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52. ループ編 ⑬ 告解

 王宮の一室。〝聖女〟サクラの執務室。

 月が煌々と照らす時刻。すでに人気はなく日付も変わった。


「ん……」


〝聖女〟サクラはゆっくりと瞼を開ける。どうやら執務室で仕事をしている中寝落ちしてしまった模様。

 ぼんやりと視線を彷徨わせると、執務室にあるソファーにはアルバスとレイクリウスが同じく横たわるかもたれ掛かったまま眠りこけ、官吏となったユミルもまた別の小さな丸テーブルに突っ伏すように椅子に座りながら深い眠りに陥っているのが見えた。

 嘗ても今も英雄と呼ばれた三人と一人。真夜中であろうともすべきこと、やるべきことが山の様に積み重なりこうして執務室で寝落ちすることも珍しくはなかった。


(眠い……)


 眠気に襲われ、そのまま再び寝てしまいそうになる。

 カクン、と首が傾き慌てて目を開けるサクラ。と、


(え……)


 一瞬、何がどうなっているのか分からなかった。


「………………」


 トン、と足音を立てることなく一人の白い見慣れぬ巫女装束を纏った女が部屋の中に居た。何処か憂いを帯びた少女はジッとアルバスとレイクリウスの二人を見つめていた。

 感情を押し殺したかのような無表情。無表情のまま、巫女はそのまま幾ばくかの時アルバスとレイクリウス横顔を見つめる。しかしその無表情には悲哀、慈愛、憐憫……幾重もの複雑な感情が押し込められ、それらが混ざり合い無表情になっているように感じられた。


(……ぁ)


 ドクン、とサクラの胸の鼓動が高鳴る。見慣れぬ白い巫女衣装の少女。しかし――〝聖女〟サクラは何故か彼女を知っていた。正確には、懐かしさや既視感を感じていた。ずっと、ずっと近くに居たかのよう。彼女とは初対面のはずで、おまけに夜中に無断で部屋に居るという可笑しさ。しかしサクラは彼女に全く警戒心が沸かない。

 と、


「……っ!」


 ふと巫女装束の少女が此方に気付き少し目を見開く。しかし、巫女は慌てることなく人差し指を口元に持っていき「しーっ」と沈黙のポーズを取る。

 困惑するサクラを尻目に、巫女はおずおずと怖がるかのようにアルバスの頭に手をゆっくりと持っていき……幾ばくかの逡巡の後そのままアルバスの頭を撫で、次いで今度は傍に居るレイクリウスの頭を撫でる

 寝たままの両者。そんな二人の頭を撫でる謎の巫女に、その巫女を声を上げず凝視するサクラ。

 奇妙な三角関係がほんの少しの間続き、


「皆……良く、頑張りましたね」


 やがて……ぽつりと巫女が口を開いた。


「本当に、良く……頑張りました。誰もが〝英雄〟に縋るこの国で、誰もがやってくれるのを当たり前とする中で……他の誰かではない自分達が成し遂げようとして……人の強さと正しさを垣間見ることが出来ました」


 そう言うと、巫女はふわりと笑いサクラの方を向き……近付き、同じように頭を撫でる。


「ぁ……」



 何か言おうとして――何も言えない。体も動かない。サクラはただ巫女装束の少女を見ることしか出来なかった。


「レイクリウス。〝勇者〟であることを求められ、それに応え、求められるままに力を振るい……一度はその肩書を捨てながらもよく戻ってくれました」


 一度はその役目から逃げた〝勇者〟レイクリウス。


「サクラ。〝聖女〟の位を授けられ、その地位によく在り続けました。〝勇者〟が居なくなろうとも……他の神官達から疎まれ、貴族達から煙たがられても尚〝聖女〟として〝国母〟として……よくこの国を導き抜きました」


 一度も逃げることなく、独りぼっちになろうともこの国の為に在り続けた〝聖女〟サクラ。


「そして――アルバス、ユミル。〝勇者〟でもなく〝聖女〟でもない只人でありながら……よくこの国に尽くしてくれました。

 他の誰もが……貴族も神官も兵士までもが〝英雄〟に縋りつく中、力持たざる身でありながらも救われる側ではなく救う側になろうと尽力したこと。

 その想いと行動があればこそ、この世界という奇跡は起き得なかった」


 クッとサクラの眼が見開き、次いでアルバスに視線を向けた。

 〝勇者〟や〝聖女〟のような特別な力はなく、神官達のような神の力を振るうことも出来ない。それでも尚〝聖騎士〟として〝英雄〟に数えられ〝勇者〟の後釜を成し遂げたアルバス。


「ごめんなさい。こうなったのは……私の責任ね」


 ポツリと、巫女の口から零れる懺悔。


「一度、たった一度……私を信仰してくれる神官達の〝声〟を聴いて……それに応えてしまったが為に、この狂いは起きてしまった」


 巫女はそっと瞼を閉じる。思い出すのは嘗ての惨劇。神官達の秘儀により自分に願いを伝え、それを叶えたが為に起きた少女と少年の間に起きた悲劇。


「本当なら……彼女はあんな風になるはずなかった。私が願いを叶えてしまったが為に、大勢の未来を捻じ曲げてしまった。

 それが重なり、連鎖し……今この時代にまで続く怨嗟となってしまった」


 ドロドロと大釜で煮込まれていく憎悪の感情。それは決して潰えることなく未来永劫消えない痕となってこの国に在り続ける――はずだった。


「私はただ……幸せにしたかった。私を信仰してくれる人々だから……その願いを叶えてあげたかった。

 なのに、結果誰もが不幸になった。一体どうしてかしらね?」


 たった一度。たった一度の過ちが癒えることのない悲劇と怨嗟の連鎖を引き起こし、今に至る呪いになってしまった。

 

「希望は絶望へと変わり、祈りは堕落へと堕ち、期待は依存へと成り果てた。

 〝勇者〟がその肩書を放棄するくらい……それほどまでに人は〝してもらう〟ことに慣れてしまった」


 一から十まで、〝英雄〟に縋りつくことが当たり前となってしまった人々。

 だけど。


「でも……貴方達は違ったのね」


 そう言って微笑みかける巫女。その視線の先には眠りこけるアルバスとユミル。


「ありがとう、アルバス。一度はその人生をこの国に捧げてくれた上……二度目ですらもあの子と同じ名前の少女を見捨てて置けないと駆けつけてくれて。

 そして――今度は自分もと、共に歩むことを決意してくれて礼を言います、ユミル。

 〝勇者〟でも〝聖女〟でもない只人。他の誰もが無理だと諦めて背を向け逃げる中、それでもと力になろうと駆けつけてくれて。

 特別でなくとも〝英雄〟になれると……思い出させてくれて」


 クッと目を見開くサクラ。国の為、自分の為にと自由を捨て不自由を選んでくれたアルバス。事情を知らない者達から「欲に目が眩んだ卑しい奴」と蔑まされた。だからこそ、今度は国ではなく自分の為に生きて欲しいと思い、彼を此処から――この国から、自由にした。

 なのに、他の誰しもが逃げる中……どれだけ辛い苦しい目に遭っても、駆けつけてくれた真の〝英雄〟。


「〝英雄〟に縋りつく……一体どうしてこの国はこうなってしまったのかしらね。

 私はただ、私を信仰してくれる人の願いを叶えて、平穏を取り戻して欲しかった。弱者を救い、虐げられる人々を護り、平和を築いて欲しかった。

 なのに、神官達はドンドンと欲に目が眩んで権力を欲し、逆に貴族達からは疎まれ憎悪され、民衆からは全て任せてしまおうと寄りかかられ……結果全てが台無しになり、忌まわしい慣習だけが残ってしまった。

 平和を取り戻すための願いと秘儀だったはずなのに、どうしてああなってしまったのかしらね?」


 まっすぐで、純真だったはずの願い。〝勇者〟独りでは不安だからと仲間を欲しただけのはずだった。なのに、何時の間にか欲望に塗れ、泥沼になり、遂には壊れて朽ちてしまった願い。

 その結果、〝勇者〟は臣下や仲間だった者達を手に駆けた挙句国を捨て去り、後に残ったのは誰かに頼ることを覚えて都合の良い〝英雄〟を求めるだけの民衆達。


「もう終わってもいいと思っていた。誰かに頼り切り、自らは何もせず、ただ都合の良い自分以外の誰かにやってもらうしか出来ない人々の国なんて……と。

 誰かに頼ることしか出来ない、自分達で立つことも歩くことも出来なくなった人々は遅かれ早かれ淘汰されるだろうって。

 でも……変われたのね」


 〝英雄〟に依存し尽くし、腐敗した国。けれども頑張り続けた者達もまた居た。人を教え、育て、導き、〝英雄〟からの脱却を成功させた。

 ふっと巫女はサクラに微笑みかける。


「ありがとう、私のたった一度の過ちによって出来た今日まで続く呪いを解いてくれて。

 だからこそ、あの子もそれに応えようと貴方達を今に戻してくれと祈ったのね。

 最も……それはあの子にとって皮肉な結末になるとあの子自身も分かっていたはずだけども」


 巫女はそっとサクラの頬に手を当て、告げる。


「あの子を――初代勇者ヴェルスを救ってくれてありがとう。

 きっとこの先も別の困難が待ち受けるかもしれないけど……そうね……きっと……」


 ふわりと、花の顔で微笑んだ。同時に微睡むサクラの視界と意識。

 ゆっくりと瞼が落ちるサクラの耳に巫女の声が最後に届く。




「きっと――愛があれば、想いが伝われば大丈夫」





 ………………

 ………………………………

 ………………………………………………




   ◇   ◇   ◇




「ん……」


 薄っすらと朝日が差し、サクラの瞼が開かれる。


「む、ぐう……」


 同じようにアルバスとレイクリウス、更にはユミルもソファーや椅子から起き上がる。


(いかん、結局寝落ちしてそのまま寝入ってしまった……)


 身体がバキバキになって節々が痛い。椅子から立ち上がり身体を動かして覚醒を促す。


「うう……今何時だ……?」

「書類……間に合うかな……」

「私、厨房かどっかから飲み物貰ってきますね……」


 レイクリウス、アルバス、ユミルもまたノロノロと起き上がってくる。普段の業務に事件の後始末が重なり、いくら若くなった身体と言えどもやはりハードな仕事は堪える。

 と、


「あ、れ?」


 急にアルバスの眉が吊り上がる。釣られて三人の視線が向けられる。


「? どうかした?」


 ユミルが問いかけるとアルバスは直接答えずにそっと机の上を指差し、一言。


「これ……どうしたの?」

「ん?」


 指差されたところには、


「――え?」


 黒い漆黒のボロボロの剣があった。


「これって……あの、ヴェルスが持ってた……」


 ヴェルスと刃を交わしたレイクリウスが記憶と照らし合わせ唸る。


「どうして……それが此処に……?」


 不審がる四人。

 サクラはもう微睡みながら会話した巫女とのやり取りを忘れてしまっていた。

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