35. 終幕 ② 祈りの先
「ま、さか……」
「久しぶり……と言っておこうかの。ユミル嬢」
お忍びでレイクリウスとユミルの家へとやって来たサクラ。扉を開けて驚愕の表情で此方を見てくるユミルに微笑を返す。
「と、取りあえず……こちらへどうぞ」
「すまんな。年には勝てんから、ありがたいわい」
ユミルに促されて椅子に座るサクラ。それにユミルも対面の椅子に腰を下ろす。付いて来ていた護衛は家には入らず外で待機する。
「あの……サクラ様、一体今日はどうして……?」
「今日は……そちに用があってな」
「わ、たし? レイではなく……?」
「あやつが王都から離れてどれだけ経ったと思っておる」
苦笑するサクラ。そっと持って来た鞄から書類を取り出す。
「? それ、は……?」
「うむ……」
そっとユミルに書類の束を渡す。受け取ったユミルは中身を読み……クッと瞳孔を開く。
「これ、って……⁉」
「うむ」
驚くユミルに頷くサクラ。
「我が夫にしてそなたの元婚約者……アルバスの日記。その一部を書き写したものじゃ」
サクラの言葉を聞きながら、食い入るようにユミルはアルバスの手紙を読んでいく。
●月×日
今日もたくさんの人が死んでいく。魔物の被害は予想以上に大きい。
だが僕は死ねない。死ねない。ユミルと結婚する為に、彼女と母が待つ村に戻る為にも、僕は死ねない。
●月×日
母が亡くなったとユミルの手紙で知った。どうして……どうして?
母が亡くなり、葬式に出たいと上官に言ったが却下された。挙句どうせ逃げるつもりだろう、と。罰として食事抜きにされた。
どうして武術大会に参加してしまったのだろう。ああいや、どうせ徴兵されていただろうからどっちみちか。
●月×日
サクラ様からユミルが暗殺されかけたという話を聞いた。なんで? なんでなんでなんで?
理由は僕が〝聖騎士〟と評され、サクラ様の側近的な立場になったから。勇者レイクリウス様が国を捨てた今僕まで村に戻るのを阻止したいらしい。
惜しまれるような人材ではない。〝聖騎士〟なんて御大層な二つ名を持てるような人格者でもない。そもそもユミルを殺して僕が国に残るという発想が分からない。
でも――周りは僕に勇者の代わりを期待しているらしい。
●月×日
サクラ様に頼んでレイクリウス様にユミルを向かいに行くように依頼した。これでユミルは少なくとも王都までは安全だ。
そして――人の本質を見抜き、欲しい言葉を伝えてくれるユミルなら、レイクリウス様の心を射止められる、と思う。
そうなれば……彼女の安全は確保出来る。
「何……こ、れ……」
呆然とするユミルにサクラは同じことを伝える
「アルバスの日記じゃ。……そなたの、元婚約者の」
絶句するユミルにサクラは告げる。
「アルバスが何故そなたとの婚約を破棄したと思っておる。そうでなければそなたを守れぬと踏んだからじゃ」
「なん、で……」
「この国は、誰かにやってもらうのを当たり前だと思っている。勇者に聖女に騎士……そんな称号を持つ〝英雄〟が、自分達を守ってくれるに違いないと信じて疑わん」
奇しくもそれは嘗てレイクリウスがユミルに言ったのと同じ言葉。
「英雄に頼り切る……そんな連中だからこそ、〝勇者〟が居なくなった後釜に〝聖騎士〟アルバスを欲したのよ」
「私の……暗殺……って……」
もすうでにユミルは気付いている。気付いていながらも聞いてしまう。それをサクラは理解しつつも……期待通り真実を述べる。
「アルバスは村に戻りそなたとの結婚を願っていた。だが〝勇者〟レイクリウスが自由を褒美としてもらい国から逃げた今、馬鹿貴族共の一部が代わりに〝聖騎士〟アルバスに代理を求めた。勇者が居なくなった後自分達を守ってくれる英雄にアルバスをあてがおうとした。
だがそのアルバスは村へと帰るという。その理由はそなたと結婚する為。なら……」
「私が……居なくなれば、村には戻らない……そんな風に、考えたのですか……? その、誰とも知らない貴族は……」
震えるユミルにサクラは頷く。
「そうじゃ。どうして〝勇者〟レイクリウスがそなたの護衛に付いたと思う。そうするようアルバスが私に頼み、そう手配したからじゃ。
レイクリウスの腕ならそなたを王都まで守り切れる。そしてそなたならばレイクリウスの心を射止められる。そうなればいくら貴族連中でもレイクリウスの機嫌を損ねてまでそなたを害そうとは思わず、仮に暗殺を繰り返してもレイクリウスなら守り切れると踏んだからよ。
そなたが婚約を破棄すれば、アルバスを手元に置こうと思う馬鹿貴族が狙う理由もなくなるしのう」
「なんで、そこまで……」
呆然と呟くユミルにサクラは苦笑する。そんなもの、分かり切っている。
「そなたの幸せを願うがゆえよ」
「っ!」
ガタっと椅子から立ち上がり……サクラを置いて急ぎ自室の棚を開けて回る。
(確か……確か、ここら辺に……!)
「ぁ……」
お目宛の物を見つけて放心する。
それは小さな箱。指輪を入れる指輪ケース。昔アルバスが一度だけ戻った時に渡してくれた婚約指輪。
王都に赴いた時には持って行ったが……その後しまい込み、今の今までずっと棚に置いたままにしておいたもの。
「アル、バス……」
ポタポタと熱い涙が零れていく。いくつも、いくつも。
「そなたは幸せじゃ」
「サクラ、様……」
後ろからの声に振り返れば、困ったように微笑してこちらを見つめるサクラの姿。
「〝勇者〟レイクリウスと我が夫〝聖騎士〟アルバス。二人から愛されたのじゃからな」
「ぁ……」
その言葉を皮切りに、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
ユミルの絶叫が木霊した。
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その後、〝勇者〟レイクリウスの妻ユミルは毎日村にあるレイクリウスとアルバス、二人の墓を訪れては掃除をし、その後教会で祈りを捧げたという。
それは後悔からか、それとも懺悔か、はたまた贖罪なのか。
最期の時、ユミルはベッドの上でただひたすらに二人の愛した男の名を呟き続けたと伝えられる。
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