秋の校内イベント。小さな予定がいくつも並んでいる。


「俺が、ですか」

「うん。花宮くん、後輩にも声かけやすいし、部活の人たちにも自然に話せるから」


「そんなことないです」

「あるよ」


千紘はやわらかく笑った。


「それに、花宮くんは相手が何を待ってるか、けっこう見てるでしょ」


依央は少しだけ返事に詰まった。


そう言われるのは、少しくすぐったい。


かわいい、似合う、明るい。そういう言葉は慣れている。でも、見ていることを見られるのは、慣れていない。


「……白石先輩にそう言われると、緊張します」

「緊張しなくていいよ。僕も最初からできたわけじゃないし」


「え、白石先輩にもそういう時期あるんですか」

「あるよ。今でも、たまにある」


千紘はそう言って、少しだけ笑った。


「だから、花宮くんも一人で全部きれいに持たなくていいよ」


その言葉が、妙に静かに入ってきた。


依央はすぐに姫顔で返した。


「大丈夫です。俺、けっこう丈夫なので」

「うん。そう言うと思った」


千紘は楽しそうに目を細める。


見抜かれている。


依央は内心で少しだけ机に沈んだ。


(強い。先輩姫、今日も強い。俺の大丈夫を普通に読んでくる。勝てない。いや、勝負してない。でも勝てない。何この人)


後輩たちがまた依央を呼ぶ。


「花宮先輩、こっちもお願いします」

「はい、今行くね」


依央はすぐに笑顔へ戻った。


部屋の中を回り、掲示を直し、色を見て、後輩に声をかける。千紘から受け取ったファイルも確認する。


嫌ではない。


むしろ、頼られるのは嬉しい。


でも、表の顔をずっと使っていると、頬の奥が少しだけ固くなる。


(姫、稼働時間長め。うれしい。ちゃんとうれしい。でも、うれしいことでも電池は減る。俺、今かなり変な状態。褒められて元気出たのに、同時に休みたい)


花の生徒会の作業が終わる頃には、外の光が少しだけ薄くなっていた。


依央はファイルを片づけ、千紘に頭を下げた。


「お疲れさまでした」

「お疲れさま。花宮くん、助かったよ」


「いえ」

「本当に」


二回目の「助かったよ」は、やわらかいのに少し重みがあった。


依央は背筋を伸ばし直す。


「次も、ちゃんとやります」

「うん。頼りにしてる」


千紘の言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。


同時に、少しだけ重くもなる。


頼られるのは嬉しい。


でも、全部ちゃんと受け取りたくなるから、力が入る。


依央は廊下に出て、ひとつ息を吐いた。


(花宮依央、外向きバッテリー残量かなり低い。歩け。雑部まで歩け。旧校舎に着いたら、少し戻る。たぶん)


****


旧校舎の廊下は、花の生徒会の部屋よりずっと静かだった。


依央が雑部室の扉を開けると、そこには久我燈真だけがいた。


晴臣はいない。


机の上には、小さな紙皿が二つ。


そこに、モンブランが置いてあった。


依央は扉を開けたまま固まった。


「……久我くん」

「何」


「これは、何ですか」

「モンブラン」


「見れば分かります」

「じゃあ何」


「何でモンブランが雑部に?」

「購買の新作」


「買ってるじゃないですか」


燈真は何も言わず、プラスチックのスプーンを差し出した。


依央はそれを受け取って、ゆっくり椅子に座った。


机に置かれたモンブランは、栗のクリームがきれいに巻かれていて、上に小さな甘露煮が乗っている。


秋だった。


めちゃくちゃ秋だった。


(やば。甘いものの中でも、今日のモンブランは強い。しかも久我くんが用意してる。購買の新作って顔してるけど、俺が来る時間に合わせて出してるでしょ。何それ。雑部、秋の回復力が高い)


「晴臣は?」

「別クラスの用事」


「珍しいですね」

「あとで来るかも」


「その前に俺が食べても?」

「花宮の分」


依央はスプーンを持つ手を止めた。


「……俺の分」

「うん」


「久我くんのは?」

「こっち」


燈真がもう一つの紙皿を指す。


「食べるんですか」

「食べる」


「意外」

「花宮がうまそうに食べるから」


依央はスプーンを落としかけた。


「……それ、理由になります?」

「なる」


(なるんだ。久我くんの中ではなるんだ。俺が食べるから自分も食べる。何それ。かわいい。いや、かわいいとか思うな。相手は地味男。地味男がモンブランを前に少しだけ素直になってるだけ。……だけ?)


「いただきます」

「うん」


モンブランは甘かった。


栗のクリームが、舌の上でほどける。下のスポンジも軽くて、力の入っていた体にちょうどいい。


依央は思わず息を吐いた。


「うま」


燈真が少しだけ目元をゆるめる。


「よかった」

「久我くん、これ、俺が疲れてると思って買いました?」


「うん」


即答だった。


依央はスプーンを止めた。


「即答」

「違う方がよかった?」


「いや、違わないですけど」

「顔、疲れてた」


「そんなに?」

「うん」


「花の生徒会では、ちゃんとしてたはずなんですけど」

「だからじゃない」


依央は言葉を失った。


だからじゃない。


その一言で、花の生徒会で笑っていた自分も、後輩に声をかけていた自分も、千紘から頼られて背筋を伸ばした自分も、全部見られた気がした。


実際には、燈真はその場にいなかった。


でも、戻ってきた依央の顔だけで分かったのだろう。


(何それ。こわ。いや、こわくない。むしろ、ちょっと助かる。ちゃんとしてたから疲れた、って分かってくれるの、普通にやばい)


「久我くん」

「何」


「俺、そんなに分かりやすいですか」

「俺には」


依央は口を閉じた。


スプーンを持つ手に力が入る。


「……今の、だいぶ危ないです」

「モンブラン?」


「違います」


燈真は少し笑った。


依央はもう一口、モンブランを食べた。


甘い。


落ち着く。


そして、落ち着いてしまうことが、少しだけ悔しい。


食べ終わる頃には、頬の奥の固さが少し抜けていた。


部室は静かだった。


窓から入る風が、掲示用の紙を少し揺らす。


依央は紙皿を片づけようとして、机の上に自分の手を置いた。


その少し向こうに、燈真の手がある。


近い。


でも、今日は怖くない。


むしろ、さっきからずっと、そこに目が行く。


(夏からずっとこれ。手を見る。手を意識する。でも今日は、心臓が爆発するっていうより、なんか……戻りたい感じ。何それ。手に戻りたいって何。俺、日本語おかしい)


依央は小さく息を吐いた。


「……少しだけ」


燈真がこちらを見る。


「何」

「充電していいですか」


言った瞬間、自分で顔が熱くなった。


「いや、今のは、糖分の延長というか。花の生徒会で使った外向き成分を戻すというか。雑部の福利厚生というか」

「手?」


「言い方」


燈真は少しだけ笑った。


それから、机の上の手を動かした。


依央の手の甲に、燈真の指先がそっと重なる。


強く握らない。


ただ、そこに置く。


「いいよ」


依央は口を閉じた。


(いいよ、って。軽い。軽いのに重い。何これ。やば。落ち着く。落ち着くのが、もうやばい)


手の甲から、じんわり温度が伝わる。


夏休みの最後に自分から取った手とは違う。


あの時は、取ることで進んだ。


今は、重ねることで戻っている。


表の顔で笑っていた自分が、少しずつほどけていく。


依央は目を伏せた。


「……これ、だいぶ効きますね」

「うん」


「久我くん、慣れてます?」

「慣れてない」


「即答」

「うん」


燈真の指先が、ほんの少しだけ返ってきた。


握るほどではない。


でも、重ねられているだけではない。


依央はそれに気づき、顔を上げた。


燈真は窓の外を見ている。


けれど、手は離れない。


「久我くんも?」


依央が小さく聞く。


燈真は少しだけ黙った。


それから、短く言った。


「俺も、少し」


依央は息を止めた。


(待って。久我くんも? 充電? 俺だけじゃない? いや、言った。今言った。俺も、少し。何それ。無理。いや、落ち着く。無理なのに落ち着く。どっち)


依央は、ほんの少しだけ指を返した。


「……どうぞ」


燈真が少しだけ笑った。


その笑い方は、いつものからかう笑いではなかった。


静かで、少しだけ力が抜けている。


依央はそれを見て、胸の奥が柔らかくなるのを感じた。


(あ、これ、俺だけじゃないんだ)


思ってしまった。


言葉にしたら、たぶん照れて死ぬ。


だから言わない。


ただ、手をそのままにした。


部室の扉の外で、足音が近づいた。


依央は反射で手を引きそうになった。


でも、燈真が先にそっと離した。


乱暴ではない。


何もなかったみたいでもない。


ちゃんと、今の時間を閉じるみたいに。


次の瞬間、扉が開いた。


「悪い、遅れたー」


晴臣が入ってきて、机の上の紙皿を見た。


「え、モンブラン?」


依央はスプーンを片づけながら言った。


「晴臣、遅い」

「俺の分は?」


燈真が空の紙皿を見せる。


「ない」

「久我!」


「花宮の分」


晴臣が一瞬、依央と燈真を見た。


依央は外向きの顔ではなく、雑部の顔で晴臣を見る。


「何」

「いや」


晴臣は少しだけにやっとした。


「依央、回復してる」


依央は紙皿を持ったまま止まった。


「モンブランのおかげです」

「ほんとにそれだけ?」


「晴臣」

「はい」


「掲示案、見てもらうよ」

「急に仕事!」


「エクレアの予定があるので」

「何その報酬制度」


「秋の雑部は働く人に甘い」


燈真が小さく笑った。


晴臣は椅子に座りながら、まだにやにやしている。


「雑部、福利厚生いいなあ」

「晴臣は遅刻したので対象外」


「厳しい」

「姫は規律に厳しいので」


「さっきまで充電切れてた顔してたのに」


依央は晴臣をにらんだ。


「見てないくせに言うな」

「今の顔で分かる」


「顔、ほんとやめて」


燈真が机の端で、空になった紙皿を重ねた。


「次、晴臣の分も考えとく」


晴臣の顔が明るくなる。


「まじ?」

「花宮が選ぶなら」


「俺にも?」

「たぶん」


依央は言い返そうとして、少しだけ笑ってしまった。


花の生徒会では、ちゃんと立った。


後輩に笑い、千紘から受け取った役目に背筋を伸ばした。


雑部では、モンブランを食べて、手を重ねた。


そのどちらも、自分だった。


まだ少し照れる。


でも、さっきより息がしやすい。


(雑部、やば。戻れる。モンブランも、晴臣の雑な遅刻も、久我くんの手も。全部、なんか戻る)


窓の外で、秋の風が少しだけ廊下を通った。


依央は机の上に手を置いたまま、少しだけ指先を丸めた。


さっきまで重なっていた温度は、もうない。


でも、消えてはいなかった。


ちゃんと残っている。


晴臣が鞄からプリントを出しながら言う。


「で、花の生徒会どうだった?」


依央は少し考えてから、笑った。


「忙しくなりそう」

「うわ」


「でも、悪くない」


燈真がこちらを見る。


依央はその視線を受けて、もう一度言った。


「たぶん、悪くない」


今度は、ちゃんと自分の声で言えた。


燈真は短くうなずいた。


「そっか」


その一言が、また少しだけ効いた。


秋は、思ったより忙しそうだ。


でも、戻れる場所がある。


そう思えるだけで、依央は少しだけ、次の予定表を見る気になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ