第6話 選択
進化の塔の最深部。
沈黙。
マルコが消えた空間に、何も残っていない。
ただ“結果”だけが、そこにある。
ドクン……
ドクン……
塔の鼓動が、わずかに速くなる。
老婆が口を開く。
「さあ、選べ」
その言葉は命令でも、強制でもない。
だが、逃げ場がない。
美和が、ゆっくりと顔を上げる。
「……私が……?」
老婆は頷く。
「お前だ」
「ここに残るか」
「拒むか」
その瞬間、空間が歪む。
壁の“血管”が光り始める。
流れる光が、一点に集まり映像が、浮かび上がる。
慎吾と彩花が息を呑む。
「……なんだよ……これ……」
それは“外のもと居た世界”。
海。
荒れ狂っている。
いや“暴れている”。
巨大な影が水面を割る。
船が、持ち上げられる。
次の瞬間消える。
黒い影に、飲み込まれる。
都市。
人が走る叫ぶ。
車が放置される。
ビルの窓が割れる。
空を見上げる人々。
その上を巨大な影が横切る。
黒い翼。
だが、鳥ではない。
もっと異様な“何か”。
異形。
飛行機が引き裂かれる。
炎。
墜落。
さらに。
地上。
巨大な昆虫。
異形の獣。
街を蹂躙する。
人間は逃げることしかできない。
慎吾が呟く。
「……嘘だろ……」
まるで“世界が壊れている”。
彩花が、呟く。
「……侵食……」
声が震える。
「……もう……始まってる……」
映像が次々と切り替わる。
森で巨大化した生物。
都市を踏み潰す影。
海岸に打ち上げられる異形の死骸。
そして人が逃げる。
叫ぶ。
祈る。
だが止まらない。
老婆が、静かに言う。
「この島の封印は、もう限界だ」
「進化は、島の外へと溢れ始めている」
美和の瞳が揺れる。
「……そんな……」
慎吾が叫ぶ。
「止めろよ!!」
「なんとかしろよ!!」
老婆は首を振る。
「できぬ」
「だから選ぶのだ」
冷たい。
あまりにも冷たい現実。
彩花が歯を食いしばる。
「……理屈は分かる……」
「でも……これは……」
言葉が続かない。
理論では整理できない。
これは“世界そのもの”の問題。
慎吾が、拳を握る。
震えている。
怒り。
恐怖。
無力。
すべてが混ざる。
「……ふざけんなよ……」
顔を上げる。
美和を見る。
見えない壁の向こう。
手を伸ばす。
届かない。
「……なんでお前なんだよ……」
声が、掠れる。
「なんで……お前が……」
美和は、答えない。
ただ、映像を見る。
世界が壊れていく様を。
人が死んでいく様を。
逃げることもできずに。
その時。
老婆が、最後の条件を告げる。
「残れば」
「この島は異世界へと沈む」
「急激な進化は封じられる」
一拍。
そして。
「拒めば」
映像が、さらに激しくなる。
都市が崩れる。
海が割れる。
空が裂ける。
「世界は崩壊する。人間は生き残れぬ」
完全な沈黙。
選択肢は、二つ。
残る=自分が犠牲
拒む=世界が終わる
そのどちらも“正しい”。
そのどちらも“間違っている”。
彩花が、かすれた声で言う。
「……もう止まらない……」
理論の限界。
分析の限界。
ここには、答えがない。
慎吾の呼吸が荒くなる。
「……美和……」
手を伸ばす。
届かないと分かっていても。
それでも
「……選ぶな……」
震える声。
「そんなの……選ぶな……」
だが、その言葉は。
もう、届かない場所にある。
進化の塔の鼓動が強くなる。
ドクン……ドクン……ドクン……
まるで“決断”を待っている。
世界のすべて運命が
たった一人の少女に押し付けられる。




