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16. レイクリウス編 ③ 勇者ではなく、一人の人間として――

「私、ですか……?」

「ああ」


 夜のパーティー会場の建物の庭園。その中にある噴水近くのベンチで、ユミルはレイクリウスと向き直っていた。

 

「サクラの命で君を王都に送るよう言われて来た。俺は……最初、君も他の人と同じだと思った。〝勇者〟だと分かれば、〝勇者〟として……〝勇者〟としてしか見てくれないと思ったんだ」


 苦笑するレイクリウス。いつもそうだった。ずっとそう。求められるのは完璧な〝勇者〟。皆を守り、慈愛を持ち、一人として死なせないという理想の偶像の英雄としての自分。

 重荷でしかない〝勇者〟という身分。

 だけども。


「だけど、君は他の人と違うんだね」


 クスリと笑いかけるレイクリウス。何処か泣いているかのようにも見えた。


「『様』ではなく『さん』で呼んでくれた。それだけでも、本当に久しぶりのことだったんだ」

「そんな、私は……」


 咄嗟にユミルは口を開くも言葉がつまり、そのまま視線が下を向く。しかし、どうにか言葉が尻すぼみになりながらも言葉を紡いでみせる。


「私は……何の取柄もない、女です。レイクリウスさんにそんな風に言ってもらう資格なんてなくて……」


 そう。損な風に言ってもらえる資格なんてない。自分はただの村娘でしかない。だからこそアルバスに捨てられた。

 ただ、


「ただ……私にとって、アルバスは〝聖騎士〟なんかじゃなく、昔のアルバスのままでしかなくて……同じように、レイクリウスさんも、〝勇者〟ではなく、レイクリウスとして接して欲しいと言われたから……それだけでしかなくて……」

「それで、良いんだ。ううん、それが良いんだ」


 そっとレイクリウスはユミルの手を握った。


「嬉しかったよ。本当に、久しぶりに〝勇者〟ではなく一人の人間のレイクリウスとして見てくれたこと。もう、そんな風に見てくれる人はこの国にはほとんど残っていないだろうから」


 自嘲するレイクリウス。そう、陛下も両親も他の貴族連中も国民も、そして〝聖女〟サクラも……自分のことは〝勇者〟としてしか見てくれない。誰もが理想の偶像を自分に求める。

 だけど……そんな完璧な存在には、自分は成れない。

 だからこそ。




   ◇   ◇   ◇




『ごめん。約束を、守れなくて。婚約を破棄したいだなんて、言ってしまって』

『それは、サクラ様が関係している?』

『――――――うん』


 ユミルとの婚約を一方的に破棄したアルバスのことが、許せなかった。持っていたシャンパンを思わず顔にかけるくらいに。


(どうして、そう簡単にこの人を捨てられる?)


 自分にはもういないのに。

 〝勇者〟としてしか見ようともしない連中や見せかけだけ華やかな世界が、そんなに大事なのか?

 ただのレイクリウスとして見てくれる彼女を、どうして簡単に切り捨てられるのか?

 彼女を要らないと、そう言うのなら……ならば。


『彼女は俺が頂く』




   ◇   ◇   ◇


「だから……俺は、君と一緒に居たいと思った」

「っ……!」


 ドクッと心臓が高鳴った。目の前の彼が言ってくれた台詞。信じていない訳ではない。だけど、信じられない言葉。そんな風に、言ってくれるなんて思わない。否、思えない。


「ユミル」


 真っ直ぐに、レイクリウスがユミルの瞳を見つめる。


「信じられないなら、何度でも言う。俺と、付き合って欲しい」

「っ――――――」


 レイクリウスの言葉が、ユミルの心に浸透する。深く深く、その言葉の意味を噛みしめる様に、ユミルの瞳から涙が零れていく。


「私、でいいんですか……?」

「うん」

「私、さっきも言った通り、ただの……しがない村娘でしかなくて……」

「俺も、ただの一人の人間で君と同じさ」

「っ私……他の貴族の人みたいに、奇麗でも、礼儀作法とかも、分からなくて……!」

「俺だって、最初は分からなかったさ」


 ポロポロと涙が溢れてくる。アルバスに手紙で一方的に捨てられてから、乾いたと思っていた瞳と心。その二つから再び溢れる、感情。


「ユミル……何度でも言う。俺と付き合って欲しい」


 レイクリウスの安心させるかのような、或いは現実だと証明するかのような繰り返される言葉に、


「っはい……! 宜しく、お願いします……!」


 ユミルは、涙を零しながらこくりと頷いた。

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