表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男子校のポンコツ姫が通ります♡  作者: いちみりヒビキ
2ndシーズン:~姫は地味男に見られたい~
PR
15/51

第15話 終業式と、駅前カフェの私服打ち合わせ

終業式の日の白鷺坂高校は、朝から少し浮いていた。


廊下の掲示板には夏休み中の注意と、地域行事のお知らせが並んでいる。教室の窓の外では、蝉の声がまだ遠慮がちに鳴いていた。


二年三組では、黒瀬陸斗が朝からやたら元気だった。


「花宮、夏休みだぞ!」

「まだ式も終わってないよ」


「気持ちはもう海!」

「早い」


「プールでもいい!」

「どっちにしても水辺なんだ」


篠宮怜央が、机の上のプリントを整えながら言った。


「宿題の一覧、持って帰り忘れないように」

「篠宮、夏休み初日に現実を持ってくるな!」


「持って帰るものだから」

「正しい!」


鷹宮蓮は涼しい顔で鞄を閉じ、依央を見る。


「花宮は、夏休みも予定が多そうだね」

「花の生徒会と雑部で、なんか増えそう」


「似合うよ。夏でも忙しい姫」

「鷹宮、忙しさまで褒めるの?」


「本当にそう思ったから」


依央は笑って受け流した。


いつもの教室。制服。終業式前のざわつき。


それだけなら、いつも通りでいられる。


けれど、窓際の席で久我燈真が通知表を鞄に入れる手元を見ると、少しだけ心臓がずれる。


(また手見た。やめろ。夏休み入る前から久我くんの手元に反応してどうする。俺の視線、雑部所属になりすぎ)


燈真がふと顔を上げた。


目が合う。


依央は外向きの顔で笑った。


燈真は何も言わず、少しだけ目を細める。


(今、絶対バレた。いや、何もバレてない。見てただけ。手元を。だめじゃん)


****


終業式はあっさり終わった。


体育館の暑さ、校長の話、靴音、夏休み前のざわめき。全部が流れて、昼前には教室が一気に軽くなる。


その日の雑部は、学校ではなく駅前カフェで夏休みの予定確認をすることになっていた。


学校をいったん出て、家に荷物を置く。


そして夕方、白鷺坂駅前で集合。


つまり、私服。


依央は家を出る前、鏡の前で三分ほど止まった。


白の薄いシャツに、淡いグレーのパンツ。派手すぎない。姫っぽさはある。でも学校の制服とは違う。駅前で会うには、少しだけ気合が入っている。


(いや、気合って何。雑部の打ち合わせ。駅前カフェ。夏休み予定確認。以上。私服なのは学外だから。普通。普通だけど、久我くんも私服で来るんだよな。……そこが普通じゃない)


白鷺坂駅前は、夕方でもまだ暑かった。


カフェの前には、小さな黒板メニューが出ている。レモンスカッシュの文字が、やけに夏っぽい。


晴臣は先に来ていた。


「依央、私服姫じゃん」

「晴臣、第一声が雑」


「褒めてる」

「雑に褒めるな」


晴臣は笑って、少し離れた場所を見た。


「久我、来た」


依央はそちらを向いた。


燈真が歩いてくる。


黒っぽい薄手のシャツに、ゆるいパンツ。制服より少しだけ軽い。けれど、だらしないわけではない。いつもの無気力な感じはあるのに、学校の中で見るより、少しだけ遠く見える。


いや、違う。


遠いのではない。


学校の枠が外れている。


(待って。私服の久我くん、処理むず。制服じゃないだけで、何か違う。地味男のくせに駅前の空気に馴染むな。似合ってる。普通に似合ってる。腹立つ)


燈真も依央を見た。


一瞬だけ、足がゆるんだように見えた。


ほんの一瞬。


でも依央は見た。


「……花宮」

「はい」


「私服」

「私服ですね」


「うん」


「何ですか」


燈真は少しだけ視線を外した。


「白、似合う」


キュン♡


依央はカフェの看板を見た。


「……白いので」

「うん」


「服の色なので」

「そう」


(白いので、って何。返し弱。俺、弱。久我くん、今ちょっと詰まった? 詰まったよな? それで似合うって言った? やば。私服、こわ)


晴臣が横で口元を押さえている。


「二人とも、店入る前から何してんの」


「晴臣、黙って入店」

「はいはい」


****


駅前カフェは、夏休み前の学生で少し混んでいた。


四人席は空いておらず、奥の二人席を二つ使うことになった。晴臣がにやっとして、自然に一つ奥の席へ座る。


「俺、こっち」


「何で晴臣が決めるの」

「窓側好きだから」


「嘘つけ」

「ばれた」


結局、晴臣が少し離れた席に座り、依央と燈真は向かい合って二人席になった。


テーブルが小さい。


グラスが二つ置かれたら、もうそれだけで距離が近くなる。レモンスカッシュの氷がからんと鳴り、炭酸の泡が上がる。


依央はストローを見た。


燈真の手が、グラスに触れる。


また、見てしまう。


(見すぎ。手元見るな。今日はカフェ。レモンスカッシュ。夏休み予定。二人席。……二人席? 違う、晴臣いる。いるけど遠い。実質、遠い)


燈真がメニュー横の紙を見た。


「海、保養所、旧校舎、花壇」


「予定だけ見ると、雑部なのか何なのか分かりませんね」

「雑部」


「強い言い切り」

「花宮、嬉しそう」


依央はストローを噛みそうになって止めた。


「夏休みの予定が整うのは、よいことなので」

「うん」


「雑部として」

「うん」


「その顔、信じてないですよね」

「少し」


(はいはい、出ました。嬉しそう。これは耐性あり。いける。俺はもう短いやつで毎回崩れる姫ではない。……でも私服で言うな。カフェで言うな。二人席で言うな。条件が悪い)


晴臣が向こうの席からスマホを見て、急に立ち上がった。


「悪い。俺、先帰る」


依央は顔を上げた。


「早くない?」

「千紘さんと用事。ちょっと予定ずれた」


「はいはい、彼氏」

「言い方」


晴臣は鞄を肩にかけて、依央の横を通る時に小声で言った。


「二人でちゃんと打ち合わせしろよ」

「その顔やめろ」


「普通の顔」

「嘘」


晴臣はにやにやしたまま店を出ていった。


本当に、二人になった。


依央はレモンスカッシュの泡を見た。


泡は勝手に上がって、勝手にはじける。


今の自分みたいで、腹立つ。


(晴臣、帰るの早。ここから二人席ガチじゃん。雑部の打ち合わせ。そう、打ち合わせ。デートっぽいとか思うな。思った時点で負け)


燈真は何事もなかったように予定表代わりの紙を見ている。


「花宮」

「はい」


「晴臣、頑張ってる」

「はい」


「花宮も何かあれば手伝うだろ」

「なぜ分かるんですか」


「顔」


「出てます?」

「うん」


依央はため息をついた。


「最近、久我くんの顔判定が厳しい」

「分かりやすい」


「俺、男子校の姫なんですけど」

「姫でも分かる」


「そこは見逃してください」

「やだ」


依央は一瞬、言葉に詰まった。


その「やだ」は短くて、軽い。


でも学校ではない場所で言われると、妙に近い。


(やだ、じゃない。子どもか。いや、久我くんがそういうの言うの珍しい。無理。カフェの久我くん、距離感バグってない? 夏休み、こわ)


****


打ち合わせは、思ったより早く終わった。


外へ出ると、駅前の空は少しオレンジ色になっていた。商店街には夏の飾りが増え始めていて、風鈴の音が小さく鳴っている。


依央は店の前で少しだけ迷った。


このまま帰ればいい。


雑部の予定は決まった。晴臣も帰った。やることは終わった。


けれど、燈真が私服で隣にいる。


学校ではない場所で。


このまま終わるのが、少しだけもったいない気がした。


(何その発想。もったいない? 何が? 時間? 久我くんの私服? いや、打ち合わせの延長。夏休みの買い物。必要なものがあるかも。そう、それ)


依央は、できるだけ自然な顔で言った。


「久我くん」

「何」


「ちょっと買い物しません?」


燈真がこちらを見る。


「何買うの」

「夏休みの雑部に必要なものとか」


「例えば」

「……タオルとか、日焼け止めとか、虫よけとか」


「花宮が必要なやつ?」

「雑部にも必要です」


燈真は少しだけ笑った。


「いいよ」


依央の胸が、変に跳ねた。


(誘えた。普通に誘えた。買い物。学外。私服。二人。これ、かなり危ない。夏休み、まじでこわ)


****


商店街の雑貨店に入ると、冷房の風が当たった。


依央はタオルの棚を見ながら、横目で燈真を見る。燈真は虫よけスプレーを手に取り、成分表示を見ている。


地味。


かなり地味。


なのに、私服で雑貨店にいるだけで、知らない一面みたいに見える。


「花宮」

「はい」


「これでいい?」


燈真が虫よけを見せる。


依央が手を伸ばすと、指先が少し触れた。


ほんの少し。


でも、プールサイドの記憶が戻ってくる。


依央は平静を装って受け取った。


「いいと思います」

「顔」


「店内が涼しくて」

「涼しいと赤くなる?」


「冷房で血流が」

「すごい理由」


「雑ですか」

「うん」


燈真が少し笑う。


依央は虫よけを棚に戻しかけて、やめた。


(買う。これは買う。虫よけ必要。今の会話ごと忘れたいから買う。いや、買っても忘れられないだろ。無理)


****


店を出て、駅前の通りを歩いている時だった。


向こうから、黒瀬と篠宮の声がした。


「お、あれ花宮じゃね?」


依央の背中が跳ねた。


まずい。


いや、何もまずくない。駅前で同級生に会うだけ。買い物をしていただけ。燈真と二人で。私服で。夏休み前に。かなり説明が面倒なだけ。


(まずい。いや、まずくない。まずくないけど、黒瀬の声量で『花宮と久我がデートしてる!』って言われたら終わる。違う。デートじゃない。雑部の買い物。説明に三秒以上かかる時点で怪しい)


依央は反射で、燈真の手を引いた。


商店街の細い路地へ、二人で入る。


人通りから少し外れたところで、依央はようやく止まった。


手を繋いでいた。


がっつりではない。


でも、依央の手が燈真の手を掴んでいる。


依央は一瞬で離した。


「……すみません」


燈真は自分の手を見て、それから依央を見る。


「黒瀬?」

「声がしたので」


「別に見られても」

「説明が面倒です」


「何て」

「雑部の買い物です」


「それでいいだろ」

「それで済まない声量なんです、黒瀬は」


燈真は少し考えた。


「確かに」


依央は路地の壁側を見た。


心臓がまだ落ち着かない。


とっさに手を引いた。


雨上がりでも、プールでも、人混みでもない。


自分が、燈真の手を取った。


ほんの数秒。


それだけなのに、手のひらがまた熱い。


(何してんの俺。とっさ? とっさって何。逃げ……じゃない。移動。そう、移動。クラスメイト回避。回避のため。だけど手。俺から。俺から久我くんの手、取った。やば。夏休み、恐ろしい)


燈真は何も言わない。


ただ、依央の手元を見ている。


その目がからかっていないから、余計に落ち着かない。


「久我くん」

「何」


「今のは、非常事態です」

「うん」


「説明が面倒だったので」

「うん」


「だから、別に」

「うん」


「その、うんが多いです」

「花宮、早口」


依央は口を閉じた。


(早口になってる。バレてる。だる。私服カフェ、買い物、とっさの手。今日のイベント詰まりすぎ)


路地の向こうを、黒瀬と篠宮の声が通り過ぎていく。


「こっちじゃなかったか?」

「黒瀬、声が大きい」


「ごめん!」


二人の声が遠ざかる。


依央は息を吐いた。


「行きましたね」

「うん」


「戻りましょう」

「手」


依央は固まった。


「え」


燈真は依央の手を見ている。


「さっき、強かった」


「……すみません」

「いや」


「痛かったですか」

「痛くない」


「じゃあ、何ですか」


燈真は少しだけ目をそらした。


「びっくりした」


依央は、そこで変に動けなくなった。


燈真が驚いた。


自分が手を取ったから。


自分だけが動揺しているのではないと、一瞬だけ分かってしまった。


(待って。久我くんも、びっくりした? 俺が手を引いたから? これ、俺だけの事故じゃない? いや事故じゃない。俺がやった。俺がやったんだよな。うわ。やば)


「……俺もです」


依央は小さく言った。


燈真がこちらを見る。


「何が」

「びっくりしました」


「自分で?」

「自分で」


燈真は、ほんの少しだけ笑った。


依央もつられて、少し笑ってしまった。


気まずいのに、変に甘い。


おかしい。


路地の奥で、風鈴の音が小さく鳴った。


「夏休みって」


依央は言った。


「何」


「こわいですね」


燈真は少しだけ首を傾ける。


「今からだろ」

「だからですよ」


燈真は笑わずに、でも少しだけ目元をゆるめた。


「じゃあ、気をつけろ」

「何に」


「手」


依央は、返せなかった。


燈真は先に歩き出す。


依央はその背中を見て、手のひらをそっと握った。


今日は手を繋いでいた時間なんて、ほんの数秒だった。


でも、その数秒が、レモンスカッシュの泡より、私服の白より、夕方の風鈴より、ずっと残っている。


(夏休み、始まったばっかりなのに。俺、もうだいぶ危ない)


依央は深く息を吸い、燈真の隣へ並んだ。


「久我くん」

「何」


「虫よけ、買い忘れました」


燈真は一瞬止まった。


「戻る?」

「……戻ります」


「また会うかもな」

「黒瀬に?」


「うん」


依央は数秒考えた。


「その時は、普通に雑部の買い物って言います」

「言える?」


「言えます」


「顔」

「言えます」


燈真が少しだけ笑った。


その笑い方が、駅前の夕方に溶ける。


依央は胸の奥がまた少し跳ねるのを感じながら、どうにか姫顔を作った。


(言える。たぶん。いや、次に手を引いたら無理。ほんとに無理。夏休み、こわ)


二人はもう一度、商店街へ戻った。


さっきより少しだけ、肩の距離が近い気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ