あと107日/事故
ガヤガヤと騒がしい昼休みの教室に、背の高い教師が頭を屈めて入って来た。
「おい、篠原の荷物はどれだ?」
「あー、泉先生だー」
「先生、どったの?」
「篠原の荷物、頼まれて取りに来たんだよ」
「えー、なんで?」
「篠原の席ここ!」
「ロッカーはこっちね」
「おー」
わらわら寄っていく生徒を上手く使いながら、泉は目的の生徒の荷物を手早く纏めていく。
神楽はパック牛乳を飲みながら、その様子をただ眺めていた。
「篠原くんどうしたの?」
「早退だ」
「えー、体調悪かったのかな?」
「気づかなかったねー」
年が明ければ、本番を迎える受験生たち。
体調の話には少しナーバスにもなる。
そのうち、一人の男子生徒が泉の傍で声を潜めて言った。
「なーなー、先生。しのっちさ、事故ったってほんと?」
「……担任から報告あんだろうから、俺は言わねぇぞ」
「あー、否定しないんだ」
「お前も言いふらすな」
「えー、なになに? 気になる」
「篠原がなんだって?」
「──うるせぇ。お前らは黙って待て」
泉の口が悪いのはいつもと同じだが、少しピリついているように見える。
「これで全部か。サンキュ」
泉は纏められた篠原の荷物を持って、教室を出て行く。
カタン。
神楽は立ち上がってその背を追った。
篠原は、Ωだったはずだ。
もしそれが理由なら。
「……先生!」
賑わう廊下ではなく、少し静かな階段で呼び止める。
「……」
振り向いた泉は、何の感情もない表情で。
ただ、口の前で人差し指を立てて。
踵を返し、階段を下りていく。
「……なに、今の」
静かな拒絶を感じて、神楽は、ただ呆然とその背を見送った。
その後、泉の言う通り、クラス担任から報告があった。
『篠原は、ヒート事故でαに噛まれて病院に行った』と。
そして『αとΩの生徒は充分気を付けるように』と、耳にタコができるほど聞かされた注意を受けた。
(『誰にも言うな』、か……)




