エピローグ
――チャラ、ヂャラ
「……ん」
窓のカーテンの隙間から漏れる朝日と、鳥の囀ずりにも似たような甲高い音に意識は浮上してきた。
(……朝?)
まだ重たい目蓋を擦ろうと手を動かせば全身が重たく気だるく感じてしまい、ミルティは思わず顔をしかめてしまった。
この感覚には覚えがある。
(またか……)
何度似たような朝を迎えただろうか。
最初は衝撃的であったが、何度か体験すると不思議な事に慣れてくる。
小さくため息をつくとミルティは隣に居るであろう人物を見るべく重たい身体を動かした。
横を向けば案の定そこに居る、妖艶な笑みを纏わせた天使。
「……ルシウス」
ため息とともにその名を呼べば益々妖艶な笑みが帰ってきた。
その顔をみて、ミルティは再び大きくため息を溢した。
「ルシウス。こんなことはしないでってこの間約束してなかったっけ?それから、朝勝手に未婚の女性の部屋に入って寝顔を見てるのは駄目だってば」
ミルティが怒り口調でそう言っても、隣の天使は妖艶に微笑むばかりだ。むしろ
「そんな約束なんてした覚えはないし、ミルティが可愛すぎるのが悪いんだよ。ミルティだって俺がこんなこと辞めてって言ったのに聞いてくれないから。こんな他の男達が来てミルティを見るようなことするなんてさ。まるでミルティが俺から逃げたいって言ってるような状態で逃がす選択肢なんか有るわけないでしょう」
逆にルシウスが今度は不機嫌を隠さず、眉間に皺を寄せて瞳を濁らせる。
「ミルティは俺以外が見ちゃいけないし、この部屋から出なくてもいいんだ。ずっと俺だけのミルティなんだから……」
そんな闇化しかけたルシウスをみてミルティは何度目かのため息を吐いた。この際朝女性の部屋に勝手に入ってきて寝顔を見られたことは置いておこうとミルティは折れる。それよりも今は今日の事を何とか納得させねばと、妙なやる気を密かにミルティは心に宿す。
ヂャラ
「あのねぇ、ルシウス。今日のパーティーはどうしようも無いでしょう?それに、私が決めたんじゃないもの。あとこれつけられると寝てるとき重たくって。寝返りうちにくいから朝起きると節々が痛いのよ」
ヂャラヂャラとミルティは自分の両手首に付けられたそれをルシウスの顔の前に掲げても、ルシウスは何処吹く風だ。
ミルティの動きを抑制するその太い金属の鎖はルシウスお手製のものだ。お互い気持ちを確認しあった後なのに、時折なぜかルシウスはこうしてミルティを縛ることがあるのだ。
そのため何度かこうして目が覚めるとベッドに抑制されていることがあった、そのことに過去に何度か抗議したのだが、その都度逃げたいの?とルシウスの闇が深くなるようで最近ではミルティは諦めていたのだが。
しかし、今日は駄目だ。
「私が何処にも逃げないっていつになったら信じてくれるの?あと、今日は私がルシウスと離れないって約束を皆に教える為のパーティーでしょう」
今日の予定を思い出しミルティはげっそりする。
若干凝り固まり動きが鈍くなったこの身体をこれから着飾り、何とか駆使して動かなければいけないのだ。それがどんなに大変な事か。
「そもそも逃がすわけないし、そんなの俺だけが知ってればいいことだ。俺は我慢してるんだよ?本当はこんなにも可愛いミルティをずっとこうして二人でここにこもってたいのに」
甘くトロンとした目で囁くルシウスに若干退きつつも、結局はその行動を許してしまうミルティもやはり大概なのだろう。
いつもならここで仕方ないわねで流されてしまうのだが。しかし、今日は断固として絶対にだめだ。
チラリとルシウスを見れば縛られたままのミルティの髪を一房とり指先に絡ませてこちらの様子を伺っているようだ。
いったいどこでどう選択肢を間違えて彼はこんな束縛魔になったのだろうか。
(あんなにも天使だったのに……)
何度目かのため息をミルティは無意識に吐き出していた。
今日はルシウスとミルティの婚約発表のためのパーティーが開かれる。しかもロウリー家だけでなくルシウスの生家たっての希望でもある婚約発表会である。
が、しかし
そのパーティーを行うこと自体をルシウスは物凄く反対していた。していたのだが、流石に最後にミルティを人質にされればルシウスも渋々納得していたはずなのに。
これはささやかな彼の最後の抵抗だろう。
ミルティは手首の鈍く光る太い鎖を見つめた。
が、しかし。が、しかしだ。
ヂャラ
「今日はルシウスのお家の人の手前も有るからだめだってば!早くこれはずして?また私が人質に取られちゃうよ?」
だからお願いしますと呟けばルシウスは益々瞳の光を失い、気のせいか徐々に室温を下げるような雰囲気を醸し出しはじめてしまった。
(なぜ……?)
そのようすに思わずミルティが身を縮ませれば、ルシウスにがっしりと肩を捕まれ――
「………そんなに、ミルティは……会いたいの?」
「え?ルシウス?なんて――」
ルシウスの呟きが聞こえず、ミルティがルシウスを見上げれば泣き出しそうな瞳のルシウスが見え思わずミルティは目を見開いた。今までならこの状況から、逃がさないと悪魔な天使のように闇落ちしていたのだが。
「ルシウス?」
そっとルシウスの両頬を包み込むように触れればルシウスはミルティをきつく抱き締めてきた。
「ルシウス?どうしたの?」
よしよしとミルティが今度はルシウスを抱き締め返せば、ルシウスもさらに強くミルティを抱き締めミルティの首筋に顔を刷りよせてくるではないか。
「ミルティ。今日は嫌だ。今日は……兄さんが……来る」
(兄さん?)
本日の婚約発表は顔合わせも兼ねているから、ルシウスの生家から本当のルシウスの兄弟も来る。ミルティは実はルシウスの生家の人間と会うのはこれが初めてだったりするのだが、それがどうして今日が嫌なのとつながるのだろう?
「確かにルシウスの本当のお兄様が来ますねえ」
「そう、兄さん。兄さんは……俺と良く似てるんだ。他の男は消せばいいだろうけど。兄さんは……流石に消せないよね」
ミルティに抱きついたまま不穏な言葉とため息をこぼすルシウスにミルティは疑問を浮かべる。
兄弟が良くにていても別になにも問題は無いだろう。
むしろ良くにているなら、ルシウスより年上のお兄様は将来のルシウスの姿のようで眼福ではないか。もしくは年上だったらのルシウスも想像出来て楽しいはずだ。
「年上だったらのルシウス」
「……そう、それ。それが嫌なんだよね」
なにも考えずに口にだしてしまったミルティの言葉はルシウスの闇化スイッチを入れる。
先程にもまして部屋の温度はぐんぐん下がったことでミルティは額に一筋の汗をおもわず浮かべていた。
(ヤバイ……)
「ミルティ?」
そっと頬に触れられミルティはピクリと身体をはねあげる。
「ミルティは年上がよかった?年下の俺はいや?でも仕方ないよねこればかりは」
「る、ルシウス?」
「ねえ、ミルティ」
頬に触れていた手はゆっくりと下へ下へと進行を進める。
それに、比例するようにゆっくりと瞳の光を消し去りつつも妖艶に微笑むルシウスにミルティは目が離せなくなってしまった。そんなミルティの様子に気を良くしたのか、ルシウスはにっこり天使の微笑みを一瞬見せると優しくミルティを横たわらせ舌なめずりをした。
その妖艶さにミルティはもはやパーティーを説得するどころではなくなるくらい今度は心臓をはねあげる。
「年下の男の方が良いってミルティがちゃんとしっかり理解してくれたら、俺だって今日のパーティーは多分我慢してあげる」
だから、ね。とルシウスは優しくミルティの唇を塞ぐようにキスを落とせばミルティは完全にルシウスに堕ちてしまう。
「しっかりと年下の醍醐味ってやつを覚えて」
逃がさないからねと耳元で甘く囁くルシウス。
そんなルシウスにこんな状況で逃げられる訳がないとミルティはそっと小さく息を溢していた。
(逃げられるわけ、ないじゃない)
ミルティにとってもはやルシウスの愛は逃亡不可なものなのだから――。
ブクマ、評価ありがとうございます!
これにて一旦本編完結です。
この後ポチポチ加筆修正かけて、番外編なども書けたらなーなんて……。
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