第4話 老婆
進化の塔の最深部。
そこは“静止”していた。
今までのような脈動はない。
血管のような管も、ここでは動きを止めている。
まるで。
“心臓の中心”だけが、静かに待っているように。
慎吾たちは足を止める。
円形の空間。
中央。
ただ一つ。
椅子。
そして
そこに、“座っている”。
白い髪。
干からびた皮膚。
骨のように細い手。
だが目だけが、生きている。
異様なほどに鋭く。
濁っていない。
老婆が、ゆっくりと顔を上げる。
「……来たか」
その声は、かすれているのに。
はっきりと、響いた。
美和の体が、わずかに震える。
「……この声……何度も聴いてる」
慎吾が一歩前に出る。
「誰だ……お前……」
老婆は答えない。
ただ
じっと、美和を見る。
そして指を、ゆっくりと持ち上げる。
まっすぐに彼女を指す。
「……次の器」
空気が、凍る。
彩花の表情が強張る。
「……器……?」
美和は動けない。
逃げることも、否定することもできない。
ただ、見られている。
“選ばれている”。
老婆が、微かに笑う。
「ようやく来た……」
「長かった……長すぎた……」
慎吾が叫ぶ。
「ふざけんな!!」
「何言ってんだよ!!」
老婆の視線が、初めて慎吾へ向く。
その瞬間。
“重さ”が変わる。
圧。
空間そのものが押し潰してくるような感覚。
「……うるさい」
一言。
それだけで。
慎吾の体が、膝をつく。
「っ……!!」
呼吸が止まる。
動けない。
見えない何かに、押さえつけられている。
彩花が叫ぶ。
「慎吾!!」
だが近づけない。
見えない壁ができて触れられない。
老婆が、再び美和を見る。
「お前は、ここに残る」
「そして――」
ゆっくりと。
言い切る。
「この塔の守護者となるのだ」
美和の瞳が揺れる。
「……守護者……?」
老婆は頷く。
「進化を閉じ込める役目」
「世界を壊さぬための“蓋”だ」
彩花が歯を食いしばる。
「……そんなの……人間がやることじゃない……」
老婆が、静かに笑う。
「人間がやったことだ」
その言葉に、空気が歪む。
「すべては、人間が始めた」
「だから人間が責任をとらねばならぬ」
沈黙。
その時。
慎吾が、必死に顔を上げる。
「……なんで……美和なんだよ……」
老婆は答える。
迷いなく。
「適合したからだ」
一拍。
そして“もう一つの真実”を落とす。
「お前たちの乗っていた鉄の鳥」
「――あれは、偶然ではない」
空気が凍る。
彩花が、理解する。
「……まさか……」
老婆は、美和を指さしたまま言う。
「お前を、ここへ運ぶためだ」
完全な沈黙。
慎吾の目が見開かれる。
「……は?」
「……ふざけんな……」
震える声。
「ふざけんなよ……!!」
怒り。
恐怖。
否定。
すべてが混ざる。
「じゃあ……あれは……」
「みんな……死んだのは……」
老婆は、平然と言う。
「必要だった。ここへ彼女を連れてくるために」
その一言で。
世界が壊れる。
慎吾が叫ぶ。
「ふざけんなああああああああああ!!」
立ち上がる。
無理やり体を動かす。
血が滲む。
だが止まらない。
「そんな理由で……!」
「大勢の人を……殺したのか!!」
一歩。
踏み出す。
だが。
届かない。
見えない壁に弾かれる。
ドンッ!!
床に叩きつけられる。
「っ……!!」
老婆は、感情を動かさない。
ただ事実を述べる。
「世界を守るためだ」
「お前たち一人一人の命より、重い」
彩花が、震える声で言う。
「……そんな選択……誰が決めたの……」
老婆は答える。
「人間だ」
沈黙。
その言葉が、すべてを終わらせる。
美和が、静かに口を開く。
「……私が……やるの……?」
老婆が、ゆっくり頷く。
「お前しかいない」
「お前は、この島と繋がっている」
「声を聞ける」
「この島に拒絶されない」
そして。
最後の言葉。
「だから選ばれた」
美和の目に、涙が浮かぶ。
だが崩れない。
逃げない。
ただ、受け止める。
慎吾が叫ぶ。
「やめろ……!!」
「そんなの……選ぶな……!!」
美和が、振り向く。
静かに。
優しく。
いつもの笑顔に、少しだけ似ている。
「……慎吾」
その一言が。
すべてを壊す。
塔が、脈打つ。
ドクン……ドクン……
まるで“次の守護者”を迎える準備が、始まったかのように。




