二十五日目 ダブルウェディングドレス
カーテンの隙間から差し込む日差しに照らされて目が覚める。
ちゅんちゅんという、心地の良い小鳥たちのさえずりが耳をくすぐる。
私は身体に抱きついている彼女の腕から脱出し、ベッドから立ち上がって、全身に力を入れて大きく伸びをする。時間をかけてゆっくりと息を吐き出し、目を擦った。
部屋のカーテンを開いて窓を開ける。すると、この夏という季節には似つかない、心地のいい涼し気な風が部屋の中に吹き込んできた。空は晴天で、ギラギラと輝く朝日が部屋に差し込む。
普段の私なら、朝起きてもなかなかベッドから出られず、一時間はベッドでごろごろしているところだ。それに、日陰人間の私は、自分から好き好んで太陽の光を浴びるなんてことはなかなかしない。
でも今日は、その眩しい太陽の光がとても気持ちよく感じられる。そのくらい、晴れやかな気分だった。
それは、今日が私たちにとって、とても特別な日だからだ。
そう、今日は結婚式当日。
私たちがこの町に戻ってきてから一週間程度。王様が迅速に準備を進めてくれたらしく、今日が結婚式の日に決まったのだ。
やっとこの日が来た、という感じもするし、もうこの日が来たのか、という感じもする。
意外と、ドキドキするという感じではなくて、緊張するという感じでもない。どちらかというと、心が澄んでいて、ずいぶんと研ぎ澄まされているような気がする。いまはだけど。
窓を閉めて、私のベッドの上に目線を移すと、チャルが寝ていた。ひとりだとなぜだかうまく眠れないので、あれから毎日私の家でいっしょに寝ているのだ。まあこれからいっしょに住むことになるし、予行練習と考えればいいのかな。
チャルは、その長い金色の髪の毛をベッドの上に無造作に広げて、横向きに寝そべっている。抱きしめていた私がいなくなったから、掴むものを失った腕と足がだらしなく伸びていた。
チャルは天使みたいに綺麗な寝顔で、すーすーと小さく寝息を立てている。初見なら、たぶん天使が降臨したと見間違えると思う。どうせ、ほっといたらチャルはこのまま数時間は寝ているだろうから、この後用事がなければ、このまま寝かせてこのかわいい寝顔をずっと眺めて、私の脳内のネガに焼き付けておきたいところだ。
しかし、今日は用事がないどころか、用事も用事、結婚式なのだ。結婚式に花嫁が寝坊していくなんて、聞いたこともない。だから、寝顔を眺めているのは諦めて、起こさなければいけない。でも、それが残念かと言われると、そうでもないかな。私はチャルの寝顔なんて毎日見てるし、それになにより、起きていても、彼女の常軌を逸したかわいさは変わらずなのだから。
「チャルー、起きてー」
私は彼女の肩を揺すって声をかける。
しょうじき、こんな日くらいは自分で起きてくれないかなーなんて思ったりもするけど、もし実際にチャルが自分で起きたら、私はたぶん、ちょっと悲しいと思う。
「んー」
「朝だよ、起きて」
「むにゅ……リリスちゃん……?」
寝ぼけた顔をこっちに向けて名前を呼ぶ。
「朝だよ」
「あ、朝……? 朝……朝かぁ……朝ねぇ……って朝!? お、起きなきゃ!」
チャルは慌ててベッドから飛び上がった。
「リリスちゃん! やばい、はやくしないと遅刻しちゃうよ!」
「そんな急がなくても大丈夫だよ、時間まだ大丈夫だから」
私の言葉を聞くと、チャルはすぐに大人しくなった。
「ああ、なんだぁ、先に言ってよもう。寝坊したのかと思ったじゃん」
「チャルが勝手に勘違いしただけでしょ。まあいいや、下に行って朝ごはん食べよ」
「はーい」
***
私の母親が作ってくれた朝ごはんをふたりで食べて、家を出た。
結婚式はお城で挙行してくれるとのこと、特に今日の予定を聞いてないが、とりあえずふたりでお城に来てくれればいいと言われたので、言われた時間に遅刻しないようにお城へ向かう。結婚式のこととかよくわからないので、進行などはほとんど全部おまかせにしたのだ。しょうじき、何が行われるのか私もよく知らない。
見慣れた町の中を歩く私たち。町はいつもより、少しだけ賑わっている気がした。ベンチに腰をかける老夫婦、家の鎧戸を開ける若い男性、町中ではしゃぎ回る子ども、それを制止しようとしている若い女性、等々。
そんな賑やかな町中を、私たちは手を繋いで歩く。途中、私たちを見かけた人はみんな笑顔で声をかけてくる。この人たちもみんな結婚式来るのかな? 魔王を倒してからというもの、私たちはちょっとしたヒーロー(ヒロイン?)扱いらしい。そんな私たちが、流行りも冷めぬうちに結婚するというものだから、みんな興味津々なのだ。さらに、王様も何故だか知らないが、ずいぶんと気合が入っているらしく、国民であれば誰でも無料で結婚式に出席できます、などと宣伝して回るものだから、私たちの結婚式はなんだか、町ぐるみのお祭りみたいになってしまっていた。最初に結婚式を盛大に挙行したい、とリクエストしたのは私たちだけど、実際にそのときがくると、だいぶ恥ずかしいな……私はあまり目立つのは得意じゃないんだけど……。まあ、今回くらいはいいか、一生に一度しかない、特別なことだから。
そんな賑やかな城下町を通り抜けて、お城に着いた。そこでは、いかにもベテランといった感じのお婆さんが私たちを迎えてくれた。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
私たちみたいな子どもにも腰が低いのが、ベテランの風格を感じさせた。
その仕事ができそうなお婆さんに案内された場所は、お城にある更衣室だった。
「ここでおふたりともドレスに着替えて、メイクをします。まあ、ふたりともまだお若いので、メイクのほうはほとんど必要ないかも知れませんね」
部屋の中で待機していた、おそらく私たちの着付けやメイクを担当してくれるだろうおねいさんはそう言った。メイクなんて自分じゃしたことがないので、助かる。
「では、こちらです」
私たちは言われるがままに先導された方へ付いていった。
いままでの人生で、何かを見て感動したことが何度あるだろうか。綺麗な景色とか、絵とかなんでもいいけれど。
私は人生で何回か、何かを見ることで感動したことがある、指を折って数え上げることはできないけど、確かにある。それに、今回の旅でも何度も綺麗なものを目にすることがあった。
それでも、人生で一番の感動は、いまだと思う。もちろん、チャルをはじめて見たとき以外ではだけど。
案内された先にあったのだ。
おそろいのウェディングドレスが二着!
おねいさんは私たちに、ドレスやメイクの説明をしてくれていた。しかし、私は目の前のそれに目を奪われて、人の話など聴ける状態には全くをもってなっていなかった。
それは、ちょっぴり大人なオフショルで、床にずるくらいに長いスカートはパニエで綺麗に広がっていた。ところどころにフリルが着いており、お姫様顔負けのティアラまで用意されていた。
そして何よりも、全体として統一された純白。この純潔を感じさせる白こそが、ウェディングドレスというものだろう。
私はあまり服に興味がある方ではないけれど、それでも、この純白のドレスに憧れたことがないと言ったら嘘になる。それほどこれは、特別なものだった。
「チャル! これこれこれ!」
「わぁああ! 夢にまで見たウェディングドレスが……しかもリリスちゃんとおそろい……」
私たちはそれを目にしてすぐにテンションが上がってしまい、はしゃいで声をあげてしまう。
チャルも私もそこまで女の子女の子した嗜好というわけではないと思うが、それはさすがに自分用のウェディングドレスを目の前にして落ち着いていられるほどではない。
私は結婚式の進行などはほとんど任せたが、ウェディングドレスだけはこだわって、絶対におそろいにしてくださいと頼んでおいたのだ。頼んでおいてよかった……。
「リリスちゃんはやく! はやくはやくはやく着替えようはやく!」
「ちょ、自分たちじゃ着替えられないでしょ……それにメイクとか先にやらないといけないことがあるんじゃ?」
私だっていますぐにでも着てみたいけど、物事には順番というものがあって、それを守らないとろくなことにならないのだ。
私はおねいさんの方を向いてアイコンタクトを送った。
「おふたりともかなりの長髪でいらっしゃられるみたいですから、先にドレスで良いかと思いますよ。それに、ふふふっ、おふたりとも、いますぐにでもドレスを着たいとという感じですしね?」
恥ずかしくて、私の顔が赤く染まる。
「あ、すみません……はしゃいじゃって」
「いえいえ、そんなに喜んでもらえると、こちらもやる気がでるというものですわ」
おねいさんはにこにこ笑いながら言った。少し恥ずかしいけど、これは嫌な恥ずかしさではない。むしろ、ちょっと嬉しいくらい。
顔を赤くした私たちを横目に、おねいさんは着付けの準備を始めた。
***
私の目の前に、天使が舞い降りていた。まさに、天使降臨。
「チャル……」
「リリスちゃん……」
私たちは目を見合わせた。
「かわいいぃぃぃぃぃぃ!」
そして、ふたり同時に声をあげる。
正面を向いて両手をつなぎ、ぴょんぴょんと跳ねる。
私たちはドレスを着付けてもらい、更にヘアセットや、少しだけメイクもしてもらった。奇をてらうのもあれだから、髪はいつもどおりふたりとも単に下ろしているだけだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。大切なのは目の前にいるこの天使のことだ。純白のウエディングドレスに見を包んだチャルは、まさしく天使だった。いや、チャルはいつも天使だけど、いまはそれ以上に天使だ、天使を超えた天使。大天使とかいうのだろうか、いや、天使の階級って別にかわいさで決まってるわけじゃないと思うけど。
「ちょっと、チャルかわいすぎない……? びっくりしたんだけど……」
「いやいや……かわいいのはリリスちゃんの方でしょ、どう考えても」
「え? チャルのがかわいいよ、鏡見てよ鏡」
「あのさ、いまのリリスちゃんよりかわいい子とかいないからね? いまじゃなくてもいないけど」
「いや、私の目の前にいるんだけど?」
「ああ、鏡を見たの?」
「いや、鏡じゃなくて……」
「あの、おふたりとも」
おほん、とあからさまな咳払いをして、私たちのあまりにくだらない会話を遮るように、私たちの着付けをしてくれたおねいさんがそう言った。
「そろそろ、時間ですから……」
「あ、はい……はずかしい……」
「もう、リリスちゃんが意地はるから……」
「いやだって……」
ふたりで顔を赤くしてうつむく。
「ふふふ。でも、おふたりとも本当に仲がよろしいみたいで」
おねいさんは、何かとても微笑ましいものを見るような顔で言った。少し恥をかいてしまったが、何はともあれ、準備を終えた私たちは、会場へと向かった。
To be continued.




