二十四日目 帰省
ぐっすり寝た翌日。私たちは故郷の町の前まで来ていた。
それにしても久しぶりに見る故郷の町。もはや、懐かしさを感じてぐっと来るものすらもある。とはいえ、何年も離れていたわけでもないから、涙を流すほどでもないかもしれない。
しかし、やはり故郷というのは特別安心するものだなあ。今回の旅の中でいろいろな美しいものやすごいものを見た、それと比べてこの町は特別秀でた物があるというわけではないけれど、やっぱり私はこの町が一番好きなのかも知れない。
「やっと戻ってきたね」
「うん、ただいまだねぇ」
私たちは足取りも軽く、町の入り口に近づく。
ところが、町の入り口に近づくにつれて、なにやら違和感を感じた。ガヤガヤと、人がいっぱいいるようなのだ。この時期に、お祭りなんてあったっけ?
「なんか、ガヤガヤしてるね」
「うん、なんでだろう」
そんな会話をしながら、町の入り口をくぐった私たちだったが、すぐにその人混みの正体を理解した。
私たちが町に入ると、すぐに町の住人たちが集まってきたのだ。そして、大勢の住人が私たちの回りを取り囲んだ。
「え? え?」と私たちが困惑していると、誰かが小さく拍手をした。すると、その拍手が呼び水となったのか、みんなつられるように拍手をし、拍手喝采が沸き起こった。さらには口々に感謝の言葉や、私たちを褒めるような言葉が投げかけられる。要約して"魔王を倒してくれてありがとう"、"平和を取り戻してくれてありがとう"と。
つまり、ここに集まっていた彼ら彼女らは、私たちが帰ってくるのを待っていたのだ。
「これは……」
「リリスちゃん、私……は、はずかしいんだけど……」
チャルは繋いでない方の手で顔を隠してしまった。恥ずかしいならまず、繋いだ手を離すべきだと思ったが、それをしないところがチャルっぽい。
住人たちは私の周りを囲み、そして「こっちこっち」といった調子で、私たちをどこかへと導き始めた。その人々の流れに身を任せて、流されに流されたその先、気づけば私たちはお城の謁見の間の扉の前にいた。
「この中に王様がおわします」
私たちの回りを囲む人々の中の、誰かがそう言った。
おわしますと言われなくても、王様の部屋だからそりゃいるだろう。回りを包む熱狂の渦と対照的に、私とチャルのふたりだけが流れに乗れずに取り残されているような気分だった。
それよりも、魔王を倒したことが既に認知されていたことに驚いたし、私たちが思っていたよりも、大人たちは魔王に怯えていたんだなあと思った。でなければ、私たちがこんなに歓迎されることはないだろう。
「おじゃまします……」
私たちはおずおずと部屋の中に入った。
部屋の中には前に来たときと同じように、王座があり、そこに王様が座っていた。そして、回りには偉そうな人がいくらかいた。
王様は私たちと目が合うと、何をするかと思うと、椅子から立ち上がり、深々とおじぎをしたではないか。
そして、こほんと咳払いをしたあとに言った
「ふたりとも、よく帰ってきてくれた。君らはこの国、いや、世界の英雄だ」
と。
そこまで言われてしまうと、さすがに照れる。
「あ、どういたしまして……」
私はどういう反応を見せるべきかもわからず、そうとだけ言った。チャルは黙っていた。
「君らの名前は、後世に語り継がれるだろう……」
王様は真剣な表情でそんなことを言った。しょうじき「そんなこと言われても……」という感想しかでてこないし、なんて返事をすればいいのかもわからず、困り果てた。
そんな私に助け舟を出すかのように、チャルが口を開いた。
「それはまあ、置いておいて……ご褒美のこと、覚えていますか?」
「うむ。私ができる範囲のことならばなんでも申付けるがよい」
「いや、結婚式をするって……」
「ああ、もちろん、覚えているぞ。結婚式に関しては既にある程度準備が進めてある。それに、もし他にも褒美がほしいならば、それも叶えてあげよう」
おっと……これは思っても見なかった。他にも褒美をねだってもいいのか……。これはこれは……。
「チャルは、何かある?」
「ないけど。リリスちゃんは?」
うーん、なんだろう何かあるかなあ……。私もこう見えてあまり欲がない方だから、特に思いつかない……でも、ただなら貰っとかないとという貧乏性も同時に発動する。
頭を捻って何かないか考える。
「あ」
と、いい事を思い付いた。
「ん、何か思いついた?」
「賢者様が住んでた家、くれませんか?」
私は言った。
賢者様の家は、城下町から数百mくらい離れた、草原のど真ん中にぽつんと立っている。
その家は記念として保存されているらしく、国の所有物と化していた。いまは誰も住んでいないが、中には賢者様が書いた魔導書や一般書などがたくさん保管されていた。
つまり、その本を読んで勉強してやろうという試みなのだ。この旅の間、私は勉強不足を痛感した。
ついでに、結婚したら、チャルとふたりで住めたらいいなぁなんて思ってたり。ついでというか、そっちがメインかも知れないけど。
「うむ、構わないというか、むしろ、あれは君たちに権利を譲るべきものだろうな。私などが所有していても、宝の持ち腐れだろう」
「ありがとうございます! 他には特にないです」
「もっとねだってもいいのだが、欲があまりないのだな、いいことかも知れない。君たちもこんなところに長居はしたくないだろうから、今日はもう家に帰って旅の疲れを癒やすといい」
王様に会釈をして部屋の外に出た。
部屋の扉の外には、さっきよりは数が減っていたとはいえ、まだたくさんの人たちがいた。私たちなんかを見ても楽しくないと思うし、注目されるのはあんまり慣れてないから、勘弁してほしい。
「チャル」
私が名前を呼んだだけで、チャルは私が何を求めているのか察してくれたらしい。
「ワープ」
がやがやとした人々の声が遠ざかっていく、その声が聞こえなくなった時、私は久しぶりに自分の家にいた。
***
私たちは、チャルの魔法で私の家のリビングに空間転移してきた。久しぶりに見た我が家。やっと、帰ってきたのだという実感が、ようやく湧く。
私たちが現れると、元からリビングにいたらしい母親がすぐに私の存在に気づいた。
「ああ、やっと帰ってきたのね」
母親は私に近づくと、すぐに私を抱きしめた。
「ただいま、ママ」
「ええ、おかえりなさい」
それはただ、暖かかった。
私の背中に腕を回し、抱きしめたままぽんぽんと背中を優しく叩く。
「チャルちゃんも、いつもリリスの面倒見てくれてありがとうね。これからも、リリスのことお願いするわね」
「あ、はい! こちらこそ!」
なんだか、結婚前の挨拶みたいになっているが、これでいいのかな。
「チャルちゃんは、今日はこのまま泊まっていくのかしら?」
私を抱きしめたまま、母親がチャルに聞く。
「あ……いえ、私もママに帰ってきたことを伝えておかないといけないので……」
「そっかぁ、そうよね。じゃあまた明日?」
「うん、そうだね」
思えば、チャルと離れるのも久しぶりだなあ、ちょっと、いや、けっこう、いや、かなり、寂しいかも……。まあでも、親の前で離れたくないなんて、言える歳じゃないけど……。
「じゃあ、行くね」
「うん、また明日」
チャルはそう言うと、目の前で陽炎のように揺らめいて、消えた。
***
高をくくっていた。
私はいま、久しぶりに自室のベッドの中にいた。
何故ベッドに潜っているのかというと、もちろん、寝るためだ。もうとっくに、子ども寝る時間になっていた。
人間というのは、いや、おそらく人間以外でも、ほとんどの生き物は寝なければ正常な生命活動を維持することはできない。だから寝るのだ、私は。
しかし、ベッドに入ってからしばらく経ったいま、私はある重大な問題に苛まれていた。
眠れない。
ベッドに潜って枕に頭を乗せ、布団をかぶる。そして、瞼を閉じて、闇の中、私はひとり、夢の世界を目指す。しかしおかしい、一向に眠気がこないのだ。
そんなハズはない、さっきまでの私はそう思っていた。私はチャルほどではないにしろ、かなり寝付きのいいほうであると自負していた。それこそ、旅の途中では、一日の終わりに宿がない場合などは、野宿を強制されることすら、何度もあった。そんな状況でも全く問題なく眠れていた私が、まさか、一番の安眠が保証されるべき場所である自室のベッドで、眠れないはずはなかった。
しかし事実、私はいま眠れないのだ。
何故眠れないのか、この原因はもう自明だった。旅先で眠ったときと、いまのこの状況がどう違っているのか、これを考えれば、簡単にわかる。
つまり、いまここにはチャルがいないのだ。
私は高をくくっていた。まさかこの歳になって、ひとりじゃ眠れないなんて、そんなことはあるはずがないと。
旅に出る前は、基本的にはひとりで寝ていたのに、なんでいまこんな状況になってしまったのかはわからない。しかし、事実こうなってしまったことはもはや認めるしかなかった。私はチャルがいないと眠れなくなってしまったのだ。
しかし、これをしょうじきに認めたところで、いまこの状況を打破する方法が私には思いつかない。まず、この家にいまチャルはいない。ゆえに、チャルといっしょに寝るためにはチャルのところに行かなければならない。しかし、私はワープなどはできないから、チャルのところに行くためには、自分の足を使って、歩いていく以外に方法はない。だが、いまはもう寝る時間、つまり真夜中だった。こんな時間に外を出歩くなんて、ただの不良でしかない。もし、ひとりで外をほっつき歩いているのを大人に見られたら、補導されてしまう。そんなことはできないし、してはいけない。
けっきょく、私には眠ることを諦める以外に道は残されていなかった。そもそも、私よりもさらに寝付きのいいチャルは、もう既に夢のなかなんだろうなあ……。
絶望の中に、私はいた。
もう、今日は寝るのは諦めて、本でも読むか。そう思い立ち、私が手探りでスタンドライトの明かりを点けた、その次の瞬間である。部屋の真ん中に、何者かが空間転移して現れた。
「リリスちゃぁーん」
チャルだった。
「え? チャル? どうしたの!」
「やばい、ひとりじゃ寝れないの!」
ネグリジェを身に纏い、ナイトキャップを被り、枕を片手に抱えたチャルが、そう訴えかけてくる。
「だから、リリスちゃん、いっしょに寝てぇー」
「……」
「はいるね?」
チャルは私が返事をするのを待たずに、私のベッドの中に勝手に入り込んできた。
「も、もう……。しょうがないなぁー、チャルは」
「だってぇ」
なんとなく、私も寝れなかったの、とは言えなかった。
チャルは私を腕と足の両方で抱きしめた。たぶん、私を抱き枕と勘違いしている。
私も同じように、チャルを思い切り抱きしめ返す。
「ああ、これで寝れそう。おやすみリリスちゃん」
「あ、うん。おやすみチャル」
チャルはほんとに自分が眠れなくてきたのかな、それとも、私が眠れないことに気づいてきてくれたのかな。もしかして、両方かも。まあ、そんなこと、いまはどうでもいいか。これで、私もやっと眠れそうだ。
さっきまで冴え渡っていた頭が嘘のように、私の意識は、真っ暗な渦のなかに吸い込まれていった。
To be continued.




