25. アルバス編 ⑧ saudade―サウダーデ―
ユミルに婚約破棄の手紙を出し、同時にサクラ様に頼みレイクリウス様にユミルの護衛を頼む。同時並行で『邪竜』討伐で浮かれる貴族達の社交界について学び、サクラ様に付いて回り上手いこと寄付を募る。
(サクラ様と一緒に居れば、少なくとも不仲には見えないし国に絶対の忠誠を誓っているように見える……はず。流石に貴族達もレイクリウス様が傍に居ればユミルに危害を加えようとはしないし、しようと思ってもレイクリウス様なら追い払ってくれる)
全ては、ユミルを守る為の一手。
(ユミルとレイクリウス様は昨日王都に到着し、用意した宿ではなくレイクリウス様の屋敷に泊まったと報告あった。なら、今日はドレスとユミルに用意した劇を見る筈)
ローブを身に纏い姿を隠し、僕はひっそりと街へと繰り出した。
◇ ◇ ◇
指定した服屋の前で、僕は漸く……何年ぶりかの彼女の姿を目にする。
(ユミル……)
その姿が、泣きたくなるくらい懐かしくて、愛おしく、そして――切ない。
(取り合えず、他に二人を監視したり尾行している輩はいないか……)
二人の様子を見つつ周りに異常が無いか確認しほっと一息吐く。
次に二人は予想どおりこの王都一の劇場へと馬車を駆っていく。小回りは馬車よりも徒歩のこちらが勝る。裏通りを抜けて劇場へと駆ける。
(やっぱり、居た)
予想したとおり二人は劇場へと入り、中を散策していた。遠目から見ても仲睦まじい姿に知らず心が締め付けられる。
……そうしたのは、自分自身だというのに。
(ああ……)
懐かしさ、愛おしさと共に己の中の何かが壊れていく。
ユミルの傍に居るのは僕だった筈なのに。その為に今まで駆けて来たというのに。死力を尽くして来たというのに。
大切で、大好きで、かけがえのない人。なのに今隣に居るのは、僕ではなく……レイクリウス様。
(どうして……だろう)
どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
目を伏せ、零れそうになる涙をこらえ、自分もまた劇場へと入っていく。
◇ ◇ ◇
(結婚の約束を交わした男女が戦争で引き裂かれ、男は敵国で拾ってくれた女性に惚れ込み、女は一緒に停留所で待つ新たな男と親しくなって、それぞれ別々の相手とくっつく……か)
ユミルとレイクリウス様の二人を見守りながら、劇を鑑賞する。
(……嫌だなあ)
ユミルとレイクリウス、二人が仲睦まじそうなのが嫌なのではない。この劇の内容が嫌にリアルで……嫌なのだ。
(男が女の下に戻らなかった理由……なんとなく、分かる)
そっと瞼を閉じれば、思い出される戦いの日々。血と鉄と焼けこげる肉の臭い。思い出したくなくても勝手に再生される怒号と剣戟。目の前で散っていく仲間や守れなかった人々。
そして――自分に白い花をくれた少女と再会した時の、息絶えた姿。
今ではもう、自分の武器を傍に置いておかないと眠ることさえ出来ない。
(こんな状態で、ユミルの下に戻りたいか?)
劇の男が女の元に戻らなかったのも、そうなのではないだろうか。
戦争を経験し元には戻れない。元の自分ではなくなった。それを彼女に知られたくないのではないか。美しい思い出を、汚したくなかったのではないか。
嘗ての自分と今の自分。そうはなりたくなかったのに、もう元には戻れない。だからこそ――別れを選んだ。
(嫌だなあ……)
劇の男と今の自分。まるでそっくりなことに、僕は居心地の悪さを感じた。
◇ ◇ ◇
劇が終わりユミル達は売店へ行きパンフレットなどを購入している。その後馬車の方へと向かって行くのが見えほっと安堵する。
(今日はこれで屋敷に帰るだろうから、これ以上尾行は止めておこう)
勇者にばれずに尾行するのもかなり大変なのだ。気配を気取られたら面倒なことになる。
ふと先ほど前ユミル達がいた売店にあるこの劇の原作の小説が目に留まる。
「……すいません。これ、一つ下さい」
「はい、どうぞ」
なんとなく手に取り……そのまま購入する。以来僕の愛読書となる本。それをそっと胸に抱いて僕はユミル達とは別の……城へと帰る。
(もう……昔には戻れない……)
それを実感しつつ、僕は一人城へと歩いて行く。夜空には満点の星々。美しいと感じるはずのそれも、独りでは……虚しいだけだった。
タイトルのsaudade―サウダーデ―。ポルトガルの言葉ですが、ブラジルではサウダージと読まれて郷愁や憧憬といった懐かしむという意味の言葉です。ですが、ただ懐かしむだけでなくいつか取り戻したいという期待も込められた人間の複雑な感情を込めた言葉なんだとか。
面白ければ高評価とブックマークをお願い致します。感想も頂けると幸いです。ツイッターなどで紹介してもらえたら嬉しいです。




