4. ユミル編 ③ 〝レイ〟の正体
「今日の夕方には王都に到着出来ると思いますので」
「はい、分かりました」
朝食の後、キャンプ道具も調理器具も馬車に収納した二人が会話する。三日目ともなれば準備の支度も慣れてもの。ユミルは馬車に乗ろうとして……ふと立ち止まり〝レイ〟に振り返る。
「あの、〝レイ〟さん。この場所知っていますか?」
そう言ってユミルが差し出したのは、アルバスから送られた手紙と一緒に送られてきた宿の名前と住所が書かれ紙。
「ああ、知っている。が……これはこれは、かなりの高級宿だな」
「え、そうなんですか?」
驚くユミルに頷く〝レイ〟。
「ああ。貴族御用達の高級宿だな」
「貴族……」
複雑そうに顔を歪めるユミルに〝レイ〟が問いかける。
「? せっかくの高級宿なのに、行きたくないのかい?」
「え、あ……そういう、訳ではないんです……が……」
そう前置きした上で、
「……やっぱり、場違いな気がしてしまって……落ち着かないだろうなって……」
「ふむ……」
唇に指を当て、虚空を眺めて暫し逡巡した後、
「なら、俺の家に来ないか?」
「え?」
思わぬ提案に固まるユミル。
「家に部屋は余っているし、鍵も付いている。他の安宿に泊まるよりかは安全だと思う。それに、上からユミルの安全にはくれぐれも気を付けろって言われているから」
「え、あ……」
戸惑うユミルに〝レイ〟はうんうんと頷いて自己完結していく。
「それに、こうして曲がりなりにも一緒に旅した女性を独りで宿に泊まらせるのも不義理だし、パーティーのエスコートも任されているからな。うん、良い考えかもしれない。当然ユミルが良ければだけども」
「あ、いや……私は別に……というか〝レイ〟さんが私のエスコート⁉」
驚きの事実に混乱するユミル。
「あ、ああ。そうしろと頼まれていてな……知らなかったか?」
「い、いや、ただパーティーに来るよう手紙に書かれていただけで……」
「む。そうなのか」
首を傾げる〝レイ〟。
「なので、その……私みたいな平民の女が〝レイ〟さんの家に泊まっていいのか、と……迷惑なんじゃないかなって……」
戸惑いながら言うユミル。しかし〝レイ〟はふと苦笑し、
「今更だしな。第一ユミルのような可愛い女性を高級宿とはいえ独りにさせるのはいただけない」
「か、かわ!?」
思わず赤くなるユミル。
「あ、いや……すまない。女性に軽々しく可愛いなんて言うべきではなかったな」
慌てて謝る〝レイ〟。ポリポリと頭をかきつつ照れ笑いを浮かべる。
「ともかく、俺は良いから、後はユミルの考え次第だな」
〝レイ〟の言葉にう……と悩むユミル。
(正直、知らない王都に一人で宿に泊まるのも怖い……例えどれだけ安全でも、独りぼっちなのはきついし、なにより見知らぬ王都。案内とか話も出来れば聞いておきたい)
だとすれば、
「……分かりました。お言葉に甘えさせてください」
少し悩んだ後、ユミルは了承したのだった。
◇ ◇ ◇
「う、わぁ……‼」
目の前の光景に思わず感嘆の声を上げる。
石畳の敷かれた道を無数の人々が行き交い談笑する。中には貴族らしき身分の人もおり、ユミルの居た村の何倍もの人の数に思わず圧倒される。
「ははは! 凄いだろ?」
御者である〝レイ〟が馬車の窓から覗いて驚いているユミルを楽しそうに振り返る。
「は、い……私の村じゃ、貴族っぽい人なんて年に一回見かけるかどうかですし、こんな風に人が多いなんて……祭りの時でも、此処まで人は見かけないのに……」
「それはまあ、王都だからな。人口がまず違う」
確かに村と比べて圧倒的に人の数が多い。そしてそれに比例して店も客もこれまた多い。
「覚悟はしてましたけど、此処までだなんて……」
「ま、一つずつステップを踏もう。仕事斡旋場が近いが、俺の家に来る前に覗いて行くかい?」
「あ、はい。是非!」
ユミルの答えに頷くと、〝レイ〟は馬車を走らせある建物へと誘導した。
◇ ◇ ◇
「どうだい?」
「はい、色々とお仕事の求人紙をもらえました」
〝レイ〟の問いに答えるユミルの手には、幾枚もの仕事情報の書かれた紙。
「流石王都……仕事がたくさんありますね。ただやっぱり女性はダメというものも多いですが……」
「逆に、飲食の接客とか女性限定のもあるんだがな」
「ですね」
頷くユミル。女性だから無理かなと思っていたが、案外女性限定の仕事も存在していた。
(良い方向に予想外だったな。田舎だと力仕事や狩猟ばっかりだから仕事は男がみたいな空気だったけど……王都だと女性も重宝されるんだ)
ふふ、と笑う。ついで「あ」と思い出す。
「すいません、これから〝レイ〟さんのお家に向かんですよね?」
「ああ。手配していた宿の方は俺の方からキャンセルの連絡をしておいたから大丈夫」
「あ、すいません。キャンセルとか思いつかなかった……」
「はは! まあ気にしないで。ああ、あそこのパン屋は結構おいしいよ。後今は小説を原作にしたミュージカルが今王都では流行していて……」
「ミュージカル! 私、見たことないです!」
「そうかい? まあ劇場が無いと出来ないからな。此処の王都の中でも有数の劇場で今やっている……」
笑い合い他愛もない話に興じていると、
「っと、着いたな」
「え……え⁉」
ユミルが驚いて声を上げる。馬車の窓から顔を出し、ぎょっと顔色を変えてそびえたつ〝家〟を見上げる。
(これは……〝家〟……じゃなく、〝屋敷〟じゃない?)
思わずぽかんと凝視してしまう。
(え……というか王都の家はこれが普通……じゃないよね。さっきまで普通の家も見て来たもん。どう考えても大きい……いや大き過ぎ……)
「どうぞ、ユミル」
ポカンとしていたら馬車のドアが開かれて〝レイ〟が恭しく手を引いて来る。目を白黒している間にそのまま腕を引かれて屋敷へと引っ張られていくユミル。
「あ、いや、え、その……」
「今帰ったぞ」
何か言おうとして言葉にならない言葉をユミルが上げている間に屋敷の扉を開けて〝レイ〟が声を上げる。
「お帰りなさいませ、〝レイクリウス〟様」
(え?)
〝レイ〟の言葉に応じて扉を開けた先に居た給仕姿の女性が首を垂れる。顔を上げ、ユミルの姿に気付いて小首を傾げる。
「? 〝レイクリウス〟様、此方の方は……?」
「知人で例の護衛のユミル嬢だ。故あって暫くこの屋敷で匿うことになった。丁重に扱ってくれ」
「は……そうでしたか。かしこまりました」
「え、いや、あの……」
「ユミル様、どうぞこちらに。お荷物は後でお部屋に運びます故」
困惑するユミルを尻目に給仕の女性が片手を伸ばして行くべき道を示す。目を白黒させて〝レイ〟に視線を送るも、
「事情は後で説明するから、今は部屋で待っていてくれ」
そう〝レイ〟……否、〝レイクリウス〟は肩を竦める。
「は、はい……」
「此方でございます」
流されるまま給仕の女性に従うユミル。が、
(って、いやいやいやいやいや! というか〝レイクリウス〟って⁉)
とあるとんでもない可能性に気付き、震える声で給仕の女性に尋ねる。
「あ、あの……〝レイ〟さ……いや、今まで私を護衛して連れて来たあの方って……」
「はい」
給仕の女性は振り返り、一拍置いて言い放つ。
「あのお方こそ、救国の英雄。聖剣『デュランダル』に選ばれし生ける勇者、レイクリウス=グランド―ル様でございます」
それは幼馴染のアルバスと共に邪竜を討伐した一人、〝聖女〟〝聖騎士〟と並び称される英雄の一人の名前だった。
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