56. 番外編 夢と現実の夢現
初代聖女サクラ。その末路は……。
覚えていない大切なこと。大切だったのに思い出せない記憶。
だけど――朧げだけど心の奥底に在る想いは決して消えることは無く。
ただ一つ。たった一つの願いが自分を突き動かす。
願わくば、もう会えない名も知らない〝貴方〟に――会いたい。
(思い出せない。けど……大切なことを忘れている……気がする)
ただの村娘でしかない桜は、昔眠ったまま暫く目覚めなかったことがある。数日間は寝たまま目覚めず、もう目を開けることはないんじゃないかと囁かれて両親が泣き崩れた頃に唐突に何事もなかったかのように目が覚めた……らしい。
自分の感覚では普通に寝て起きただけなのだが……何故かその時物凄い罪悪感と悲しいという感情に襲われた。
婚約者が目が覚めない間お見舞いに何度も来てくれたと聞き申し訳なく思ってしまった。
目覚めた時親も婚約者にも泣かれて何が何だか分からなく……話を聞いて漸く自分が何日も昏睡していたのだと知らされた。
医者に診てもらい暫く滋養を取れば、昏睡する前の生活に難なく戻れた。
人生において「そんなこともあったねー」と言える程度の出来事でしかない。
そのはずだった。
「近くで博覧会が催されるとか。古い発掘品や過去に使われた刀剣類が展示されているそうです。一緒に行きませんか?」
婚約者に言われ行事なんてそうはない田舎に住んでいたので二つ返事で了承した。
「あらあら。デートねえ」
クスクスと母に茶化されたが、事実その通りなので一緒に衣装を見て貰った。
「しっかりね。あんないい家柄の方に見初められるなんて普通ないことなんだから! ちゃんと物にしなさいよ!」
「うん、分かってる」
母に念を押されてもその通りなので頷くしかない。
そして当日、婚約者と一緒に博覧会を見て回った。
(わ……凄いな……)
博覧会の中身もだが、見て回る人もすごい。国が海外との外交を大々的に始め、年号も変わり人々の服も洋装という海外の衣服が多くなった。
一気に文明開化が広がり生活がドンドンと激変していく。
「桜様、博覧会はどうですか? 楽しんで頂けているなら良いのですが」
「ぁ……勿論です! 普段見れないものが見れて大満足です!」
博覧会だけあって様々なものが展示されている。その中身に圧倒されていた桜は慌てて婚約者に頭を下げる。
「それは良かった」
笑う婚約者と共に見て回る。絵画に骨董品、宝石をあしらった装飾品に甲冑の類まである。そして、
「……?」
ふと、桜はとある展示品の前で立ち止まる。
「これは……」
置かれているのは、古びた諸刃の剣。実際に西洋で使われたものを保管し今回博覧会に出展したらしい。
朽ちた剣。黒ずみ錆びて所々かけた剣。何時かの時代、誰とも知らない戦士と共に戦った相棒。
(嗚呼……)
唐突に桜は思い出す。厳密には誰と何をしたかを思い出した訳ではない。しかし――そう、確かにあった。
展示されている剣に似た剣を持つ、名も思い出せない誰かが居たこと。
誰かが自分の為に必死になってくれたこと。
待ってくれている人がいるから――一緒にはなれないと伝えたこと。
(思い出せない――けど、覚えてる。
私の為に、ずっとずっと……頑張ってくれていたこと。
最後……どうしてか、泣いていたこと)
そっと桜は自分の鞄からお守り袋を取り出す。朱色の神社等に売っているお守り。その中には、小さな……指の爪程度の大きさの黒い金属の欠片。
長い昏睡状態から目覚めた際、何故か自分の右手に握られていたモノ。
(きっと……これは、その人の……モノ……)
良く分からず、捨ててしまおうかとも思った。だけど、何故か捨てれず……こうして今も持ち歩いている。
「? 桜様?」
婚約者がこちらを見つめる。
「どうか、されましたか?」
「え……?」
言われて、気付いた。頬にうっすらと零れる――涙。
「あ、やだ……す、少し待って下さいね……!」
慌ててハンカチで涙をぬぐう。悲しみから呼吸が乱れるのを必死に止める。
「すみません、ちょっと……思い出した、人が居て……」
「人……ですか?」
問いかける婚約者に微笑み返す。
「はい。もう……名前も顔も思い出せないんですけど……昔、大切な人が居て……その人のことを思い出してしまって……」
言葉を放った後、気付く。
「あ、す、すいません! 一緒に居る時にこんな話をしてしまって……!」
「いえ、良いんですよ」
そっと笑いかけ、涙をぬぐった後の頬に婚約者が指をかける。
「きっと……桜様にとって、美しく大切な思い出なのでしょうね」
「っそう、ですね……よく思い出せないけど……きっと……大切な、思い出なんだと思います」
笑い合う二人。婚約者がポツリと呟く。
「少し、妬けますね」
「あ、いや、そんなつもりじゃ……」
「あはは。良いんですよ。桜様」
そっと婚約者はサクラの手をそっと掴み……甲に口付けを行う。
「来世はその方とくっ付いて構わないので……せめて今世は私と一緒になってくれれば」
「え、あ……」
顔を真っ赤にする桜に婚約者は続ける。
「貴女と初めて会った時、初めて会った気がしませんでした。貴女が私の運命の方に思えてなりませんでした。
せめて、私の命尽きるまで――私と一緒に居て下さい」
婚約者の言葉に、桜は頷き返した。
「はい……真様……」
婚約者の名を言の葉にした桜。そのまま二人はその場を後にする。
ふと振り返り、桜は呟く。
「また、ね」
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