53. 断章 遺された者達 ③
【断章 遺された者達 ②】の直後のお話なので読み返しておくと流れが分かりやすいと思います。
ユーテル → ユミルとレイクリウスの子供
エアフィム → アルバスとサクラの養子
教会の屋根に影が佇む。
漆黒のフード付きのマントを纏う影はパサリとフードを取る。黒髪に紅の瞳が露になる。
名はヴェルス。プロスペリタース国の初代勇者……だった男。
今は――最早抜け殻となった男。
ヴェルスの眼下に広がるは自分の産まれた時代よりも幾星霜超えた先の母国の〝現在〟。
誰もが笑い、助け合い、そして――自分以外の誰かの為に泣いて祈りを捧げる。
ヴェルスが、求めた姿がそこにはあった。
「サクラ様……」
嘗て、自分が勇者にして王太子だった時は――こんな姿はなかった。
自分のことしか見ず、欲望のまま英雄を求めてそれに縋り、そして役立たずとなれば簡単に捨てる。そんな連中の巣窟だった。
だが、時を超えて――この国は変わった。変えたのは、自分ではない。
そう、変えたのは――。
「……嘗て、英雄に縋った者共が、今度は英雄達の救いを求めるか」
皮肉だと、ヴェルスは滑稽に思う。
だが――同時に不思議とそれでいいとも思える。
そう思えるようになるくらいには――ヴェルスはこのプロスペリタース国の変化を認めていた。
「〝聖女〟サクラ、〝聖騎士〟アルバス」
ふっと自嘲の笑みが零れる。
自分には出来なかったことを、この二人は成し遂げた。
国民の意識を変え、真実を明らかにし、嘗ての己が先祖の悪行と神官達の罪過を遍く広めた。それが自分達にどれだけ不利になることであろうとも。
自分には、出来なかったことだ。
「俺には出来なかった。いや、しなかった。
もうずっとずっと前のことだから……詳しくは覚えていない、が……俺は勇者であるが王族だった。王太子だった。その為に、この国の犯した罪を明らかにするのを止めた」
目を伏せるヴェルス。
そう――国の犯した罪。異世界より召喚された聖女『サクラ』の暗殺とその隠蔽。それを明らかにすることはこのプロスペリタース国も根幹を揺らがす行為だ。
それは当時のヴェルスにも分かっていた。分かっていたからこそ――その真実を明らかにすることをせず、秘匿するのを吉とした。
国を出奔しながらも、王太子という立場を捨てながらも、聖女『サクラ』の為に全てを捧げる決意をしながらも。
王族として、国の聖女『サクラ』の死の真相の隠蔽に――ヴェルスもまた少なからず賛同したのだ。
「俺には――全ての真実を伝えることも、出来た……と思う」
告解と懺悔を、誰にともなくヴェルスは呟く。
「プロスペリタース国の罪を明らかにすることも、愚かな夢見神ソーニョを信奉する神官達の世俗に塗れた欲を白日の下に晒すことも、聖女『サクラ』様の最後の願いを伝えることも、出来た……はずだった」
『私、お家に帰れないの?』
息を引き取る刹那、『サクラ』様の呟いた言葉が今尚色褪せることなく心に突き刺さる。
「国が荒れることは嫌だった。だが――それは言い訳だ。結局、俺は全て中途半端だった。
王族としても、王太子としても、勇者としても、ただの――人としても」
国を恨んでも恨み切れず、『サクラ』様を護ろうとしても護り切れず、復讐に身を焦がしても成し遂げようとせず、挙句せめてと彼女の肉体だけでも返せないかと研究を続けてもそれも叶わなかった。
何も出来ない、成し遂げられない、役立たずの元勇者。
だけど。
「本当に、この国の人間が変わったなら……その祈りが本当のものなら……」
刀身を下にし、漆黒の剣を片手で握る。嘗て聖剣だったもの。今は最早聖剣なのか魔剣なのかも分からない。本来ならとっくに潰えたはずの自分の命を、無理矢理延ばしてくれた剣。
それが、
「その祈りが真なるものならば――きっと神にも届くだろう。例え――」
音もなく――消えていく。
「――俺の存在と引き換えであろうとも」
剣と共に――ヴェルスの肉体も光の粒子となって足元から消えていく。
はらはら、はらはら
まるで葬送の儀式のそうに、淡く輝く光の欠片達が空を舞う。雪のように、或いは花弁のように。全ての罪を赦すかのように光の欠片が流れ落ちていく。
自分の存在が消えていく。恐怖はない。後悔もない。あるのはただ、安堵のみ。
「漸く……終われる……」
聖女『サクラ』の死を切っ掛けにあらゆる選択肢から眼を逸らし、ただ恨みを募らせ、無駄に時を過ごして来た自分。
それが――遂に終わりの時を迎えることが出来た。
「もしも――〝聖騎士〟アルバスがこの国から離れたならば……俺はこの国を壊そうと……いや、試そうとするだろう」
何も変わらないからと。変わっていないのならば、聖女『サクラ』様と同じように犠牲を吉とするなら、誰かに頼り切りになったままだったなら――自分は立ち、全てを灰燼に帰そうとするだろう。
だけど。
「きっと――俺とは違う、俺には出来なかったことを成し遂げた奴等なら……大丈夫だろう」
ふっと微笑む。皮肉気で、けれどもどこか温かな笑み。
そう、自分には出来なかったことを成し遂げたこの時代の英雄達。彼等なら、敵対することを選んだ自分すらも打ち破ってみせるだろう。
矛盾しているとも、皮肉だとも言えるだろう。〝もしも〟過去に英雄達が戻ったならば、自分と敵対する。そう思いながらも彼等に協力する自分。
けれども――それでいいと思えた。いや、それこそが自分の望みなのだろう。
「この国が変わったと、英雄に頼らなくても良くなったと。そう思えるように、そう確信して逝けるように――俺を倒して欲しい」
そう呟き――ふっと自嘲の笑みを浮かべる。
「迷惑な、話だろうがな」
空を見上げる。薄闇が広がる空。宵の時、薄い蒼と暗闇が広がり星々が幾つか見える昊。
目を瞑り――最期に、最愛の人を思い浮かべる。
「『サクラ』……さ……ま……」
その吐息と共に――元勇者ヴェルスは消え失せた。
何も残らず、まるで自分が最初から居なかったかのように――虚空へと溶け消えた。
………………
………………………………
………………………………………………
「……?」
「何だろ……?」
教会の中に居たユーテルとエアフィム。教会の外がざわついていることに気付き顔を見合わせ、何事かと二人して外に出る。
「わ、あ……」
「これは……」
教会の外の人だかり。皆が一斉に教会を見上げていることに気付き、自分達もひっそりとその輪の中に入り空を見上げると。
「奇麗……」
きらきら、きらきら。
光の欠片が降り注ぐ。幾つも幾つも。花弁のように落ちていく光の欠片。恐らくは魔力の塊、何某かの魔術の残滓だろう、それ。無数の輝く欠片達が教会の上から都中に降り注ぎ、幻想的な風景となる。
まるで何かへの懺悔のように。或いは死んだ者への鎮魂の祈りのように。
幾つも幾つも振り注ぐ光の欠片は地面と墜ちる前に溶け消え、淡い輝きを放っては散っていく。
そうして――一瞬の奇跡は終わる。
輝きは終わり、夜の帳が降りる。薄闇の空、宵の刻。
人々は見届けると「あれはなんだったんだろう?」と困惑しながらも各々散っていく。
ユーテルとエアフィムもまた、足を止めていた人々が移動しその流れから自分達も教会を後にした。
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