二十三日目 楽しい寄り道
目の前には見覚えのある洞穴があった。前に、ゼリー状の生き物に会い、雨宿りをさせてもらったところである。
「いるかな、リリスちゃん」
ちなみに、この「リリスちゃん」とは、「いるかどうかわからないから、リリスちゃんが声をかけて」の略である。
「ごめんください、誰かいますか」
私が言われたとおりに声をかけると、洞窟の中から聞き覚えのある妙に落ち着いた声が聞こえてきた。
「あらあら、おふたりとも、お久しぶりです」
その声の主を見てぎょっとする。そこには、ゼリーみたいな透明な身体をうねうねさせたよくわからない生き物のような物体があった。これを見るのは初めてではないけど、それでもあまりの異様さにぎょっとしてしまう。
「あ、どうも」
「またこんなところに来るなんて、何か用事ですか?」
私はチャルの方に目を向けてアイコンタクトを送る。
「あ、私たち今度結婚式をすることになったので、もしよかったらどうぞ……」
おずおずと、チャルは結婚式の招待状を差し出した。
「あら、おふたりとも結婚するんですね、それはおめでとうございます」
「あ、どうもありがとうございます」
チャルは何も言わなかったが、照れているのか少し顔を赤らめていた。
「しかし、結婚式に行きたいのはやまやまですが、私はこんななりですから、あまり外に出てしまうと蒸発して消えてしまうんです。だから、今回は見送らせてもらいます」
「あら、それは残念……」
だからこんな洞窟に住み着いていたのか、やっと意味がわかって少しスッキリした気がする。結婚式に来れないのは少し残念だけど、それならしょうがない。
「でも、せっかくおふたりが結婚するのに、何も祝わないというのも心苦しいですから、これ、差し上げますね」
ゼリー状の生き物はそう言いながらぐにゃぐにゃと動いて、洞窟に置いてあった戸棚から何やら石のようなものを取り出した。
「えと、これは?」
「これは私が数百年前に洞窟の中で見つけたアノマロカリスの化石です」
「はあ……」
アノマロカリス、何かの図鑑で確か見たことがあるな、確か昔の海にいた生き物だったはず。
「あ、もしかして、アンモナイトの方が好みですか? そうなら、そっちでもいいですよ。でも両方はだめです、これけっこうレアですからね」
「いえ……これでいいです……」
私はゼリーみたいな生き物から、そのアノマロカリスの化石とやらを受け取った。
「改めて、結婚おめでとうございますね。それと、魔王とやらをどうにかしてくれたことも」
「あ、どういたしまして。知ってたんですか」
「ええ、魔王をどうにかしたら結婚するって、覚えてますよ」
「それはどうも……」
「また暇な時でもあったら、ふたりで遊びに来てくださいな。私はいつでも暇ですからね」
「はい、またいつか」
私はその異様な生き物に会釈をして、その洞窟を後にした。
***
がやがやと人の声が聞こえてくる。思えばこんなに賑やかな人の声を聞くのも久しぶりかもしれない。前にこの町に来たのももはやだいぶ前のことだ。
目の前には、この賑やかで盛んな町には少し似つかない、"宝石屋"と書かれた古ぼけた看板を掲げた小さなお店が佇んでいた。思ったけれど、こんな店で食べていけているのだろうか、まあ店が潰れていないということは、いけているのだろう。
私たちがお店の中に入ると、前に来たときと同じく、宝石屋のお婆さんがカウンターの奥の椅子に座っていた。
「いらっしゃい、来ると思ってたよ」
「わかってたんですか?」
「まあね。さっき、何故か昼間なのに空が暗くなったけど、あれあんたたちだろう? 終わったのかい?」
「ええ……魔王は倒してきました」
「ふふふ、それは良かった」
宝石屋さんが笑う。この人と話していると、私たちの考えが読まれているような気がして少し落ち着かない。
宝石屋さんはカウンターの下から何やら布に包まれた物を取り出した。
「そういえば、これ、あんたたちのかい?」
その布の包の中から出てきたものは綺麗な剣だった。ああ、確か、海岸の洞窟に行ったときに拾った剣を、チャルがこの宝石屋に送ってたっけ。
「ああ、そうです。私たちじゃ持て余すので、ここに寄付しようかと思って……」
「私が見た感じ、これはかなり昔に作られた剣みたいだね、にもかかわらず異常に保存状態が良い。かなり高価なものだよ、下手したら家一軒くらい建つかもね」
保存状態がいいというか、錆びてぼろぼろだったのをチャルが無理矢理直したものだから、綺麗なのは当たり前だ。しかし、そんなに高価なものだったとは驚いた。
「チャル、どうする? いる?」
「リリスちゃんがいらないなら、いらない」
「ふむ……。いらないみたいなので、ここに寄付します」
「ほんとにいいのかい?」
「ええ、指輪のお礼もあるし……」
宝石屋さんには、指輪を作ってもらったという恩がある。それにどうせ、剣なんて私たち魔法使いが持っていても持て余すだけだし。
「それじゃ、この店に飾っておくよ。ところで、今日は何をしに来たんだい? まさか宝石を買いに来たわけではあるまいね」
「ああ、実は、チャル?」
「えっと、これ、結婚式の招待状です」
チャルは時空の穴から取り出した封筒を、宝石屋さんに手渡した。
「お、ほんとに招待状くれたんだねえ、嬉しいね。是非参加させてもらうよ」
「中に魔法陣が入っててワープできるようになっていますから、それで是非きてください」
「ほう、ワープだなんて懐かしいねぇ、長生きはするもんだ」
懐かしいのか。宝石屋さんは魔法使いではないけれど、賢者様様の旧友らしいから、それで、いっしょにワープなどを経験したことがあるのかもしれない。
「じゃあ、また結婚式で」
私が別れの挨拶をし、チャルが私の手を握り、ワープをしようとしたとき、それを制止するように声がかかる。
「ちょっと待ちな、ふたりとも」
「うん?」
「占ってあげるから」
***
宝石屋さんはカウンターの下から小さなクッションのようなものに乗った大きな水晶玉を取り出した。前に見たものとおんなじものだ。
宝石屋さんはもちろん宝石屋なんだけれど、元々の本業は占い師らしい。前にも占ってもらったけれど、また占ってもらえるらしい。
「ふむふむ……」
水晶玉に両手をかざして動かしながら、じろじろと水晶玉の中を覗き込む宝石屋さん。
私たちの位置から水晶を見ても、ただの透明の玉にしか見えないけれど、宝石屋さんには何かが見えているのだろうか。前も同じような感想を抱いていた気がする。
「この世界の平和は、あんたたちが愛し合っている限り有効」
「え?」
私はそのよくわからない結果に、つい、変な声を出してしまった。
いや、なんだそれ。なんで私たちではなく、世界平和についての占いをしたのかもわからないし。
「そういう結果が出たのよ」
「はぁ……」
まあ、結果自体は悲しむようなものではないか、ほとんど、世界はずっと平和ですと言っているようなものだ。平和にこしたことはない。私は自身平和じゃなかった時を経験したことがないから、なんともふわふわしているけど、一応平和が一番だと、そう思っている。
というか、魔王が死に際に似たようなことを言っていたような気がする、ちょっと違ったっけ?
「それじゃ、結婚式であいましょう」
「はいよ。私の思い腰があがるのは数年ぶりだよ、楽しみにしてるよ」
けっきょく占いは何だったんだろうかよくわからないが、まあいいか。
チャルは私の手をしっかりと握って呟いた。
「ワープ」
私たちは、その小さな宝石屋を後にした。
***
深い森の中特有の、心を落ち着かせる木々の匂いと、特徴的な硫黄の匂いが混ざったような、そんな独特な香りが鼻についた。
この森の中には小さな村がある、深い森のなかにあるこの村はとても静かで心が落ち着く。もしかしたら、ここは私がこの旅のなかで寄った町や村のなかでは一番好きかも知れない。辺りに硫黄の匂い漂っているのは、この村には温泉があるからで、その湯気で村はいつも霧がかかったように曇って見える。これがまた、なんとも言えない美しい雰囲気を醸し出していた。
また、もうひとつ目をそらせないのは、村の近くにある天を突くくらい高い塔であろう。チャルとふたりであの塔を登ったのは記憶に新しい。あの塔のてっぺんにはプラリーネとかいう強力な魔物が住み着いていたけど、あの魔物も魔王の手下だったのだろうか、それとも特に魔王とは関係ないのだろうか。もはや、真実を知るすべはなかった。
村のなかに入ると、すぐに小さな子どもを見つけた。村の真ん中にある小さな広場で、小さな女の子が走り回っていたのだ。そして、それを見守るようにして、老人が近くのベンチに腰を掛けていた。
この老人はこの村の村長さんであり、小さな女の子は村長さんの孫娘である、ミラちゃんである。
ミラちゃんは私たちに気づくや否や、すぐに駆け寄ってきた。
「おねいちゃん!」
ミラちゃんはチャルの足に抱きついた。チャルはそのミラちゃんの頭を撫でる。
「……」
例え相手が子どもであろうと、チャルが他の女の子の頭を撫でてるのを見るのは気分が良くないなあ、なんて、子どもはお前だと突っ込みが入りそうなことを思っていたら、チャルは繋いだ私の手を離し、私の頭に手を乗せた。そして、ミラちゃんの頭を右手で撫でるのと同時に、左手で私の頭を撫で始めた。
「……なにこれ」
「違った?」
「……違くない、けど」
なんだか子ども扱いされている気がする。拗ねた子どもをあやすような、そんな手付きでチャルは私の頭を撫でた。
そんなとても情けない扱いをされておきながら、なんにも言えず、内心喜んでしまうのがなんとも……。嫉妬深いっていうのは不治の病だからしょうがない。
「おやおや、おふたりとも」
村長さんが、私たちの方へとやってきた。
「あなたたちのおかげで、ご覧の通りミラもすっかり元気になったよ。いつもあなたたちに会いたい会いたいって言っていてね……」
「ちょっと、言わないでー!」
ミラちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「今日はちょっと、用事があって」
そう言うと、チャルの手のひらから煙とともに例の封筒が現れた。
そして、それをミラちゃんに手渡した。
「おねいちゃん、これなになの?」
「結婚式の招待状。近いうちにやるから来てね」
そういうと、またチャルはミラちゃんの頭を撫でた。ついでに私の頭も撫でている。いや、どっちがついでだ?
「わーい! 結婚式なんて初めてなの!」
「ごちそういっぱい出るからね、たぶん」
ミラちゃんは目を輝かせて、その封筒を眺めている。
「ふたりとも、何から何までありがとうね……」
「いえいえ、村長さんもよかったら是非来てくださいね」
「ええ、もちろん、ミラを連れて行くよ」
さて、村長さんとミラちゃんにも招待状も渡したし、これで渡すのは全部かな。
ようやく日が暮れてきた、今日はかなり早起きして樹海に入り込み、妖精さんたちを助けて城に潜入し、魔王を倒して、さらには結婚式の招待状の配布までしてきた。一日でここまで働くと、さすがに疲れる。
やっと我が家に帰ることができる、そう思って、チャルに家に帰ろうと声をかけようとしたとき、それよりもはやくチャルが村長さんに向かって言った。
「あと、温泉に入っていいでしょうか?」
***
「あ"あ"あ"あ"ぁーーーー」
チャルは、温泉に身体を沈めながら、そんな声とも悲鳴ともわからない音を出した。
「ふふ、チャルおじさんみたい」
「失礼な」
ふたりで露天風呂に浸かって空を眺める。それは綺麗な茜色に染まっており、深い森のなかにあるこの村では、太陽はもう、辺りの木々に隠されて直接見ることができないくらいに傾いていた。長かった太陽の時代がようやく終わろうとしているのだ。
「あー、でも、やっと終わったねぇ」
チャルはいつのまにか、湯船の縁に両手をつけて身体を伸ばし、いまにバタ足でも始めそうな格好になっていた。
「お風呂で泳いじゃダメだよ」
「泳がないよっ!」
まあでも、ほんとうに、やっと終わったなあという感じ。でも意外にも、達成感に満足するという感じではなかった、私の身体に乗っていたほんの少しの重荷が取れて身体が軽くなった感じ。嬉しいような悲しいような、微妙な気持ちでもあった、そんな感じ。
「でも、楽しかったね」
チャルはその体勢のまま、私に目を合わせていった。私はもう身体中から疲れがどっと出て、疲労困憊もいいところだったけど、チャルはにこにことしていて機嫌も良くて元気そうに見えた。まあ、チャルはいつもにこにこしてるけど。
「うん。まあ、チャルとずっといっしょだったしね」
私は湯船の縁に乗っているチャルの両手を取り、その手を水面と同じ高さまで湯に浸かっている私の肩に移した。
「リリスちゃんって、私といっしょだったらどこでもよさそうだもんね?」
「まぁ……そうだけど?」
私はそのままチャルを正面から抱きしめた。火照ったチャルの身体は、温泉の湯よりもずっと熱く感じた。
「私も、そう思ってるよ」
「うん、知ってる」
広い温泉の中には私たちしかいなかった、完全にふたりきりの空間である。チャルとは物心つく前からの幼馴染だから、もうそばにいるのが当たり前みたいな感じになっていたけど、よく考えてみると、それでもいままでは、一日の終りには、お泊りでもしない限り離れ離れになっていた。だから、もしかしたらここまでずっとチャルといっしょにいるのは初めてなのかも知れない。
それだから、この旅が終わるのには少しの寂しさがあるのかな……。
でも、結婚したら当然いっしょに棲むことになると思うし、ずっといっしょにいることになるのかな? ふうふって、普通そうだし、そうなるんだろうな。そう考えると、やっぱり寂しくはないのかも知れない。我ながら、てきとうだ。
「リリスちゃん」
のぼせたのか、顔を赤らめて、頭から湯気を揺らめかせたチャルが言った。
「なあに?」
と私。
「好き」
チャルが私の目をじっと見つめたまま言った。
「私も、好き」
と私は言った。こんなに当たり前のことでも、改めて言葉にすると照れるかも。言葉にしなくても、お互いにほとんど考えていることがわかってしまうが、たまにはわざわざ言葉にするのも大切なのかもしれないな。
私の言葉を聞いたチャルは満足したのか、一度空を見上げた。そして、思い出したかのように言う。
「そういえば結婚式の日程、いつにする?」
「うーん、明日?」
「それは、準備間に合わないと思うよ」
チャルは苦笑した様子で言った。
まあ、そうだよね。王様が準備してくれるわけだから、明日すぐにというわけにはいかないだろう。
「まあ、遅すぎなければいつでもいいか」
「うん。チャルのぼせてるし、そろそろ出ようか」
けっこう長く入っていたかな。もう空は完全に真っ暗になっており、太陽の代わりに少し不気味な月が光っていた。
月は闇夜で一番大きく見えるけど、実は周りで光っている目を凝らさないと見えないような星たちの方が圧倒的に大きいんだよね、理由はわからないけど、そんなことを考えた。やっぱり、一番近くにあるっていうのは、それだけで特別なんだと思う。
***
昨日、温泉に出てから、私たちは、前にこの村に来たときと同じ宿に泊まらせてもらった。ほんとうは昨日のうちに故郷の町に帰る予定だったんだけど、温泉を出るともう日が暮れていたし、宿に無料で泊まらせてもらえるという村長さんの親切もあり、私たちは村で一泊することにした。
いつもなら、ふたりでお泊りなんてことになれば、つい夜更かししておしゃべりしたり、遊んだりしてしまう私たちだけれど、昨日の私たちは流石に疲れていたみたいで、部屋に入るや否や、すぐにベッドに倒れ込み、ふたりとも寝てしまったみたい。
たしか、日が暮れてちょっとくらいの時に寝たはずなのに、気づけばもう昼過ぎだった。ほとんど3/4日くらい寝ていたことになる。それほど疲れていたのだろう。
しかし、そのおかげもあってか、いまの私たちは元気溌剌、気分爽快、魔力も満杯の絶好調という感じである。
私たちはいま、村の入り口にいた。村長さんとミラちゃんに挨拶をして、さて帰ろうというところだ。
もちろん、歩いては帰らない。この村から私たちの町までは歩いて数日くらいかかってしまう。
「リリスちゃん、準備いい?」
「うん」
「じゃあ、帰ろっか」
チャルが私の手をしっかりと握り直し、"ワープ"と呟いた。すると、足が大地に着いている感覚が一瞬消え、再びその感覚が戻った時、目の前には、もはや懐かしさすらも感じる故郷の町が見えた。
To be continued.




