表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男子校のポンコツ姫が通ります♡  作者: いちみりヒビキ
1stシーズン:~姫営業は地味男に効かない~
PR
10/51

第10話 髪を褒められた姫と、幼馴染の秘密

雨が続くと、二年三組の教室は少しだけ湿った匂いになる。


窓の外は白くけぶっていて、校庭には細い水たまりができていた。昼休み前の教室では、黒瀬陸斗が弁当を片手に、なぜかもう試合前みたいな顔をしている。


「花宮!」


「黒瀬、今日は何に燃えてるの」

「部活大会!」


「雨でも燃えるね」

「体育館だからな!」


「なるほど。天気に勝った」


黒瀬は嬉しそうにうなずいた。


「応援来るよな?」

「試合時間、花の生徒会とかぶってなければ」


「かぶるな!」

「俺に言われても」


「花宮が来たら、勝てる気する」

「俺、部活の御守りじゃないよ」


「赤組の花だったし!」

「それ言うの早い」


篠宮怜央が、黒瀬の横で部活大会の組み合わせ表を見ながら静かに言った。


「黒瀬、まず初戦の相手を見た方がいい」

「見る!」


「あと、花宮を呼ぶ前に集合時間」

「篠宮、冷静!」


「必要だから」


依央は笑った。


鷹宮蓮は窓際で、濡れた傘のしずくを払ってから依央を見る。


「花宮が応援に来るなら、体育館の空気も明るくなりそうだね」

「鷹宮、体育館まで褒めに使うの?」


「本当にそう思ったから」

「じゃあ、行けたら明るくします」


教室の男子たちが軽く笑う。依央はその空気を受けて、いつもの姫顔を整えた。


(はい、雨の日でも二年三組は元気。黒瀬は燃えるし、篠宮は整えるし、鷹宮は褒める。俺もちゃんと笑える。……前髪のことは忘れろ。窓際のことも忘れろ。無理だけど)


窓の水滴。


旧校舎の近さ。


顔、隠れてる。


見えないから。


その言葉が、雨を見るたびに少しだけ戻ってくる。


依央は前髪に触れかけて、やめた。


(触るな。思い出す。やば。久我くんに直された場所、まだ自分で確認しそうになるの、ガチできつい)


****


昼休みの終わり、依央は花の生徒会へ向かった。


委員会室では、地域ボランティア参加案内と学校見学の掲示準備が進んでいた。紙束、付箋、クリップ。雨の日でも、白石千紘は相変わらず場を静かに整えている。


「花宮くん、こっちお願いできる?」

「はい」


依央は掲示カードを受け取り、色ごとに並べた。千紘は横からそれを見て、やわらかく笑う。


「花宮くん、髪、今日きれいに流れてるね」


依央の手が止まった。


「え」

「雨の日なのに、ちゃんと整ってる」


千紘はただ自然に言った。何も知らない顔で。もちろん、何も知らない。けれど依央の中では、旧校舎の雨が一気に戻ってきた。


燈真の指。


前髪。


見えないから。


(待て。今それ褒める? 白石先輩、今その話題は強い。俺の前髪、昨日の件で完全に大渋滞なんだけど。いや、顔には出すな。ここは花の生徒会。俺、姫。保て)


依央はどうにか笑顔を作った。


「ありがとうございます。湿気に勝てるように頑張りました」

「ふふ。努力が見えるね」


「白石先輩に言われると、ちょっと自信つきます」

「本当に似合ってるよ」


キュン♡


依央はカードの端を少しだけ強く押さえた。


(勝った)


何に勝ったのかは分からない。白石千紘は勝負をしていない。そもそも、今のは先輩が後輩を褒めただけだ。


それでも、先輩姫に髪を褒められた。


しかも、自分だけ勝手に大事件にしていた前髪を。


(これは勝ち寄りの勝ち。何に? 知らん。でも今、俺の髪は白石先輩公認。強い。めちゃくちゃ強い)


****


放課後、依央はその勢いのまま雑部へ向かった。


部室には、晴臣と燈真がいた。晴臣は古いクリップの箱を閉じ、燈真は掲示物の確認表を見ている。


依央は扉を開けるなり、机に紙束を置いた。


「白石先輩に勝ったかもしれない」


晴臣がものすごく嫌そうな顔をした。


「最初の一言がこわい」


燈真は確認表から顔を上げる。


「何で」

「髪を褒められた」


「それで勝ち?」

「白石先輩だぞ? あの清楚の権化みたいな人に、髪、きれいに流れてるねって言われたんだぞ? これはもう勝ち。かなり勝ち」


晴臣は一瞬、口を開きかけて、妙な顔で止まった。


「千紘さんは、そういう勝ち負けで見てないだろ」


部室の空気が止まった。


依央は、机に置いた手をそのままにした。


燈真も、確認表を持つ手を止めた。


晴臣だけが、自分の口から出た言葉に数秒遅れて気づいた顔をしている。


「……今、なんて? 千紘さんって、下の名前だけど……」


依央がゆっくり聞くと、晴臣は視線を横へずらした。


「いや」


「晴臣」


「その」


「榎本」


燈真の声は短かった。


晴臣は、観念したように椅子へ腰を落とした。


「……白石先輩と付き合ってる。去年の秋から」


依央は目を細めた。


「誰が」

「俺が」


「誰と」

「白石先輩と」


「白石千紘先輩と?」

「そう」


「花の生徒会の?」

「そう」


「清楚型姫の?」

「言い方」


依央は椅子を引いて座った。頭の中が、かなり騒がしい。


(待って。情報量えぐい。俺の幼馴染、いつの間に先輩姫と付き合ってんの。去年の秋? 何それ。俺の知らないところで青春してた? 晴臣が? 白石先輩と? 世界、急に知らない顔するじゃん)


晴臣は耳まで赤くして、机に片肘をついた。


「黙ってたのは悪かった。でも、学校では言えないし、千紘さんにも立場あるし」


「千紘さん」


依央はそこだけ拾った。


晴臣が肩を跳ねさせる。


「今そこ拾うな」


燈真は静かに晴臣を見ていた。


「ほんとに?」

「ほんと」


「白石先輩が、榎本を?」

「そこ疑うなよ、久我」


「いや」


燈真は少しだけ間を置いた。


「すごいなと思って」


晴臣は驚いたように顔を上げた。


依央も、少しだけ黙った。


白石千紘が、晴臣を選んだ。


その言葉を頭の中で転がすと、意外なほどすとんと落ちた。晴臣はうるさい。茶化す。余計なところまで見る。けれど、人の変化にはちゃんと気づくし、好きな相手を雑に扱うような奴ではない。


(そっか。白石先輩、ちゃんと見てるんだ。晴臣のそういうところ。俺の幼馴染、見る目ある人に選ばれてる。……なんか、こっちが変に照れる。照れるの俺じゃないのに。何これ)


その時、ふと、いくつかの言葉が頭をよぎった。


顔。


字、疲れてる。


顔、隠れてる。


見えないから。


燈真が何気なく置いていった短い言葉ばかりだった。依央が整えた笑顔ではなく、ノートの端や、手元や、濡れた前髪や、変に固まった顔を拾ってきた言葉。


白石千紘が晴臣をちゃんと見ている。


それが分かった瞬間、依央はなぜか、燈真の視線まで思い出してしまった。


(……あれも、見てるってことなのかな。いや、違う。今は晴臣の話。白石先輩の話。混ぜるな俺。やば)


依央はわざと息を吐いた。


「分かった。いったん信じない」

「何でだよ!」


「だって晴臣だぞ。証拠がいる」

「幼馴染の信用、薄すぎる」


「相手が白石先輩だからだろ。釣り合いの問題」

「泣くぞ」


「泣く前に証明」


燈真が短く言った。


「帰り、聞けば」


晴臣は困った顔でスマホを見た。画面に指を置き、少し迷ってから、短く打つ。


「……今日、委員会終わりに門のとこ来るって」


「来るの!?」

「声でか」


「声も出るわ」


****


しばらくして、三人は校門へ向かった。


雨は止んでいたが、地面にはまだ細い水の跡が残っている。校門前の木は濡れていて、風が吹くたび葉の先から水滴が落ちた。


晴臣は門柱の近くで落ち着かない顔をしている。


依央と燈真は少し後ろに立った。


「久我くん」

「何」


「本当だと思います?」

「榎本があの顔するなら」


「顔」

「うん」


「久我くん、人の顔かなり見ますよね」

「花宮ほどじゃない」


依央は足元の水たまりを見た。


「……今、俺の話でした?」

「うん」


「なぜ」

「顔に出てるから」


「何が」

「気になってる」


「それは気になるでしょう。幼馴染と白石先輩ですよ」

「それだけ?」


依央は返事を止めた。


燈真は、ほんの少しだけ笑った。


「まあ、いいけど」


(それだけ? 何それ。何を聞いてる? 俺が他人の恋に反応してるだけじゃないって言いたい? いや、違う。久我くんはたぶん何も考えてない。考えてない顔で刺してくる。やば)


その時、校舎側から白石千紘が歩いてきた。


傘を閉じたあとのように、手元に少しだけ水滴がついている。いつものように背筋がきれいで、穏やかな顔をしていた。けれど晴臣を見つけた瞬間、その目元がほんの少しやわらかくなる。


依央は、それを見た瞬間、口を閉じた。


(あ、ほんとだ)


委員会室で見る先輩の笑顔とは違う。


後輩に向ける顔でも、花の生徒会の中心にいる顔でもない。派手ではない。甘すぎもしない。でも、晴臣にだけ向けた、ほどけた顔。


晴臣が小さく手を上げる。


「千紘さん。言った」


千紘は一度だけ瞬きしてから、依央と燈真を見た。


少し申し訳なさそうに笑う。


「黙っててごめんね」


依央は、何を言うか一瞬だけ迷った。


けれど、いちばん素直なところを選んだ。


「びっくりしました」

「うん。そうだよね」


「でも、白石先輩が晴臣を選んだのは、なんか……分かる気がします」


晴臣が目を丸くする。


「依央?」

「うるさい。今いいこと言ってる途中」


千紘はやわらかく笑った。


「ありがとう。晴臣くんは、ちゃんと人を見てくれるから」


晴臣の顔が一気に赤くなる。


「千紘さん、外」

「あ、ごめん」


「いや、嬉しいけど」


「嬉しいんだ」


依央がすかさず拾うと、晴臣は片手で顔を覆った。


「お前、今だけ黙れ」


燈真が、ふと思い出したように言った。


「借り物で選んでたな……体育祭」


晴臣と千紘が同時に視線をそらした。


依央はそれを見て、少しだけ笑った。あの時は、晴臣が清楚系に弱いのかと思った。今見ると、なるほど、そういう顔だったのかと分かる。


けれど、長くいじる気にはならなかった。


千紘が晴臣を大事にしている。晴臣も千紘を大事にしている。それが分かったから、今はそれで十分だった。


「分かりました。二人のことは、雑部内で厳重に扱います」


晴臣が警戒した顔をする。


「その言い方がもう不安」

「安心しろ。俺は男子校の姫なので、秘密も美しく守れる」


燈真が横からぼそっと言った。


「顔、得意げ」

「今のは決意の顔です」


千紘がくすっと笑い、晴臣もつられて笑った。


その空気を見て、依央の胸の奥が少しだけ温かくなる。


****


帰り道、依央と燈真は少し後ろを歩いた。


前を行く晴臣と千紘は、学校から離れるまで距離を保っている。それでも、目が合うたび、二人だけに分かる何かがあるようだった。


依央はそれを見ながら、小さく息を吐いた。


「白石先輩、すごいな」

「何が」


「晴臣の良さ、ちゃんと見てる」

「花宮も見てるだろ」


「まあ、幼馴染だし」

「なら同じ」


依央は足を止めかけた。


燈真は前を向いたまま歩いている。何でもない顔で、何でもない声で言っただけ。


それなのに、依央の胸の中だけが少し揺れた。


(同じ。俺と白石先輩が? 晴臣を見る目の話。分かってる。分かってるけど、久我くんにそう言われると変に残る。何これ。今日、情報の角度が多すぎる)


「久我くん」

「何」


「短い言葉で急に変なところ押すの、やめてください」

「変なところ?」


「今のは、幼馴染への理解の話です」

「うん」


「それ以上、広げる話ではありません」

「そう」


燈真は目元だけで笑った。


「花宮っぽい」


依央は一瞬だけ息を止めた。


でも、前みたいに大きく崩れなかった。


「……なら、今回はそれでいいです」


燈真は依央を見る。


「うん」


その返事が、少しだけやわらかく聞こえた。


依央は前を向いた。


前では、晴臣が千紘に小声で何か言い、千紘が笑っていた。


依央はその背中を見ながら、口の中で小さくつぶやく。


「……ほんと、見る目あるじゃん、白石先輩」


隣で燈真が、ほんの少しだけ笑った気配がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ