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41. 断章 遺された者達②

ユーテル → ユミルとレイクリウスの子供


エアフィム → アルバスとサクラの養子

「父は――〝勇者〟という責務から、逃げました」


 淡々とユーテルは語る。


「それは……」

「それを悪いと、非難するつもりはありません。〝勇者〟としてあちこち転戦する苦労も、救えなかった人に責められる辛さも、私には分かりませんから」


 フォローしようとするエアフィムを遮り、ユーテルは続ける。


「父は――父のことは、それでいいんです。

 でも……だけど……」


 躊躇い……しかし、続ける。


「母は……どう、思っていたんでしょうか……?」

「………………」

「母は――私の母、ユミルは……どう思ってどんな風に感じていたんでしょうか?

 父のことを……〝聖騎士〟アルバス様のことを……そして……〝聖女〟サクラ様のことを……この国の、ことを……」


 呟き、俯くユーテル。

 そして――最も悩ましいことを、呟く。


「私の……こと、を……」

「ユーテル様……」


 母サクラから事情を聞いていたエアフィム。だからこそ、ユーテルの悩みが理解出来た。

 公開されたアルバスの日記、そしてなによりも何故サクラがアルバスの日記を、延いてはこのプロスペリタース国の過去初代勇者と異世界より召喚された聖女『サクラ』に関してその一切を公表した。

 全ての罪を真実を白日の下にさらし、もう二度と悲劇を繰り返してはならないと戒めた。

 その事実の中には――ぼかされてはいるものの、アルバスとユミルの婚約とその破棄に関しても例外ではない。

 それを確かめる為に――ユーテルはこの教会に来たのだ。

 そして、思ったことは一つ。




「私は――産まれて来て、良かったんでしょうか?」




 答えのない問いが、ユーテルの口から放たれた。


「………………」


 それを無言で聞き届けるエアフィム。


「私は、母ユミルと〝勇者〟レイクリウスとの間に産まれました。

 だけど……本当は、母は〝聖騎士〟アルバス様と婚約していて、徴兵されなければ……母は、そのままアルバス様と婚約していたはずだと……そう聞いていました」


 〝聖女〟サクラと母ユミル。〝聖騎士〟アルバスの死後母を訪ねて来たサクラ。その時語られた真実を、娘である自分も母の口から聞かされていた。


「母はサクラ様からアルバス様の真意を聞いて……それからほぼ毎日、父とアルバス様の墓を掃除してその後教会に祈りを捧げに行っていました」


 幾度も、幾度も。雨の日も猛暑の日も雪の日も、ずっと繰り返していた母。

 その姿を見て、どうしても湧き上がる疑念。


「母は――本当は、アルバス様と結婚したかったのではないでしょうか?

 ううん。本当は、そうあるはずだった。なのに父が、〝勇者〟の責務から逃げたせいでアルバス様は担ぎ出されたと。

 なら……だとすれば……」




「『産まれて来るべきではなかった』――そんな風に考えてしまいますか?」




「っ……!」


 エアフィムのそのものずばりの言葉に、心臓が飛び跳ねた。

 しかし、


「そう、ですね……そういった感じのことを遠回しに母、ユミルに問いかけたこともあります、けど……」


 どもりながら、ユーテルは続ける。


「母は……首を横に振って……『そうじゃない』と……言い続けてました」




   ◇   ◇   ◇





 何時だったか、ベッドで窓越しに外を眺めていた母に問いかけた。『父と結婚したことを後悔してるのか?』と。

 サクラ様と母との会話を聞かされ、それよりも前に母からアルバス様と婚約していたが破棄され――だけども父に見染められて結婚したと。だから父に感謝しているのだと、幼い私に言ってくれたことを思い出した。

 だけど――その前提が、全てひっくり返された。

 父が――レイクリウスが、〝勇者〟としての責務から逃げなければ――母は〝聖騎士〟アルバス様と結ばれたのではないか?

 アルバス様は母との婚約を破棄しなくて良かったのではないか?

 だとすれば――母ユミルと父レイクリウスとの間に産まれた自分は、本来産まれるべき存在ではないのではないか?

 感情を押し殺し、問いかけた自分に母は応えた。


『そうじゃない。そうじゃないのよ』


 首を横に振って笑って返した母。


『私は、レイクリウス様と出会えて、結婚して、貴女と出会えて……本当に幸せなの』


 そっと目を閉じ、続ける。


『〝でも〟ね。

 どうしても――思ってしまうの。私があの時どうしていれば良かったのか。どうするべきだったのか。

 別の選択をしていれば、別の幸せがあったんじゃないか。

 間違いじゃない。だけど、そうこれは――【未練】ね』




   ◇   ◇   ◇





「【未練】……ですか」

「はい。そう母は言っていました」


 語り合うエアフィムとユーテル。


「決して父との結婚を後悔はしていない。ただ、どうしても〝もしも〟を考えてしまうと……そのように母は言っていました」

「……少し、分かります。決して間違いではないけれど、別の選択肢をしていればどうなっていたか……たらればの話をしてもしょうがないと、分かっていても……そんな風に考えてしまうこと」


 互いに視線は合わせない。ユーテルは視線を床に落とし、エアフィムは聖堂の石像を注視し続ける。


「実は……父も、似たような話を生前していたんですよね」

「御父上……レイクリウス様が?」


 目を見開くエアフィム。あははと愛想笑いを浮かべてユーテルは続ける。


「『もしも自分が勇者で在り続けていたらどうなっていただろうか』……って。考えることがあったそうです」


 ふっと皮肉な、しかし同時に穏やかな笑みを浮かべるユーテル。


「馬鹿、ですよね。それが出来ていたら、きっとアルバス様も……こんな、やりたくもない責務をしなくても良かったのに」

「……どうでしょうね」


 実の父を責めるユーテルに、エアフィムは否定を口にする。


「レイクリウス様は、〝勇者〟として十分役割を果たしたと父と母は申しておりました。だからこそ〝勇者〟の肩書から自由になりたかったと。

 長い、長い間〝英雄〟の役割を果たし、その対価として十分に休めたからこそ……その言葉を言えたのでしょう。

 むしろ、レイクリウス様にそんな風に言えるくらい休養を与えることが出来て、父と母は嬉しいと……思うのではないでしょうか」

「………………」


 〝勇者〟の肩書から自由となり、その後戦への参戦要請を受けることはなかった父。本当に、穏やかな日々を送り……旅立った父レイクリウスを思い浮かべるユーテル。

 しかし――ユーテルの心の中の〝しこり〟が言葉を紡ぐ。


「その結果――アルバス様を犠牲にしても?」


 強烈な皮肉。しかし正鵠を射た発言。

 しかし、


「ええ。父は、それを嘆き恨む人ではありません」


 エアフィムは肯定する。それで良いと。


「そういう、人なんです。ユミル様のことも何度か……教えてくれたことがありました。

 『約束したのに、帰ることが出来なくて……守ることが出来なくて申し訳なかった』と。

 『レイクリウス様と一緒になって、幸せになれたなら良いんだけども』とも」

「……なんか、らしい台詞ですね」


 アルバスと直接会ったことは、ユーテルは無い。しかし、そう言われても納得することは出来た。母ユミルからの断片的に語られたアルバスの人物像とエアフィムや世間いパンで語られる彼の話、そして展示された日記等から容易に想像出来た。

 大切な人の為に、自分を犠牲にして恨まれても蔑まれても怒られても――その人を守ろうとしたアルバス。

 良いことばかりではないのも分かっている。何故言わなかったのかと、憤る気持ちもある。

 だが――最早全て後の祭りだ。


「別に――自分が産まれて来るべきではないって……悲観している訳じゃないんです」


 ポツリとユーテルは感情を漏らす。




「ただ、どうしても……意味がないと分かっていても――考えてしまうんです。

 アルバス様と母ユミルがくっ付いていたら、どうなっていたんだろう? って」




 恐らくは、この国の人が一度は思うであろう〝もしも〟のお話。


「〝たられば〟の話をしても仕方ない。分かっていても、自分でも意味がないと思っていても……考えてしまって」


 〝聖騎士〟と謳われたアルバス。その後悔の想いが綴られた日記。

 そして、母ユミルの慟哭と苦悩の最期。

 それら二つが合わさり、ユミルの娘であるユーテルの中にどうしようもない激情が沸き立つ。


「アルバス様は――この国に殺され、利用し尽くされた気がしてならなくて。

 でも、だからこそ……もしも、次があるのなら――」


 虚空を見上げ、最後の祈りを捧げる。


「幸せに、なって欲しい」


 今度こそ、誰かの為じゃない。自分の幸せの為に、動いて欲しい。幸せを追求して欲しい。

 そんな、元婚約者ユーテルの祈りを黙って傍で聞く同じく元婚約者の養子のエアフィムは、


「そう……ですね」


 肯定する。


「父は、自分のことは二の次でしたから。

 ユミル様のことも、婚約していたのに自分の都合で破棄してしまったから申し訳ないって……常々言っていました」

「……暗殺者、差し向けられる寸前だったんですよね。サクラ様が気付いて未然に防いだけど……それなかったら私此処に居なかったんですね……あー怖」


 はははと空笑いするユーテル。


「……それは、笑えることなんでしょうか?」


 徐々に徐々に首を傾けるエアフィム。


「あははは。でもアルバス様、母さんとの婚約破棄気にしてくれてたんですね。母さんは『婚約破棄のおかげでレイと結ばれたの』って小さい頃は言っていたのに」


 そう返した後「まあ……」と突如表情が曇り、続ける。


「サクラ様から真実を教えて貰った後は一度も口にしたことありませんでしたけど」

「……そう、ですか」


 後悔先に立たず、とはよく言ったもので。後悔は先に立ってくれない。取り戻せない。戻ることは出来ない。

 それでも、否だからこそ――思ってしまう。




「全ての、真実を知った上でなら――母はどんな選択をしたでしょうか」




 ユーテルはポツリと呟いた。

 誰かが貧乏くじを引かなければいけない世界。英雄に頼り切った国民達。自分達の為に一から全部してくれる都合の良い誰かに縋る悪習。

 アルバスの生き筋を変えてしまったことをずっとずっと後悔していたサクラ。

 もしも、もしも〝次〟があったなら――


「幸せになって欲しいですね」

「……そうですね」


 二人は祈る。どうか、どうか四人に幸福あれ。安寧あれ。

 〝夢見神〟ソーニョよ。どうか――四人に慈悲を与え給え。





 ………………

 ………………………………

 ………………………………………………




「いいだろう。叶えよう、その〝願い〟」


 教会の屋根に佇む影が呟いた。

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