表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男子校のポンコツ姫が通ります♡  作者: いちみりヒビキ
2ndシーズン:~姫は地味男に見られたい~
PR
18/51

第18話 海辺の姫と、見られすぎ問題

海辺の保養所は、思ったよりちゃんとしていた。


白鷺坂高校の系列施設だと聞いていたから、依央はもっと古い建物を想像していた。けれど、実際は白い外壁に青い屋根、広めの食堂、海へ続く坂道までついている。玄関先では潮の匂いがして、遠くから波の音が聞こえていた。


「うわ、海だ」


晴臣が荷物を肩にかけたまま、まっすぐ窓へ向かう。


「見れば分かる」


燈真が短く言う。


「久我、お前、海を前にしてその温度なの?」

「暑い」


「正直」


千紘は玄関の横で、保養所の案内板を見ていた。白いシャツに薄いカーディガン、やわらかい色の私服。学校で見る時よりも少しだけ肩の力が抜けていて、晴臣が横でやたら姿勢を正している。


依央はそれを見て、内心でため息をついた。


(晴臣、分かりやす。白石先輩が保養所にいるだけで、もう顔が夏祭り。いや、まだ海にも出てない。落ち着け幼馴染)


今回の名目は、雑部と花の生徒会の合同親睦。


表向きは、学校系列の保養所を利用した交流と、備品確認を兼ねた夏の活動。実際には、海である。


かなり海である。


****


部屋割りは、燈真と晴臣、依央と千紘になった。


晴臣は発表された瞬間、少しだけ残念そうにしたあと、すぐに千紘を見て顔を整えた。千紘はそれに気づいて、やわらかく笑っていた。


(今の白石先輩、絶対気づいてた。晴臣、全部出てる。恋人って、ああいうのも見えるんだな。……いや、俺は何を見てんだ)


荷物を置き、着替える時間になった。


依央は部屋の中で、自分の水着を広げた。


白のセーラー風ラッシュトップ。薄手で涼しげだが、甘すぎない。短めのホットパンツは動きやすく、健康的に見える。男子校の姫として、かなり正解。


そのはずだった。


鏡の前に立つと、少しだけ心臓がうるさい。


(万人受け。これは万人受け。海辺の花宮依央として、かなり強い。全員の視線を取れる。……久我くんはどう見るんだろ。いや、また出た。何でそこで久我くん。好み知らないし。寄せてないし。これは姫としての最適解)


隣では、千紘が薄水色のラッシュトップに、白の細身パンツを合わせていた。


清楚で、涼しげで、上品。


でも、学校の制服姿より少しだけ素が見える。脚元も軽く、海らしい明るさがある。


依央は思わず言った。


「白石先輩、晴臣が終わります」


千紘は一瞬で頬を染めた。


「花宮くん」

「すみません。でも本当に」


「変じゃない?」

「変どころか、晴臣の語彙が浜辺に埋まります」


千紘は困ったように笑いながら、裾を軽くつまんだ。


「……それは、ちょっと見たいかも」


(はい出た。恋する男の子。白石先輩、海でも可愛い。晴臣、生きろ)


****


海に出ると、日差しが一気に強くなった。


白い砂。青い海。遠くの堤防。保養所から近い浜辺は、混みすぎてはいないが、同年代らしい男子グループや家族連れがちらほらいる。


晴臣は千紘を見た瞬間、見事に固まった。


「晴臣くん?」


千紘が少し首を傾げる。


晴臣は口を開けて、閉じた。


「……えっと」

「はい、語彙が消えた」


依央が小声で言うと、晴臣が真っ赤になって振り返った。


「消えてない」

「何か言って」


「似合ってます」

「敬語」


「自然に出た!」


千紘は照れたように笑った。


「ありがとう。晴臣くんも、似合ってる」


晴臣は完全に終わった顔をした。


依央はそれを見て、満足した。


(よし。白石先輩、大勝利。晴臣、砂浜に沈む寸前。恋人っていいな……いや、またその流れやめろ。俺は俺の戦場に集中)


依央は少しだけ背筋を伸ばした。


視線には慣れている。


男子校の姫として、見られることは日常だ。笑顔の角度、首の傾け方、少しだけ柔らかい声。全部、使える。


浜辺の男子グループが、ちらっとこちらを見た。


「え、あの二人、同じ学校?」

「モデルみたいじゃね?」


声が小さく届く。


依央は自然に笑った。


海の光を受けるように、少しだけ顔を上げる。あざとすぎず、でも見られることを分かっている顔。


千紘も穏やかに受け流している。


姫男子が二人並ぶと、浜辺は少しだけざわつく。


(はい、視線獲得。健康的。爽やか。男子校の姫、海でも営業可能。ここまでは計算通り)


そう思った瞬間、依央は燈真を探した。


燈真は少し離れた場所で、パラソルの位置を見ていた。黒っぽいラッシュガードに、動きやすい短パン。派手ではないのに、海の強い光の中でも妙に落ち着いて見える。


依央と目が合った。


燈真の視線が、依央の白いラッシュトップから、ホットパンツ、足元へと一瞬だけ落ちる。


すぐに戻る。


依央の心臓が、変な音を立てた。


(見た。今、見た。いや、見るだろ。水着なんだから。全員見てる。俺も見られる前提で選んだ。なのに、久我くんの視線だけ情報量えぐい。ちょっと待て)


燈真は無言で近づいてきた。


手には、依央が置いてきた薄い上着がある。


「着とけ」

「え?」


「それ」


燈真は依央の肩に、軽く上着をかけた。


「暑いですよ」

「うん」


「じゃあ何で」


燈真は、少しだけ周囲を見る。


それから短く言った。


「見られすぎ」


ドキューン♡♡


依央は固まった。


「……見られ、すぎ?」

「うん」


「それは、海なので」

「うん」


「水着なので」

「うん」


「視線を集めるために選んだというか」


燈真の目が、少しだけ細くなった。


依央はそこで言葉を止めた。


(何その顔。ちょっと面白くなさそうじゃない? 俺が見られてるから? いや自意識。落ち着け。でも今の、普通の注意じゃなくない? 着とけ、見られすぎ。何それ。守ってる? いや、守るって何。海。水着。視線。やば)


「久我くん」

「何」


「暑いです」

「我慢」


「雑」

「少しだけ」


その言い方が、強すぎないのに、妙に離れなかった。


依央は肩にかかった上着を見た。


燈真のものではない。依央の上着だ。


それなのに、燈真にかけられたせいで、何か意味が変わった気がする。


(視線を取るために選んだのに、久我くんに見られすぎって言われた瞬間、急に違うものになるの何。俺の水着、俺の戦力だったはずなのに。久我くん、勝手に意味を書き換えるな)


晴臣が千紘の隣からこちらを見て、にやっとしかけた。


千紘がそっと晴臣の腕をつつく。


晴臣は口を閉じた。


えらい。


いや、たぶん千紘がえらい。


その後は、四人で海に入った。


晴臣は千紘が足元の波に驚くたび、そわそわしていた。千紘はそれを見て少し笑い、時々わざとではないくらい自然に晴臣の方へ寄る。晴臣はそのたびに、分かりやすく固まった。


依央は、それを見ながらも、何度も自分の肩の上着を意識した。


燈真は特に何も言わない。


でも、依央が上着を外そうとすると、なぜか視線が来る。


(外すタイミング、全部見られてる気がする。何。監視? いや、久我くんの視野が広いだけ。俺にだけじゃない。たぶん。……たぶん多いな今日)


昼の海は、眩しくて、暑くて、騒がしかった。


けれど、依央の中に一番残ったのは、波の音でも、男子たちの視線でも、晴臣の壊れた語彙でもなかった。


「着とけ」


「見られすぎ」


その二つだった。


****


夕方、保養所に戻り、食堂で夕飯を食べた。


海帰りの空気で、みんな少しだけ疲れている。晴臣は千紘の向かいで、まだどこかそわそわしていた。千紘はそれを見て、時々小さく笑っている。


依央は隣の燈真を見た。


昼より髪が少し乱れている。日差しを浴びたせいか、首元が少し赤い。


(久我くんも海にいたんだな。当たり前だけど。何その感想。俺の脳、今日ずっと変)


夕食後、保養所の庭で線香花火をすることになった。


夜の海風は、昼よりずっと涼しい。


庭の端からは暗い海が見え、波の音が遠くで続いている。線香花火の火が、ぱちぱちと小さく弾けた。


晴臣と千紘は少し離れたところで、二人で火を見ていた。晴臣が何か言い、千紘が笑う。近すぎないのに、ちゃんと二人の空気だった。


依央は、燈真と並んで線香花火を持っていた。


火の玉が、小さく揺れる。


昼のことが、まだ残っている。


「久我くん」

「何」


「あれ、なんだったんですか」


燈真は線香花火から目を離さない。


「何」

「昼の。着とけとか、見られすぎとか」


燈真の手元で、火花が小さく散る。


依央は続けた。


「久我くん、あれ、ちょっと変でしたよね」


言った瞬間、依央は少し勝った気がした。


昼の燈真は、明らかにいつもと違った。


あそこを突けば、燈真が少し詰まるかもしれない。


詰まったら、こちらの勝ち。


(よし。切り込んだ。昼のあれ、絶対ちょっと面白くなさそうだった。ここで認めさせる。今日の俺、海辺の姫として攻める。いける)


燈真は少しだけ黙った。


線香花火の火が、丸く落ちそうになる。


それから、低い声で言った。


「お前の水着」


依央は息を止めた。


「……はい」

「可愛すぎ」


線香花火の火が、ぱちっと弾けた。


「反則」


依央の中で、何かが真っ白になった。


「……反則?」

「うん」


「水着が?」

「花宮が」


依央は完全に止まった。


(負けた。完全に負けた。何それ。こっちが攻めたのに、正面から撃たれた。可愛すぎ? 反則? 久我くん、それ言えるタイプだったの? 昼に言え。いや昼に言われたら砂浜で終わってた。今も終わってる)


燈真は線香花火を見たまま、少しだけ顔をそらしている。


火の明かりで、耳が赤く見えた。


依央はそれを見て、さらに詰んだ。


(待て。久我くんも照れてる? 言って照れてる? 何それ。俺だけ撃たれてるんじゃない? いやでも俺の方が重傷。かなり重傷)


「久我くん」

「何」


「それ、今言うんですか」

「今聞いたから」


「昼に言ってたら?」


燈真は少しだけ考えた。


「たぶん、言えなかった」


依央は線香花火の持ち手をぎゅっと握った。


(言えなかった。久我くんが。俺の水着見て。可愛すぎて? 反則で? 無理。これ以上は無理。処理落ちする)


線香花火の火の玉が、ぽとっと落ちた。


二人の間に、小さな煙が残る。


依央はそれを見つめたまま、どうにか声を出した。


「……それは、褒め言葉として受け取ります」

「うん」


「かなり、強めの」

「うん」


「次から、そういうのは事前に言ってください」

「事前?」


「心の準備がいるので」


燈真は少しだけ笑った。


「じゃあ無理」

「何で」


「反則だったから」


依央は、もう何も言えなかった。


遠くで、晴臣が「千紘さん、まだ火ついてます」と言い、千紘が「晴臣くんの方、落ちそう」と笑っている。


夏の夜の匂い。


海風。


線香花火の小さな火。


そして、燈真の「可愛すぎ」「反則」。


依央は、自分の胸の奥がまだ熱いことに気づいた。


昼、みんなに見られるのは平気だった。


でも、燈真がどう見ていたかを知った瞬間、全部の意味が変わった。


(見られるって、こういうことだったっけ)


男子校の姫として、視線を取るのは得意だった。


でも、たった一人にそう見られることは、得意じゃない。


むしろ、かなり下手だ。


依央は新しい線香花火を一本取った。


「もう一本、やります」


燈真がうなずく。


「うん」


火をつける時、燈真の手が少し近づいた。


依央はその手元を見て、すぐに火の方へ視線を戻した。


今日は、手まで意識したら本当に終わる。


線香花火の火が、また小さく咲いた。


依央は心の中で、誰にも聞こえないようにつぶやいた。


(海、やばい。水着、やばい。久我くん、もっとやばい)


夜の海風が、二人の間をゆっくり通り抜けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ