二十六日目 It all comes together in one final glorious moment!
ふたりたび 26日目 ふうふのふたり
「誓います」
私たちはふたり同時にそう言った。
別に誓わなくたって、私はこれまでもこれから先も、ずっとチャルを愛しているだろう。それに、それはチャルも同じだろうと、ある種の確信がある。
無条件で、私はチャルを永遠に愛します。
私はしょうじき、緊張しっぱなしだった。それもしかたない、会場には溢れんばかりの人、人、人! 本当に私たちを祝う気持ちがあるのか、ただの野次馬なのか、それとも無料のごはんを食べに来ただけなのかは知らないが、とにかく、結婚式の会場であるお城の中庭には人が溢れていた。
私はそもそも、人の前に立つのはあまり慣れてない、むしろ苦手なのだ。それはチャルも同じだと思う、いや、チャルのほうがもっと苦手だろう。だから、私たちが緊張してしまうのはしかたがないことだった。
まあでも、今回ばかりはこういうのもいいのかもって、そう思う。だって、こんな晴れ舞台はたぶん、人生で今回一度だけしかないと思うし。だから今回くらいは、苦手だけど、大勢の人に囲まれてみるのも悪くはないのかも知れない。それに、こんなにもたくさんの人が私たちの晴れ舞台を祝いに来てくれているのだ、喜ばないわけがないし、嬉しいに決まっている。
そして何より、これで正式にチャルとふうふになるんだ。
ふうふになることが、何が嬉しいのか、私には説明できなかった。別に、結婚しなくとも私たちはいっしょにいるし、本質的な何かが変わるわけではないのかもしれない。でも、言葉で説明できなくても、私はそれが嬉しいから、それは嬉しいのだ。
「リリスちゃん、緊張してる?」
「すこしだけ」
「ふふっ、私も」
チャルは優しく笑った。その笑顔はいつも以上に眩しくて、美しかった。
そんななんとも言えない幸福感に包まれたまま、私たちの結婚式は少しずつ進行していった。ただ、頭がずっとふわふわしていて、あまり内容が入ってこなかった。
結婚式で何をするのかよく知らなかったけど、指輪交換というものがあるらしい。
「チャル、指輪だって」
「あ、うん」
チャルは例の如く空間に穴を開けて、指輪を取り出す。この光景、私はもう見慣れているが、参列者のいくらかの人たちは驚いて声を上げている。
「どっちから付ければいいの?」
「どっちでも良いんじゃない?」
「じゃあ、私が付けてあげるね。リリスちゃん手出して」
私はそう言われて、右手を出した。
「右手の薬指?」
「うん。利き手じゃない方の薬指でしょ?」
「そうなの……?」
知らないけど。
「ほんとにここでいい? これ、付けたら二度と外せないんだからね」
ああ、忘れてた。この指輪は私たちが苦労して取ってきたオリハルコンという神聖な金属から作ってもらったものだけど、チャルが呪いをかけたせいで、付けたら二度と外せないようになっているんだった。
「まあ、うん。いいよ」
「わかった」
チャルは木箱の中から、指輪をひとつつまみ上げた。その指輪の内側には"Chal"という刻印が見える。
私の右手を軽く持ち上げて、薬指にそっと指輪がはめられる。
付けた感じは、特に何か特別なものを感じることもない、ただの指輪だ。
そっと右手を顔の前へ持ち上げて、指輪を眺めてみる。キラリと光を反射して、青白く輝く。物に感動するのってなんか安っぽいのかもしれないけど、やっぱり嬉しいなぁ……。
でも、これってもう外せないから、内側に刻印入れても意味ないなー、と、今頃気づいた。まあでも、見えなくてもそこにあるということを私が知っているのなら、それだけで意味があるのだろう。私はそう思う。
「じゃあ、こんどは私が付けるね」
「うん……」
私はチャルからもうひとつの指輪が入った木箱を受け取る。
チャルは左手を私の方へ差し伸べた。
「左手の薬指?」
「うん」
チャルは右利きだから、私とは逆の手に付けることになる。
木箱から指輪を取り出す、取り出した指輪には私の名前である"Lilith"という文字列が刻印されていた。この刻印は今しか見られないから、二秒くらいじっくりと目に焼き付けておいた。
チャルの左手を優しく掴んで、ゆっくりと指輪を薬指へと近づける。緊張で手が少し震えている。
しかしそんな緊張とは無関係に、その指輪はあっさりと、チャルの薬指にハマった。
「ありがとう……」
「あ、うん……」
チャルは少し顔を赤らめて、指輪に目線を向けた。
「おそろいだね」
チャルは私の右の手の平と、自分の左の手の平を合わせて言った。
どうして、結婚するとおそろいの指輪を付けるのだろう。私は意味など知らなかった、古くから伝統的に伝わる何か深遠な意味でもあるのだろうか。でもたぶん、これは私たちが結婚しているという証のひとつであり、ずっと愛し続けますという誓いなのだろう。そう思うと、指の根本で光り輝くこれは、とてもとても、尊いものに思える。
「チャル」
「なに……?」
「すき」
自然と声に出た。
あまりに自然すぎて、数秒自分で言ったことに気づかなかった。
すき。ほんとうにすき。愛が溢れて止まらない。
いつからだっただろう、チャルに恋をしたのは。いま思えば、物心ついたときには既にすきだった気がする。でもそれが恋愛感情だって気づいたのは、それからもっと後のことだ。
「私も、好きだよ」
心がざわつく。
生まれてきてから何回チャルにこう言われただろう。しかし、何回目だろうと、好きな人に好きと言われることはこの上なく嬉しい。
身体がほてって熱い、動悸がする。
愛おしい、愛らしい、愛くるしい。
私は何も言わずに、チャルを抱きしめた。
「リ、リリスちゃん……?」
チャルはちょっとびっくりしていたが、すぐに私の背中に腕を回して抱き返してきた。
チャルの顔を見てみると、顔が燃えるように赤く染まっていた。たぶん、私も同じくらい赤い。
私はこの生き物が愛おしくて、たまらない。
赤く染まった顔は、いつもよりも大人っぽく、色っぽく見えた。
私はそれに、重力場に落ち込む粒子のように、徐々に惹きつけられる。太陽から飛んでくる光を反射してキラキラ輝く金色の髪、同じ色で薄いがしっかりと主張してくる長いアイラッシュ、桜の花びらを煮詰めたような薄いピンク色の目、異常に色白な肌とほてったほっぺ。そしてなにより、その汗が少し滲んだぷるぷるの唇。
その全てが私を魅了してくる、吸い込まれる。徐々に顔が近づき、チャルは目を瞑った。
そして、私の唇が、チャルのそれに触れた。
ずっとこうしていたい、私がそう思った途端、ハッと我に返って離れる。
いまは、ふたりきりではないのだった。チャルしか見えなくなっていた私の視界に、徐々に周りの景色が認識される、みんながみんな、固唾を飲んで私たちを見ていた。
「リリスちゃん……だいたん……」
あわわ。
「ごめん……」
「ううん、うれしいな……」
赤く染まったほっぺを掻きながら、チャルはそう言った。
まあ、チャルが喜んでるなら、他のことはどうでもいいか。
そんなことも、誓いのキスとして片付けられ、結婚式は順調に進んでいった。
まさか、ファーストキスをこんな大勢に見られるなんて、思ってもみなかった。
***
お城の広間は参列者で溢れ、賑々しかった。
結婚式自体はだいぶ前に終わり、いまはその後のパーティだった。とはいえ、そのパーティも始まってからだいぶ時間がたち、中には酒が回って顔を真っ赤にした人もいるし、もう帰った人もだいぶいる。
私たちも、来てくれた顔見知りの人たちとお話をしたり、美味しいご飯やジュースを食べ飲みしたりと、楽しんでいた。
しかし、もうさすがにお腹いっぱいである。
「あー、久しぶりにこんないっぱい食べちゃった」
チャルはお腹をさすりながら、そんなことを言った。
「美味しかったもんね」
「うん」
私たちのまわりには相変わらずたくさんの人いた。まあ、このパーティは私たちが主役だし、それも当然だろう。しかし、やはり何時間もずっと人に囲まれていると、さすがに疲れてきてしまうのも、しょうがない。
「楽しいねー」
「うん、でもさすがに疲れたね」
「あ、じゃあさ、もう抜け出さない?」
「ええ? さすがに私たちがいないとまずいんじゃ……?」
「大丈夫大丈夫」
そういうと、チャルは私の手を取った。そしてにこっと笑って呟いた
「ワープ」
と。
がやがやと賑やかな、人々の声々が遠ざかっていく。
***
空に浮かぶ下弦の月。
さっきまでの賑やかな空間とは打って変わって、しんと静まり返ったこの静寂。そこに私たちは舞い降りた。
いつの間にか日が暮れていたようで、私の目にうつる光は空に浮かぶ無数の星々と月だけだ。何度見ても、夜空は美しいと思う。
「ここどこ?」
「お城の近くの草原」
足踏みした感じ、たしかにまわりには草が生い茂っているらしい。だんだんと目が慣れてくると、月の明かりで辺りが見渡せるようになってくる。
少し離れたところにいままでいたお城が見え、それよりは少し近くに、賢者様の家まで見えた。
広大な草原の中に私たちふたりだけがいる。
満天の星空の下に、ウェディングドレスを着て手を繋いだ、ふたりの女の子がいる。
私の右手とチャルの左手を繋ぐと、ちょうどふたりの薬指に付けた指輪が触れる。それが、なんかいいなあと思ったりもした。
「結婚式無事終わってよかったね」
チャルが言った。
「うん。でも、やっぱりふたりがいちばん落ち着くね」
「ふふ、そうだね」
私はひと呼吸おいて、地平線の向こうを眺めながら言う。
「でも、これでチャルとふうふかぁ」
「そうだね、嬉しいなぁ……」
「私も、嬉しい」
ほんとに、嬉しい。
「でも、ふうふになると何がいいんだろうね」
「うーん、ずっといっしょにいられるよ」
「いままでも、ずっといっしょにいたじゃん」
「たしかに、じゃああんま意味ないね」
「そっかぁ」
まあ、そんなもんかなぁ。別に、具体的に何か意味を求めているわけでもないけど。
「でもさ」
チャルが言った。
「"ふうふ"っていう、肩書によろこんでも、いいんじゃない?」
「肩書かぁ……そういうのも、いいのかもね」
「私、ずっとリリスちゃんとふうふになるの憧れてたよ?」
「私も、そうだよ……」
いま思えば、特に理由なんてなくて、ただただ憧れてたんだなあ。ふうふってよく分からないけど、チャルのこと大好きだから、ふうふになりたいなって、そう思っていたんだと思う。
でも、別にそれでいいのかもしれない。最初はよくわからなくたって、とりあえず"ふうふ"という肩書を手に入れて、これからその肩書にふさわしいほど愛し合えばいいじゃないか。いまよりも、もっと。
「そういえば、リリスちゃんってさ」
「なに?」
「いつから私のこと好きだったか、覚えてる?」
「んー、忘れたけど、物心ついたときにはもう好きだったよ」
「リリスちゃん小さいころから、「しょうらいはちゃるとけっこんする!」って言ってたもんね」
「なんか、恥ずかしいな……」
「でも、ほんとに結婚できるなんてすごいね」
「そう?」
私の返事を聞き、チャルは少しだけ考える素振りを見せて言った。
「そうでもないか」
「うん。私は当たり前にチャルと結婚するつもりだったし」
むしろ、昔の自分も今の自分も、結婚していない大人の私たちなんて、少しも想像出来なかっただろう。
「ねえ、リリスちゃん」
「なーに?」
「あのね、好き」
いきなりだったからか、身体がビクッと反応する。
「え、どうしたのいきなり?」
「なんか言いたくなったかも。リリスちゃん、好き」
「わ、私も……好きだよ」
その言葉を聞くと、すごくドキドキしてしまう。とても心臓に悪い、でも、他のことじゃ絶対に得られない特別な幸福感に包まれる。そんな、チャルだけが使える、魔法の言葉。
「大好き、リリスちゃん」
「私も、大好きだよ……」
「名前呼んで、言って。大好きなリリスちゃん」
「チャル、大好き……」
自分じゃ見えないが、いまの私の顔は目の前にいるチャルの顔と同じくらい赤いだろう
「ふふふ、嬉しいなぁ」
「……私、ずっとチャルのこと愛してるよ。誓います」
「ほんと?」
「ほんとだよ。いままでずっと愛してたでしょ? これからも、ずっと愛してます」
「私も、ずっと愛してるね」
「ありがとう……。あと、ずっといっしょにいて。私から離れるの、禁止」
「もとから、リリスちゃんと離れる気なんてないよ」
「ずっとだよ? 死ぬまで」
「もちろん、死ぬときは……」
「死ぬときは……私といっしょに、死んでくれる?」
「うん。ひとりで死ぬのも、ひとりで生きるのも、私絶対に嫌だからね」
「約束」
別に約束なんてしなくても、私は死ぬまでチャルを愛しているし、死ぬまでいっしょにいる。未来のことなどわからないけど、これはわかる。
しばらくの沈黙の間、ふたり並んで遠くを眺めていた。だだっ広い草原の向こうに、地平線が見える。さらに、その地平線の向こう側には宇宙が見えた。では、その先、宇宙の果てには何がある? それは、一番遠くにある、光の地平面より遠くにあるらしい。だから、そんなことは考えてもわからない。私たちが住む宇宙以外の宇宙があるかもしれないとか、そんなことも考え出すと、私たちなんて、とてもちっぽけなものに感じてしまう。
でも、それでいいし、それが全てだと思う。
私には、たったひとつだけわかることがあった。それは、いまふたりが世界で一番に仕合わせだということだ。
それだけでいい、後は、何もいらない。
「チャル」
私がその名前を呼ぶと、チャルはこちらに身体を向けた。暗い闇の中、彼女は何よりも輝いて見えた。
私は彼女の肩に手を添えて、そっと、自分の唇と彼女のそれをあわせた。
「チャル、いっしょに仕合わせになろうね」
「うん、約束」
私たちは親友、恋人を経て、今日、ふうふになった。
To be continued.




