57. 番外編 夢の終わり 終わりの夢 ①
意識が溶けていく。自分の存在が終わるのをヴェルスは感じる。だが、ヴェルスは不思議と恐怖を感じなかった。
(漸く、終われる……)
長い、本当に長い時を生きた。せめてサクラ様の身体だけでもと研究を重ねた。
やがて時が経ち、『サクラ』様と同じ名を冠する〝聖女〟が同じ王族から産まれ、共に居た仲間である〝勇者〟も〝聖騎士〟も離れて行った。
利用し尽くされた『サクラ』様。それなのに、死んでも尚『サクラ』様を利用しようとする何一つ変わらないこの国と王侯貴族共に堪忍袋の緒が切れた。
そして聖戦に挑み――負けた。
見捨てたはずの〝勇者〟と〝聖騎士〟が駆けつけ、挙句特に際立った力のないはずの〝聖騎士〟に仕留められた。
だが――悔しくはない。納得出来た敗因だからか……もう生きることに疲れたのか。
きっと……両方なのだろう。どれほど足掻いて藻掻いても、決して望みが叶うことはない。
(嗚呼、だけど――)
もしも、もしも願いが叶うならば――。
♰ ♰ ♰
(これで、仕舞いか……)
【ヴェルス】もまた訪れる終わりにしかし感情が沸き立つこともなく粛々と受け止めていた。
漸く来た、終わり。思っていた終わりではない。きっと、自分は何か突発性のどうしようもない怒りから来る激情に駆られて自分の産まれた国であるプロスペリタース国に復讐を挑み、成功すればこの国と共に滅びようとしただろうし、逆に返り討ちにされればそれで終わりだ。
何も残すことが出来ない人生……だった。
(だが……こんな終わり方になるとはな……)
皮肉だと苦笑する。誰にも求められず何も成し遂げられなかった自分。その代わりに子孫である『サクラ』様と同じ名を冠した女とその結婚相手がこのプロスペリタース国を変えた。誰かに、力ある者に依存するしかない国民を変え、自分達で成し遂げさせることを教えた。
自分は――何も出来なかったし、しようともしなかった。ただ、恨むことしか――恨むしか、なかった。
そんな自分が、『サクラ』様と同じ名を冠する子孫に――この国に利用し尽くされた彼女と同じ名を冠する子孫である女の為に、命を使おうとするとは……思わなかった。
(祈りは……願いは……夢見神ソーニョに、届いただろうか?)
自分の命を対価とし、元聖剣の力を使いその祈りが本物ならばと――夢見神ソーニョの下へと祈りを届かせた。
これで何かが変わったのだろうか? それともやはり、何も成し遂げられなかったのだろうか?
最期だというのに自分の命を賭した願いすらも、どこか他人事で。
あのサクラと〝聖騎士〟アルバス、そしてユミルと〝勇者〟レイクリウスの子供達が笑い語り合う姿が脳裏を過る。
誰も犠牲にならない世界。誰かに依存しない国。自分の求めたモノ。
せめて、自分もサクラやアルバスのように何かを成し遂げられたらいいなと思う。
(嗚呼……でも、だけど。それでも……)
もしも、自分の願いが叶うのならば――。
「ヴェルス様」
唐突に、二人のヴェルスそれぞれの名を告げられる。
目を見開く。聞き知った声。忘れる筈の無い響き。
その人の為に、一生を捧げた最愛の女性の声音。
もう一度。たった一度でいいから――その口で名を唱えて欲しかった。
呼ばれたヴェルスは目を開け、振り返る。そして――
(嗚呼……)
同じ、だった。
記憶にあるその姿。変わらぬ声に瞳、表情、仕草さえも。
その全てが――愛おしく……自然と唇が動く。
「「『サクラ』様……!」」
ヴェルスと【ヴェルス】、それぞれが最愛の人の名を呟き、そっとその人に手を差し伸べ、そして――。
………………
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………………………………………………
◇ ◇ ◇
「よっと」
ザッと音を立てて、地面に剣が突き刺さる。レイクリウスがパッパッと汚れた手を軽く掃う。
黒色の剣。ヴェルスが使っていた、魔剣にして元聖剣。
何故かサクラの執務室に何時の間にか置いてあったそれ。間近で見たレイクリウスの記憶とも合致したソレは暫く研究した後、もう力は残っておらずただのガラクタ同然と分かり、サクラの嘆願により〝聖女〟サクラが眠るとされる墓石代わりのちょうど満開の花を咲かせる桜の樹の近くに墓標代わりに突き立てられることとなった。
「「「「………………」」」」
並んで黙禱し、冥福を祈る。
国を捨て、王太子であることを捨て、共に戦った友すらもその手にかけてまで最愛の人を護り救おうとした嘗ての英雄。
その願いは――『サクラ』様に会いたいという願いは、叶ったのだろうか?
そうであれば良いと四人は思う。
「伝説にある聖女『サクラ』様は……確か婚約者が元居た世界にいらっしゃったんですよね?」
「そう伝え聞いておる。婚約者や家族がいるから、英雄になんて興味ないから早く家に戻して欲しいと言ったが聞き入れてもらえず……初代勇者と共に邪竜と戦い、勝利しても政治的な背景から元居た世界に帰還するのを先延ばしにされ……結果謀殺されたと聞く」
「酷い……」
アルバスの問いにサクラが答える。その内容に思わずユミルが眉をしかめて言葉を漏らす。
「けど……ヴェルスは結局、初代聖女のサクラとは……結ばれなかったってことか。慕いはするけど、その想いは叶わなかった……と」
ジッと古びた黒い剣を見ながらレイクリウスが呟く。
「そうなるかの」
頷くサクラ。結局、ヴェルスの生前の祈りも願いも叶わなかった。愛した人には既に想い人がおり、せめてこの世界に居るまでは守ろうと決意しながらもその決意は仲間であるはずの臣下達に裏切られた。
初代聖女『サクラ』だけではない。結局初代勇者ヴェルスの人生もまた、この国に利用し尽くされ、使い潰された。
だけど……いや、だからこそ、
「ヴェルスの願い……初代聖女『サクラ』様に会いたいという願いは、叶ったらいいですね」
アルバスの心からの願いに一同は「うん」と頷く。
「そう、ね。会って……それで想いを遂げられたら……いいわね」
風で靡く髪を抑えながら、ユミルが笑って同意する。
(私とレイは折角の二度目の機会なんだからと、同じ人と一緒にならなければいけないとは考えなかった。
でも……ヴェルス様は同じ人を好きになって、今度こそ想いを遂げられる……そんな人生もありだと思う)
人の悩みに悩んだ末の決断。後からならいくらでも言うことは出来る。けれど……それはただの後出しでしかない。
どんな答えを出そうとも、いかなる選択肢を選ぼうとも、自分が後悔せず納得出来る選択肢が出来ればいいと思う。
「……夢見神ソーニョ様なら……その願いを叶えてくれるかもしれんの」
「だと、いいな」
夢見神の神官にして〝聖女〟の名を取るまでの力を身に着けたサクラの言葉にレイクリウスもまた首肯する。
ザァアアアアアアアアアアア……。
風が吹く。同時に散る、桜の花。薄っすらと紅い桜の花が散っていき、花弁がまるで罪を清めるかのように剣へと降り注ぐ。
「……行こうか」
誰が、言ったのか。その言葉を皮切りに踵を返して立ち去る四人。
最後にアルバスはふと立ち止まり、墓標代わりに突き刺さる黒い元聖剣を今一度振り返り見つめ……微笑を浮かべて、呟く。
「頑張って……またこの国を、変えてみせますね。
もう二度と貴方や貴方の愛した人が犠牲にならないように」
………………
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