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40. ループ編 ③ 地獄のお茶会(元彼・今彼・彼女)

 王都から離れた街道沿いの小さな宿。主流の街道ではなく山岳地帯へ続く街道の為人の往来は少ない場所。故に訳ありの人も時おり来るのだろう。夜中にいきなりやって来て宿泊を急に申し込んでも、宿の主人は何も訊かずに部屋を用意してくれた。


「「「………………」」」


 用意された部屋の一室に集まった三人はテーブルに座るも無言を貫き、地獄のような空気が流れている。


「……お茶、用意しますね」


 ぼそりとアルバスが言って宿の人が持ってきてくれた温かいお茶の入ったティーポットをカップに注ぎ二人に渡す。


「……ありがとう」


 ユミルは感謝の言葉を述べカップを両手で包むように持って中のお茶に口をつける。カップから唇を離して受け皿に置くと覚悟が決まったのかアルバスの方を向いて口を開く。


「……アルバス」

「うん」

「……私、この世界二回目なの。たぶんサクラ様とアルバスもそうなんでしょ?」

「……うん」


 こくりと頷く。レイクリウスは相変わらず無言。


「……サクラ様がね、前の世界で……貴方が亡くなった後に日記の写しを持って来たの」

「ぶっ⁉」


 むせてゴホゴホとせき込むアルバス。しかし気にせずユミルは続ける。


「私が〝聖騎士〟アルバスと婚約していたから、だから暗殺されそうになったって、本当?」

「ユミっ」

「アルバスが村に戻るのを阻止する為に、私が邪魔だから……私がいなくなれば村に戻らないだろうって貴族の人が思って暗殺しそうになったのをサクラ様の部下が気付いて止めたって聞いたの。日記も見たの。それは事実?」

「そ……「俺が」っ!」


 突如レイクリウスが割って入る。


「俺が〝勇者〟を止めたから……だから代わりに〝聖騎士〟を手元に置こうと……それで彼女が暗殺されそうになって……それを守る為に俺がユミルの王都までの護衛を命じられたのか?」

「う……」

「私なら、レイの心を射止められると……そうなれば私はレイに守ってもらえるからと、劇のチケットを用意したり護衛に付かせたのもそういう狙いがあったから?」

「ぐ、む……」


 唸るしか出来ずに硬直するアルバス。しかし――二人の誤魔化しを許さない瞳に敗れ、力なく返す。


「……全部、事実……です」

「なんで⁉」


 ドン、とユミルがテーブルを叩く。


「なんでそんな勝手なことしたの⁉ なんで私に、レイクリウス様に言わなかったの⁉」

「それは……」

「ユミルの言う通りだ」


 レイクリウスもまたユミルに賛同する。


「何故俺に言わなかった? そうすれば、少なくとも俺は……国に……」

「……言えませんよ」



 ポツリとアルバスは苦笑し呟いた。


「言える訳ありませんよ。陛下の褒美を取らせるの発言で、〝自由〟を求めたレイクリウス様に……婚約者が暗殺されかけたので帰って来て下さいなんて」


 そう。言える訳がなかった。疲れ果て〝勇者〟を辞めたくなった彼に、邪竜討伐という一大任務を達成した褒美に自由を選んだレイクリウスに。そうまでして〝勇者〟を止めようとした人に。

 どうして国に戻ってくれと頼めるだろうか?


「だからせめて……せめてユミルの護衛を頼んだんです」

「……ついでに彼女とくっ付けようとしたのは?」

「……それは結果論です。くっ付いてくれたら、レイクリウス様の庇護下にユミルは置かれて、連中も暗殺は難しくなるし、そもそも辞めたとは言え〝勇者〟として聖剣を有するレイクリウス様に喧嘩を売る奴なんていないと思って」


 まあ、と続ける。


「劇のチケットを贈ったのも、くっ付いてくれたらという打算はありました、けど」

「どう、して……?」


 ユミルが震える声で問う。


「どうして、私とレイをくっ付けようとしたの……?」

「……僕では、君を守り切れない。だけど、聖剣を持つレイクリウス様なら……」

「私は!」


 怒りがユミルを駆り立てる。立ち上がり睨みつけながら大声で喚く。


「私は、何も知らなかった! アルバスが私のことを想っていたのも、私が暗殺さけかけたのも、お姫様の様に守られていたのも、後村に貴方がお金をちょくちょく村長経由で寄付していたのも!」

「あー……サクラ様、それもばらしたんですね。やだ、滅茶苦茶恥ずかしいな……」

「っ茶化さないで!」


 恥ずかしがるアルバスを一蹴するユミル。


「なんで、前の時、嘘なんか吐いて……!」

「嘘は吐いていないよ」


 否定するアルバス。


「君は前の時、婚約破棄に関して君は『それはサクラ様に関係している?』と尋ねた。サクラ様が僕を取り立ててくれたのが遠因だから嘘は吐かなくて良かったってあの時思ったもん」


 ほらね? 嘘は吐いてないでしょう、と笑うアルバス。


「……前の世界で、本当のことが言えなかった。それだけが本当に心残りだったんだ。それを言えて……良かった」

「っアルバス……」

「レイクリウス様。ユミルを頼みます。僕は朝一で王都に帰ります」

「帰るって、お前……!」


 ぎょっと顔色を変える二人。しかしアルバスは落ち着いて喋る。


「本当に、それだけが気がかりだったんです。それが出来た今、僕は王都に帰らないといけない」


 一瞬、口を閉じ……続ける。


「サクラ様を独りには出来ない」

「……なんで、過去に戻ったのか分からない。だが、二度目でも……サクラの下に戻るのか?」

「……はい」


 確認するレイクリウス。それに頷くアルバス。


「あの人は……絶対に弱い人を見捨てたりしない。いや、出来ない人だから」

「っ……」


 恋人、というよりも何処か親のような印象を受けるアルバスの表情に口ごもる二人。


「どんなに辛くても、悲しくても、弱っている人を助けずにはいられない人です。見捨てたり出来ない人です。

 そんな人だから…‥僕も見捨てたり出来ない」

「アル、バス……」


 ユミルと正面から向き合う。


「きっと僕はここで君を選んでも、サクラ様を見捨てたことを後悔して残りの人生を終えてしまう。そして僕だけではレイクリウス様の様に君を守りきれない。だから、前は君を突き放した。それが……君を守ることに繋がるから」

「ぁ……」

「僕は弱いから、サクラ様を知らない振りして見過ごせない。見過ごせるだけ強くない。だから、あの人を手伝いに行く。中途半端なのは十分承知しているけどね」


 弱いからこそ見過ごせない。無かったことに、見ていない振りは出来ない。自分は助けて欲しかった。だから自分も誰かを助ける。

 それが、アルバスという男だった。


「だから……君とはここで……お別、れ……」


 ポタリ。

 

「アルバス……」


 ポタリ、ポタリ。アルバスの瞳から大粒の涙が零れ流れていく。


「あ……ごめ……そんなつもりじゃ……」


 笑って誤魔化そうとし、しかし出来ずに涙が決壊する。


「ごめ、ごめん……」


 涙をぬぐい……立ち上がるとユミルに近付き……そっと抱きしめる。


「っアルバス……」

「ごめん! 君を傷付けた! 君を僕じゃ守り切れなかった! 僕じゃユミルを幸せには出来ないと勝手に思った! 君を、君との婚約を、破棄なんてしたくなかった!」


 だけど、と懐から押し花の栞を取り出す。


「僕は――もう、昔の僕じゃない。昔のままじゃ、いられない。

 この押し花をくれた少女は、亡くなった。つい先日まで生きて、僕に感謝して押し花をくれて……だけど、魔物に襲われて……呆気なく亡くなった。

 本当に……呆気なく……亡くなったんだ」


 嘗て――自分にあった、今尚忘れることが出来ないトラウマが脳裏を過る。

 

「二回目の人生でも――もう一度同じ人生を繰り返すことになっても――それでも、僕は忘れることが出来ない。

 あの悲しみを、絶望を、胸が抉られる痛みを、僕はもう二度と繰り返したくない」


 目を閉じ、天を仰ぎ……呟く。


「押し花をくれたあの娘の亡骸を見つけたあの日から――武器を傍に置いておかなければ、眠ることも出来なくなっていた。

 何時戦いになるか分からない。武器を傍に置いておかないと安心出来ない。魔物の襲撃に何時も何時も怯えていた。

 戦いの号令はもう鳴らない。分かっていても、頭で理解していても、それでも幻聴が聴こえて来る。

 そんな、そんな人生に……君を巻き込みたくなかった。

 真っ当な、それこそ幸せで平凡な人生を、君には送って欲しかった」


 思いの丈を吐き出す。それは混じりけのないアルバスの本音。


「ごめん……ごめん……ユミル……」

「……いいの。いいのよ……アルバス……」


 ユミルもまたアルバスを抱きしめ返す。同じように涙を流しながら。

 無言で時間が過ぎていく。終わりたくない。だが終わらないといけない。どうしようもない、袋小路のような世界。

 そこに、




「アルバス、ユミル」





 二人の名を呟く者。




「話が、ある」




 レイクリウスはそう言って二人を見た。それはアルバスが長年見て来た女王と同じ瞳だった。




 三人はその後忽然と消え、消息を完全に絶った。

 次回は番外編――アルバスとサクラの養子、そしてユミルとレイクリウスの子供の話になります。いよいよ物語もクライマックスです。最後までお付き合いください。ブクマや評価が励みになりますので、是非ともお願い致します。

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