37. 断章 遺された者達①
プロスペリタース国の王都。そこにある国一番の夢見神ソーニョを祀る教会に一人の女性が赴く。
〝聖女〟にして〝国母〟と謳われたサクラ=プロスペリタース。その死後、夫である〝聖騎士〟アルバス及び〝勇者〟レイクリウスの日記の一部が公開された。
それは〝英雄〟と呼ばれた二人の男の嘆きであり、後悔であり、懺悔であり、未練であった。
〝英雄〟として活躍した二人の男。一人はその重荷に耐え切れず自ら〝勇者〟の称号を捨て、もう一人は〝聖騎士〟として愛する者と別れた上自ら自由を捨て不自由を選んだ。
どちらが、正しい間違っているかは分からない。
だけど。
「………………」
茶色の長い髪を揺らす女性は時間外で開いているはずのない教会に入り、その中にケースの中に入って展示されている〝英雄〟達の抜粋された日記の一部を読んでいく。
何枚もの日記の頁を抜き出して写された〝英雄〟達の想い。それを展示されている順にジッと読んでは進んで次の日記を読み、それが終わればまた次へ……と読み進めていく。
やがて展示スペースは終わり、女性は集会を行う大聖堂の間へと足を踏み入れる。
「夢見神ソーニョ……」
掘られた等身大の神の姿を模した石像を見て名を呟く。
「………………」
目を伏せ、なんとはなしに先の〝英雄〟達の抜粋された日記を思い出し、次いで年を取ってからの自分の母を思い出す。
そして――
「サクラ様……」
自分の母に会いに来た、この国偉大な指導者であるサクラの顔を思い浮かべる。
「私、は――」
何か言おうとして、
「ようこそ、ユーテル殿」
そこに声をかける人物が現れる。
驚き振り返る〝ユーテル〟と呼ばれた女性。
「貴方は……?」
「お初にお目にかかります、ユーテル殿」
そこに居たのは身なりのいい、銀髪の男性。白を基調とした派手というほどでもなく、かと言って地味でもない実に絶妙なセンスのいい服を着こなすユーテルと同じ二十代と思しき男性は、微笑を湛えて挨拶を交わす。
「自分はエアフィム。エアフィム=プロスペリタース」
名乗られたその姓に息を飲む。プロスペリタース。この国の名を名乗れる人間。即ち、
「貴方が――アルバス様とサクラ様、の……?」
「はい。養子ですが、二人の息子になります」
息を飲むユーテル。王族、それもこの国において至高の両親を持つ者だ。
「これは……失礼しました、エアフィム様」
「お気になさらないで下さい、ユーテル様」
頭を垂れるユーテルに笑いかけるエアフィム。その一つ一つの動作全てが洗練され、品があるとはこのことかと納得させられ、王侯貴族の模範と称されるもの。
「どうぞ椅子に」と聖堂の長椅子を手で勧められ、勧められるがまま腰かける。端に腰かけたユーテルの逆側にエアフィムも座り、自然と二人して聖堂に飾られた夢見神ソーニョの女神像を見つめる。
しばしの無言の後、ユーテルが口を開く。
「ソラフィム様、ありがとうございます。私の急な頼み……王都に、それも〝聖騎士〟アルバス様の日記が読みたいという願いを叶えて下さり……こんな……閉館したあとの教会に入るのを許可して頂き……」
「お気になさらず。母から、ユミル様と〝勇者〟レイクリウス様の家族には格段の配慮をしておくように、との遺言を預かっていましたから。それに、父からも」
「そう、ですか……」
『父から』という言葉に言葉が詰まるユーテル。
エアフィムの父。それはつまり……
「……〝聖騎士〟アルバス様も、ですか」
「ええ」
頷き、敬愛の情を隠さず続けるエアフィム。
「父は――素晴らしい人でした」
一切の疑念を抱く隙も無いかのように、エアフィムは断言した。
「ただの一村人でしかなく、徴兵された身で……母サクラにその才能を買われてそのまま一兵士、一騎士、そして王配として最期まで母の傍に居続けました」
(アルバス様……)
エアフィムの言葉に知らずユーテルは緊張し、ぎゅむりと片方の手で椅子のひじ掛け部分を握り締める。
「自分は、母と父――サクラとアルバスの実の子ではありません。ただ両親が亡く、王族の血が色濃いからと最も都合が良いから二人の養子になっただけの子です」
そう前置きした上で、
「それでも――自分は幸せです」
断言するエアフィム。
「王族としてどうすれば良いか、母に教わりました。そして――普通の、家族としての愛を父に貰いましたから」
「御父上、に……」
〝聖騎士〟アルバス様……とユーテルは呟く。
「ある時、木登りを教えて貰いました。一緒に、王宮の巨大な木に、登りました。
大きな木で、どこに手をかけるか考え、それでひょいひょいよじ登っていって……」
今でも色濃く残る経験。
「お付きの人から、父は嫌味や苦言を言われたけど……それでも、構わずに木登りを教えてくれて、一緒に登って……」
普通の貴族の子ならば、まずしないであろう経験。
だけど、それは自分にとって、かけがえのない体験だった。
「よじ登った樹から、王都を眺めて――それで知ったんです。ああ、この国は本当に平和なんだって」
笑い合う人々。平穏な暮らし。賑わう街並み。
それを実現し、維持しているのは――自分の両親なのだと。それが何よりも誇らしかった。
だけど。
「父は――その産まれから王宮での立場は決して良いものとは言えませんでした。母もかなり目を光らせ、自分配下の給仕や兵士に守らせていましたが――それでも、父を悪く言う貴族連中は後を絶たなかったそうです」
「英雄……〝聖騎士〟なのに、ですか?」
「ええ」
ユーテルの疑問に苦笑しながらも頷くエアフィム。
「大衆というのは、愚かなものです。それは貴族であっても変わらない。取るに足らない一村人でしかないのに王族にして女王である母の配偶者になって権力を欲した……そんな風に悪し様に言う貴族も大勢いました」
一村人でしかなかったアルバス。それがまさか女王の夫になったのだから、貴族としては嬉しいものでは確かにない。
そして、
「民衆も……一般市民の方からも、反発はありました。所謂シンデレラストーリーを歩いた父ですが……それに嫉妬する人も大勢いたので。
自分と同じ村人でしかなかった奴が王配に選ばれる――それに嫉妬し、拒絶する人も大勢いたそうです」
「……大衆は、愚かですから……ね」
エアフィムの言葉にユーテルは皮肉めいた笑みを浮かべる。
そう……大衆は、民衆は愚かで自分勝手だ。欲望に忠実でそこに理性が介在するのか怪しい。自分達にとって都合のいいものしか見ようとしない。そして自分達にとって都合が悪くなれば平然と悪態を吐く。
そう、
「英雄なんて、自分達を護って導いてくれる都合の良い偶像でしかないんですよ」
ユーテルは虚空を眺めて呟いた。
「……英雄の子が言うと、言葉の重みが違いますね」
「英雄の子……ですか」
ユーテルのやはり皮肉めいた返し。しかしエアフィムには何となく、言いたいことが感覚で分かった。
「やはり……御両親について、何か思うことが?」
「……ええ、まあ……やっぱり、分かっちゃいますか?」
「まあ……同じように英雄の子、ですからね」
顔を見合わせ笑い合う二人。
「って言っても、エアフィム様の言うようなものではないんです。
母は普通の村娘だし。父も……」
一瞬、言葉に詰まるユーテル。しかし、努めて平静を装い、続ける。
「父も――元勇者というだけですし」
――沈黙が、舞い降りた。
無言で聖堂を眺めるエアフィムとユーテル。
沈黙を破ったのは、エアフィム。同じ英雄の子という共通点から、ある事実を指摘する。
「ユーテル様は……」
言うべきか、否か。躊躇い……口を開く。
「ご両親に、何か思うことが?」
………………
………………………………
………………………………………………
「ええ――あります」
長い沈黙の後――ユーテルは頷いた。
ユーテル → ユミルとレイクリウスの子供
エアフィム → アルバスとサクラの養子
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一日一話投稿に移行します。どうか、最後までお付き合いください。




