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19. アルバス編 ② 「徴兵された兵士なんて所詮は捨て駒」と伯爵は嗤った

 徴兵された僕達が配属されたのは、よりにもよって悪名高いデップル伯爵領の、それも魔物に侵攻されている最前線の砦だった。


「ちきしょう……援軍はまだかよ」


 ボロボロの状態で壁に寄りかかり、包帯の巻かれた兵士の憎々し気な言葉が鼓膜を打つ。


「食糧も薬も後わずかだ……もう終わりだ……」

「諦めちゃだめだ」


 泣き言を呟く同じ徴兵された兵士を僕はそっと元気づける。


「今日はまだ魔物の姿は見えない。姿が見えない今のうちに食べれるものを探して確保しよう。水も汲んでこよう」


 食べれるものなら何でも食べた。本で食べれると書いてあれば木の根すらも掘り出し煮て食べた。池から魚の姿は全て消え失せ腹に収まった。そんな極限状態の中、ついに魔物の群れが砦に迫ってきた。


「うわあああああああああ⁉」「くそ、壁が壊されているぞ!」「矢がもうない!」「砦に侵入してくるぞ⁉」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。この砦が侵攻受けた時点でこの領地を治めているデップル伯爵は王都に財産を持って逃げ去り、領主が逃げたことで軍がまともに機能していなかったと後で知った。


「グルルルルルゥ……」

「ぐっ!」


 砦の通路に現れる、狼の姿に酷似した魔物。牙からは血が滴り落ち、背後には無数の死体。

 長年の獲物である自身の斧と槍が一つとなった武器、ハルバードを構える僕。


(僕は……僕は……!)

「ここでやられる訳にはいかない……いかないんだ!」


 叫び、魔物と刃を交えた。




   ◇   ◇   ◇




「はぁ……はぁ……」


 重い体を引きずり、炎と血と悲鳴に塗れた砦の中を彷徨う。

 どうにか魔物の群れを倒したものの、最早生き残っている兵士の数よりも亡くなった数の方が多い。僕自身もボロボロで最早気合で立っている状態だ。

 だけど、死ぬ訳にはいかなかった。


(ユミル……僕は、君に会う為に……!)


 徴兵されてから手紙でしかやりとりが出来なくなった婚約者のことを思う。ついで母のことを。


(母さん……)


 手紙で母の体調が優れないとは知らされていた。上に言ってせめて見舞いに行きたいと伝えても却下の一言。

 そして――先日、亡くなったとユミルの手紙で知った。


(せめて、死に目には会いたかった……葬儀だって、ちゃんと参加したかった、のに……!)


 一人息子であることから、せめて母の最期を看取りたかった。なのに徴兵でそれも叶わず、挙句この配属先の領主からは見捨てられた。


(僕は……僕、は……!)

「僕は……何の為に、村から出て来たんだろう……?」


 ポタリと、涙が溢れた。堰を切ったかのように一度零れた涙はどんどんと零れていく。

 こんなことになるのなら、武術大会に参加なんてしなければよかった。もっともっと親孝行したかった。そして、



「ユミルと、もっと話をしたかった、な……」


 ふと気付けば、砦の上層部にいた。覗き穴から見える眼下にはおびただしい数の人と魔物の死体の山、山、山。


(これが、現実……)


 幼馴染と婚約したいと思っていたごくごく平凡の村人は、縁も所縁もない領主にすら見捨てられた砦で最期を迎える。

 そんなの……そんなの……!



「嫌……嫌……嫌だ……!」


 嗚咽が迸る。だけど誰も自分に手を差し伸べたりはしない。もうその場で生き残っている僅かな者達すらも絶望し、悲観し、生きる気力が無かった。

 そこに、


「敵……だ……」

「っ!」


 呆然と、誰かが呟いたのを聞き顔を上げる。


(魔物の群れ……!)


 さっきまで来ていたものとは別の魔物の群れが此方へとやってくるのが確かに見えた。


「終わりだ……」「死ぬんだ、俺達……」「もう助からねえよ……」


 疲れ果てていた。誰も彼も。何もかもに。


(漸く、終われる……)


 僕自身も、そう思った。そう思ってしまうほどに、どうしようもなかった。

 精一杯生きた、やった。だからもう終わっても良いじゃないか。

 そんな風に囁く僕の心。


(もう、終わってもいいのかもしれない)


 誰も彼も助けてくれず、生き残っても仕方ないのならば、いっそのこと。

 そんな風に、思ってしまった。

 だけども。


『困っている人を助けてあげる。それが本当に優しく強い人よ』

 

 母の教えが、脳裏を過った。ついで、ユミルの笑顔も。


(――――――っまだだ!)

「皆、撤退するんだ! 砦なんて後で幾らでも取り返せばいい! 逃げるんだ!」


 僕の言葉に何人かが視線を向ける。


「立てる者は立って、逃げるんだ! 何処か近くの村に助けを求めるんだ! 王都にまで伝われば救援が来る! 魔術を使える人はどこでもいいから、助けを呼ぶんだ!」


 必死の僕の声。だけど絶望に瀕した者達を動かす力なんてない。

 だけども、そんなことは知っている。


「皆、逃げるんだ! 生き残りさえすれば、まだ愛する人達に会えるんだ! 生きろ!」


 僕の叫び。同時に、


『ケェエエエエエエエエエエエエエ!』

「っ⁉ 来る!」


 ハルバードを構える。空から翼を有する巨大な鳥人間型の魔物が数体、先んじて此方へと来るのが見えた。


(人の姿をした鳥の魔物。確か、ハルピュイア……!)

「皆逃げろ!」


 そう言ってやって来たハルピュイア一匹を横凪一閃、首を落とす。

 此処に至って漸く生き残っていた僅かな兵士達が立ち上がり、逃げていくのが見える。


(それで、いい)

「はあ!」


 槍の一突きで別のハルピュイアの胸を刺し貫く。


『ケエエエエエエ!』


 激高した最後の一体が向かって来るものの、


「ぬん!」


 槍を抜いてそのまま横にフルスイング。ハルバードの斧部分が首に当たりそのまま首と胴を真っ二つにして絶命させる。


「はぁ……はぁ……!」


 柄の部分を杖替わりにして荒く息を吐く。最早周りには自分以外誰も居ない。しかし見捨てられたとは思わない。


(仕方、無い)


 誰だってそう。自分の身が可愛い。


「はぁ……はぁ……!」


 顔を上げれば、地面を疾駆する魔物の群れがすぐそこまでやって来ていた。壊れた砦にいる自分は、きっとあの魔物軍に食い殺されるだろう。


(ユミル……ごめん)

「約束……守れなかったね」


 自嘲の笑みを浮かべ、迫る魔物軍を眺める僕。

 そこに、




「蹴散らせ!」




 女性の声。同時に、


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉』


 無数の矢が、魔術が雨あられと飛来して魔物の群れを攻撃する。


「え」


 固まる僕。何が、一体何が……?


「ようやった」

「ぁ……」


 かつんと、石造りの砦の床を歩く音。


「後は、任せて置け」


 銀の長髪をなびかせた神官服姿の女性の姿が映る。同時に雄叫びが響き人が無数走っていく音と剣戟とが響き渡る。

 まさか……まさか……。


「助かった……の……?」


 援軍の登場。その事実が分かると、ふっと僕の意識は途切れた。

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