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5. ユミル編 ④ 変わる世界。取り残された私達

 案内された応接室らしき部屋で出された紅茶を無心で飲むユミル。

 給仕の女性も退出し、一人部屋に残されたユミルは先ほど告げられた名前を反芻する。


(〝レイクリウス〟……〝レイクリウス〟……〝デュランダル〟……)


 だらだらと汗が流れていくのを肌で感じる。まずい。非常にまずい。


「あの人は……〝レイ〟さん、は……」


 名前を紡いだ声が震える。その時、


「ユミル、待たせた」

「っ! レイ……く……さ……ん……」


 部屋にやって来た〝レイ〟を見てソファーから立ち上がるユミル。名前をどう呼ぶか一瞬迷い、妙な所で名前が途切れた。


「ああ、いや、すまない。愛称の〝レイ〟でも、本名のレイクリウスでも、好きな方で呼んでくれ」

「あ……ありがとう、ございます……?」


 思わず言葉の最後を疑問形にして返事を返してしまうユミル。〝レイ〟こと〝レイクリウス〟はふふっと笑うと、向かい合う形で互いにソファーに座る。


「改めて、レイクリウス=グランドールだ。ユミルを騙す様な形になってしまって済まなかった」

「い、いえ……」

(どうしよう)

 

 身体が震える。勇者レイクリウスと言えば田舎娘の自分でも知っている生ける伝説。幼馴染の〝聖騎士〟アルバスとこの国の王女にして〝聖女〟サクラと共に邪竜を討伐した聖剣に選ばれた英雄の一人。

 それが、よりにもよって、正体を知らず自分と一緒に二泊三日旅をしていた。


(ふ、不敬罪で処される?)


「そんな畏まらないでくれ。俺は、俺自身は、どこにでもいる普通の一人の男でしかない。ま、産まれは男爵家の次男だがね」


 ふっと皮肉気に嗤うレイクリウス。その瞳は何処か遠くを見つめているように見えた。


「だから、前の様に普通に接してくれると助かる。名前もレイでもレイクリウスでも、好きな方で呼んでくれ」

「あ、えっと……はい……分かりまし、た……」


 ぎこちなく言い返すユミルにははっと淡く笑うレイクリウス。


「……まず初めに、ユミル。君に一つ謝らなければいけない」


 そういうとレイクリウスはそっと頭を下げる。


「すまなかった。君の婚約者……いや婚約者だったアルバスとの婚約を破棄させたのは、俺の力不足も原因の一つだ」

「え?」


 思わず目を丸くするユミル。レイクリウスは頭を下げたまま続ける。


「俺は……〝勇者〟だ。本来なら〝聖女〟サクラと二人でどうにか邪竜とその配下の魔物達を討たなければいけなかった。

 だが……正直、力不足だった。あの軍勢相手に、二人ではどうにもならなかった。

 それを軍の上層部、それに陛下も分かっていたんだろうな。魔物の軍勢が向かっていると報告が来るや兵士を片っ端から無理矢理徴兵してな。

 その一人が武術大会に参加していた〝聖騎士〟アルバス……君の婚約者だった」

「っ……」


 言葉にならない声が漏れそうになるも、しかし結局言葉にならなかった。


「すまない。本来なら俺が……俺達が、いや……俺達だけで全て片付けなければいけなかった。だが力不足から君の婚約者を……そして君自身の未来を潰してしまった。本当に申し訳ない」


 そう言って再び深々と頭を下げるレイクリウス。


「あ、頭を上げて下さい! レイクリウス様が謝るようなことでは……!」


 あわあわと慌てるユミル。ふっと顔を上げたレイクリウスが笑う。


「そう言ってもらえると、正直助かるよ」


 何処か皮肉気な笑みを浮かべ、口の端を釣り上げる。


「正直、皆〝勇者〟や〝聖女〟に幻想を抱き過ぎている。俺達は……少なくとも俺は、なんら他の人と変わりない。ただ普通の人間だ。

 ただたまたま偶然聖剣を使え、それで勇者と持て囃された。それだけでしかない……ないんだ、が」


 一瞬言葉を区切る。同時に溜息を吐いて続ける。


「どうも周りはそうは思ってはくれないらしい。やれ救国の英雄だ、やれ初代勇者聖女の再来だなんだと騒ぎ立てるばかり……」

「それ、は……」


 何か言葉を返そうとしてぐっと押し黙るユミル。


(分かる)


 アルバスが徴兵され、村に知らせが来た直後は動揺して右往左往した村の皆。だけど、〝聖騎士〟の二つ名で活躍しているとの噂が出回った時は掌を返して歓喜した村の皆。

 思わず既視感に襲われ、共感する。


「周りもすごい勢いで変わったが……何より変わったのは、俺の両親だな」

「御両親……ですか?」


 ユミルの返しの言葉にこくりと力なく頷くレイクリウス。


「ああ……俺はまだ勇者になる前は普通の貧乏男爵家で、自分で農作物耕したり領民と話したり俺を叱ったりと、貴族というよりも庶民に近い感じだったんだがな……」


 そう前置きした上で、続ける。


「だが……俺が聖剣を手にして勇者となってからは、贅沢三昧。領のことは兄貴に任せて、自分達はこの王都に入り浸って毎日毎日お茶会やら劇やら買い物やら賭博やら散財に耽る毎日」


 ふうと溜息を吐く。


「正直……勇者になる前の方が、俺は……幸せだった」

「そん、な……」


 思わず声を上げるユミル。レイクリウスはふっと小さく笑うと、続ける。


「贅沢な悩み何だとは思う。だが……両親の変わり様を見ると、な」


 苦笑するレイクリウス。家督を継ぐ兄もあまりの両親の変貌ぶりに『二人のことは俺がどうにかするから、好きに生きろ』と真剣な表情で言ってくれた。事実その通り両親はどうにか兄が手綱を握って散財をどうにか減らしている。


(本当に……)


 そう本当に……本当に……。




「本当に、どうしてこうなったのかな……」




 ぽつりと呟かれた、レイクリウスの本心。


「ぁ………………」


 何か。何か言わねばならない。そう思い口を開くも……結局なんの言葉も出てこなかった。

 『変わってしまった』。レイクリウスの言葉が痛く、深く、ユミルの心に突き刺さる。


(同じ、だ)


 自分と、同じ。レイクリウスさんも……家族に、アルバスと同じような仕打ちを受けたのだろう。

 変わっていく世界。変化していく周り。自分だけが取り残されていく感覚。

 どうして? どうして変わってしまうのか。

 どうして、自分達だけが取り残されていくのか。


(私は……)


 変わる世界で、自分はどう生きていけばいいのか分からない。どうすれば良いのかも分からない。


(私達は、同じなんだ)


 彼と私は、酷く似通っていた。

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