あと130日/ヒートのその後
「送ってってやるから教員用の駐車場で待ってろ」
「……うん……」
泉が事後処理と支度を終えて駐車場に向かうと、泉の車の前で所在なさげに立っている神楽がいた。
待たせたことを詫びてから車に乗り込む。
「お前んちどこだ」
「〇〇区の公民館の方。近くに公園あるから、そこに停めて」
「わかった」
車は学校の敷地を出て、夕暮れの公道へ滑り出した。
「体調は大丈夫か」
「今んとこ……」
「そうか」
薄暗くなり始めた風景に、前を走る車のテールランプが眩しい。
「お前んとこの担任には、明日欠席するって伝えておくからな」
「……先生、俺の担任知ってんの?」
「……あー? 誰だっけ?」
「3-A。霧島センセ」
「そう。知ってた」
「嘘じゃん」
「……」
沈黙が落ちた。
隣で小さくなっている神楽が、何度も口を開きかけては閉じるのを繰り返している。
「言いたいことあんなら我慢すんな」
水を向けると、小さな神楽がごにょごにょと言い出した。
「……事情とか、立場とか、いろいろあんのは分かってて。……ほんとはちゃんとお礼を言うべきっていうのも分かってんのに……、納得できなくて……」
「もっとシンプルに十文字以内で言え」
いつも以上に短気なのは、自らも余裕がないからだと自覚している。
「──先生、好きだ」
なのに、随分年下の相手は、素直で、誤魔化したりしない。
肩の力が抜ける。
本当に素直になるべきなのは、己なのだと。
泉は「正解だ」と笑ってから、改めて口を開いた。
「……お前、俺に噛んでほしいんだろ?」
「うん……」
「じゃあ、他の誰にも噛ませるんじゃねぇぞ」
「──は?」
「『は?』じゃねぇよ」
「だって」
「『だって』でもねぇんだよ」
「……」
「おい、黙るな」
ちらりと横を見る。
そこには、顔を真っ赤にして泣きそうになっている神楽がいた。
「……」
そうこうしているうちに、カーナビは目的地の公園に到着したと告げて案内を終了させた。
小さな街灯しかない、薄暗い公園。
ハザードランプを焚いて、静かにブレーキをかけた。
隣では、神楽が黙って涙を零していた。
「なんで泣いてんだよ」
「ほ、ほんとに、いいのかと、思って……」
「お前こそいいのか? 卒業したら専学行くんだろ? 専学行ったら、可愛い女の子もいい男もうじゃうじゃいるぞ」
「……先生がいい」
「ま、俺ぐらいいい男はいねぇだろうけど」
「……」
「おい、ツッコめよ」
「……自惚れてんじゃねぇよ」
「言えんじゃねーか」
甘い匂いが鼻腔を擽る。
「……」
収まったと思った衝動に突き動かされて。
神楽の肩を引き寄せ。
触れるだけの口吻けを。
「……絶対に守れよ」
「……」
静かに頷く神楽から手を放すのは、思った以上に堪えた。
(この罪は一生モンだな)




