12. ユミル編 ⑪ 婚約破棄――からの、告白
驚いた様子もなくしばし無言で二人は見つめ合う。
(よく私だって分かったわね)
そんな風にユミルは自嘲する。今の自分は服も違えば髪型も違う。この日の為に折角だからとこのパーティーに来る前にレイクリウスの屋敷の給仕に髪を結われ、自分でも誰⁉ と思ってしまうほど変身したからだ。
「お招き、ありがとうございます。アルバス……様に、〝聖女〟サクラ様」
「うむ」
スカートの裾を持ち上げ優雅に一礼するユミル。それに頷くサクラ。
(流石王女殿下だわ……さっきの変な貴族の人と威厳がまるで違うわ)
感嘆するユミル。
(サクラと名前を付けられるだけはあるってことなのかしら?)
生唾を飲み込みながら改めてこの国の王女の前に居るのだと身構えてしまう。
『サクラ』という名前は、この国おいて異色な名前の様に思われるが、決して珍しい名前ではない。
大昔、今回のような邪竜がこの国を荒した際に異世界より神官達が力を結集して異端な力を有する〝聖女〟を召喚した。その際召喚された女性の名が『サクラ』と言われている。その聖女は幾多もの戦いに勝利し邪竜を討伐。しかしその時の傷が原因で元の世界に帰ることなくこの地で没したとされる。後に東の国で同じ名前の桜という樹が伝わり、それが生前彼女の言っていた名前の元となった樹と同じだと分かり彼女の墓は王宮の巨大な桜の木の下にあるとされている。
(自分達の先祖を救った英雄と同じ名前を冠する方……美人だけどそれ以上に迫力があるわ)
「邪竜討伐という快挙、改めてお祝い申し上げます、サクラ様」
再び一礼するユミル。
「うむ、その言葉ありがたく思う。が……」
ちらりとサクラは横にいるアルバスを瞳だけ動かして見、次いでユミルとレイクリウスと映していく。
「積もる話もあろう。他の客人は私が相手をしよう。その間にバルコニーで話すとよい」
「……お心遣い、痛み入ります。サクラ様」
「よい」
アルバスが首を垂れる。それを片手を挙げて辞めさせすっと自らユミル達の後ろにいる挨拶を待っている客人達の方へと歩いて笑顔で話しかけていく。
「……行こうか」
「うん」
サクラの好意に砂をに甘え、三人はそっとバルコニーへと歩いて行く。
「………………」
美しい夜景。仄かに点る灯。王都を照らす生活の輝きが夜を色取り取りに彩る。
「王都だと、夜でも明かりが灯って綺麗ね。私達の村だったら、ただただ暗いだけでしかないけど」
「王都には、魔術を使える人が多いから、灯の魔術をかけて治安維持に努めているらしいよ」
そんな本題から外れた話をする二人。
「……ユミル」
「うん」
そして、二人は見つめあう。
「………………」
〝聖騎士〟アルバス。
「………………」
その元婚約者、ユミル。
「「………………」」
互いにやはり沈黙し、同じく成り行きを見守るレイクリウスもまた無言。
先に動いたのは、
「……ユミル」
アルバスだった。
「ごめん。約束を、守れなくて。婚約を破棄したいだなんて、言ってしまって」
「……うん」
無表情に頷くユミル。
「武術大会に行くって言って村を旅立ったのが、三年前の十六歳の時だったよね」
「うん」
「あの頃から、だいぶ変わったよ。魔物の被害も増えたし、小さなうちの村でも男の人は結構な数徴兵された。武術大会に行ってそのまま徴兵されたアルバスみたいに」
「……うん」
「アルバスのお母さんも、亡くなっちゃったし」
「手紙で知った。死に目に会えなかったのが悔しいよ」
「最期までアルバスのこと、気にかけてたよ」
「……そうか」
「うん」
そこまで言うと、ユミルは一度俯いた。そして、
「……生きて、生きてくれていて、嬉しいよ」
「うん……ありがとう」
また……沈黙が舞い降りた。
「「………………」」
予感があった。〝あのこと〟を聞けば……何かが壊れる。そしてもう……元には戻れない。そんな予感。
見つめ合う二人。ユミルとアルバス。約束を交わした、〝元〟婚約者同士。
「……私は、ずっと待っていたよ」
「うん」
「三年間……ずっと、無事を祈ってた」
「うん……ありがとう」
「「………………」」
言おうとして、言えない。それは互いに同じなのだろう、とユミルは察する。言えない。言いたくない。でも言わなければいけない。その言葉を。
「もう、前のようには戻れないんだね」
「………………うん」
肯定の頷き。スン、とアルバスの言葉がユミルの中、心の奥深くにのしかかる。
「こっちが勝手に婚約破棄するんだから、慰謝料……払うよ」
アルバスの言葉が、耳には届いても心まで浸透しない。
もう、前のようには戻れない。なら、
「それは……」
ならば、せめてその理由は知りたい。
「それは、サクラ様が関係している?」
「――――――」
長い、沈黙。あまりにも長い沈黙の後、
「うん」
肯定、された。同時に、
バシャッ
軽い、液体の跳ねる音。
「っ」
「お前、最低だぞ」
何が起こったか、最初ユミルには分からなかった。
しかし徐々にアルバスの顔面に液体がかかっていること、次いでレイクリウスの方を見て持っていた中身の入っていたグラスが空になっていたことで何が起きたか理解した。
「レイクっ」
ぎょっと顔色を変えるユミル。しかし、
「要らないって言うのなら、」
ぐいっとユミルは突然引き寄せられ、
「彼女は俺が頂く」
「へ?」
そう耳元で宣言を聞かされる。
(へ? 何? どういうこと?)
当然のことに頭が混乱するユミルだが、
「行こう、ユミル」
レイクリウスはユミルの手を掴んだままズンズンと大股で歩いて行く。
「ぁ……」
有無を言わさぬレイクリウスの迫力に圧倒されそのまま連れて行かれるユミル。
(アルバス……)
アルバスの方を一瞬見るも、アルバスはじっとその場に立ったままだった。追うことも、声を上げることも、何か言い訳をすることもなく、ただ床を見て、見続け……こちらにその視線が向くことはついぞ無かった。




